憑依
「とにかく、整理する」
明人が仕切り、何故か京也がホワイトボードに書き込みをしていく。司は凛によって拘束されて硬直している。美咲は春香と馴染んでおり、未来と歩が来武を挟む形で座っていた。健司はホワイトボードの前に座ってそれを見ている状態だった。
「大場は南と交際していたが、別れた。原因は束縛や、まぁいろいろだろう」
笹山がぼかしただけに、DVという言葉は発しない。京也は大場と南と書かれた文字を結ぶ線にバツ印を入れる。そしてそのままその横に書かれた久保という文字と南とを結んだ。
「南と久保は親友であり、南は久保を好いていた」
ここで美咲を見れば、にっこりと頷く。
「その南は大場に廃村で魂を抜かれ死亡。大場は久保を探して通り魔となる」
自分でもおかしなことを言っていると思うが、それが事実なために疑問もなかった。
「で、この土地に封印されていたものが一ヶ月ほど前に久保に憑き、逃げた」
苺はもう目が点だった。ありえない、それこそ漫画の中の世界がそこにあったからだ。現実味もなく、なんで自分はこんな話を聞いているのだろうと思う。
「らいちゃん、大丈夫かな?」
「何が?」
「この事件、ヤバそうだよ」
不安がる未来の言葉には重みがあった。霊力も霊圧もない未来だが、こういった事象はいくつも見てきている。それだけに、今回のこの事件の複雑さ、異常さは能力がない未来にも十分伝わっていたのだ。
「まぁ、なんとかなるさ」
安心させようとするがいい言葉が浮かばない。来武としても、土地に厳重に封印するほどのものに加えてあの異様な通り魔が相手となれば、いかな司でも苦戦は必至だと思えた。特に同時に相手にした場合、はっきり言って勝ち目は無い。あるとすれば司の持つ最強の能力である光天翼と太陽剣だが、今はその能力は凛が管理しており、その凛にしても司にしても使用方法がまったく分からなかった。
「ところでさぁ・・・やっぱ、俺が狙われたままなの?」
静まりかえった部屋に健司の悲痛な声が響いた。明人たちは一斉に司を見るが、疲れきった笑みを浮かべた司は頷くだけだ。
「明日になればわかる・・・だな?」
明人の言葉にも頷くだけの司を見て、一体、凛は司に何をしたのかと全員が疑問を持った。だがそれを口にできる勇者はこの中にはいない。そうしてこの会議も終わろうとしたところで凛が明人に近づいた。
「火曜日から来る人、集めてくれるかな?」
その言葉に頷き、明人は健司と苺を呼んだ。凛は部屋のことを3人に話して了承を得ると、この後で家を見せることになっていると告げた。信司の進言により、冷房設備のことや苺の部屋のことなどを事前に説明しておいたほうがいいとのことで、それを実践するのだ。そうして外拝殿を出て司の家に向かう。神社からすぐなために移動距離はしれていたが、暑い日差しに全員が汗をかいていた。
「ここです」
居候している身分の凛がそう言うのはどこかお門違いだが、凛はもう神手家の家族であり、信司や美咲にすれば司の婚約者に近い存在でもあって気にすることはなかった。大人数が家に雪崩込むのを閉口して見送った司は不意に神社の方で不思議な霊圧を感じて振り返った。かなり高い霊力を持った誰かがいる。霊圧はそう高くないが、神々しい雰囲気の霊圧だった。知っているような気がするその霊圧の方へと体を向けた矢先、家の中から凛が呼ぶ声に我に返る。神社にいる者の正体が気になるが、とりあえず家に入った司はそのまま2階へと向かった。一番奥の空き部屋にいる大人数に嫌気が差した。結局、健司と明人が空き部屋でOKとなり、冷房がないために扇風機に窓を開けて寝るという処置を取ることにして苺は凛の部屋で寝ることにする。週末まで長引けば京也や歩、春香も来る予定に決まるが、部活があるために予定は未定だ。とにかく、事件のこともわかりホッとする面々だが、明人は明日の夜のことを考えながら冷たいジュースを飲んでご満悦の司を意味ありげな視線で見つめるのだった。
*
終業式だけのために登校するのならば週末で夏休みにしてほしいと思う。あえて週末を跨ぐようにして少しでも不良行為を制限しようとの魂胆だろうが、そんなものは教師側の気休めにすぎない。とにかくようやく長い夏休みに突入したのだが、注意事項の中に通り魔の出現に関する項目があるのが例年と違うところだろう。その通り魔、大場の正体を知る者は少なく、警察も全力を挙げて行方を追っているが依然として神出鬼没に現れては周囲の者に霊的な障害を与えていた。それを知っているだけにヒヤヒヤしている健司は明日に控えた神手家への居候の準備を終え、家でくつろいでいた。春香も部活でおらず、不安だけが募る。そんな健司の気持ちを知ってか知らずか、夕食を終えた明人は簡単な荷物だけを手に神咲神社に向かっていた。全ての始まりとなり、今回の事件の核となる場所、廃村へ向かうためだ。約束の時間は21時。なので20時半に神社に着いた明人は司の家へと立ち寄った。対応した凛が司を呼べば、司は小さな懐中電灯を1個だけ持って外に出る。自分の装備が馬鹿らしくなるが、特殊な能力を持つ者だけにこういうものかと思ってしまった。
「気をつけてね」
「あいあい」
にっこり笑ってそう言う司に無言で頷く明人。正反対の反応に苦笑し、凛は2人の姿が見えなくなるまでその背中を見送った。一応、何かあるといけないということで美咲が待機している。千里眼を持つ美咲が頼られるのはわかるが、その美咲は現在鼻歌を全開にしながら入浴中だ。凛はどこか不安に思いつつも家の中に入る。もうあそこに何もいないと言った司の言葉を信じるしかないものの、何もできない自分を呪った。そんな凛の不安など全く知らない司はこちらも鼻歌混じりに夜道を歩いていた。隣を歩く明人との間に会話はない、はずだった。だが、珍しく明人から話題を振ることの意味を司が知るはずもない。
「お前、彼女にしか興味がないんだな」
その言葉に明人を見て、それから一瞬の間を置いて微笑む。その笑みもまた屈託がなく、明人はそれもまた壊れているように見えていた。
「ないね」
「過去のトラウマか?」
「トラウマ?何の?」
「レイプだ」
オブラートに包まずストレートにそう言うが、司は首を傾げる。
「した覚えないし、された覚えもない」
「そうなのか?」
「噂は知ってるけどね・・・覚えてないんだよ、それが」
そう言って笑う司が嘘を言っているようには思えない。だが明人は眉間にしわを寄せて難しい顔をしてみせる。自分もまたあのブログと凛の言葉から聞いた分しか知らない。だがその当事者が覚えていないということの意味を悟ったのだ。
「思い出したような気もするけど、結局は忘れてるんだよなぁ」
司は前を見たままそう呟く。口元には笑みが浮かんだままだった。
「どういうことだ?」
「今年の初めにさ、一度、俺、死んだんだ。そのせいで忘れたのかもね」
「意味がわからん」
「だろうね。わざとそう言ってる」
にんまり笑ってむかつくことを言われた明人はますます眉間にしわを寄せる。やはりというか、初めて会った時からどうにも相性が悪い。いや、どちらかといえば自分が嫌いなタイプの人間だ。どこかいい加減でデリカシーもない。常に笑っているが、それが世の中を馬鹿にしているようにも思えていたのだ。いや、本当に司を嫌っている原因は苺に対して行った除霊だが、それは嫉妬になるので頭から消す。苺は自分だけのもののはずだった。それを汚された気がしての反動が出ている、そうも思っていた。
「警察のおっさんだ」
司の言葉に前を見れば、笹山と武藤がいた。ちょうど森の入り口に位置する場所だが、既に外灯もなく手にした明かりだけが頼りの状態である。
「やぁ」
「うん、行こうか?」
目上の人に対する態度もこれだ。それに司はいまひとつ人の名前を覚えないというか、呼ばない節がある。仲間のはずな来武に対してもインテリと呼び、健司のことも今日は標的君と呼んでいた。
「さて、何が出るやら」
「警部・・・そういう言い方は止めて頂きたい」
楽しむような笹山に対し、明らかにビビッている武藤がいる。司は鼻歌を歌い、明人は周囲を警戒するように歩く。そうして森に入った4人がフェンスの前で立ち止まった。
「誰かいる」
司の言葉に3人が体をビクつかせた。じっとフェンスの奥を見据える司の口元から笑みが消えたこともあって一気に緊張が高まるが、その司はさっさとフェンスの向こうに行く。あわてて3人がそれを追うが、笹山と明人はまだどこか余裕があるものの、武藤は気絶しそうな感じになっていた。
「夕方、神社にいたヤツ、だな」
そう言って立ち止まった司の言葉に、3人はその場に立ち竦む。壊れた石碑の前にいるのは銀色の髪をした少女だ。月明かりが照らすその銀の髪が淡く輝いていることもあって、それが人間なのか霊なのかの判断もつかない。そんな中、司は一度両手の数珠を見て、それから少女に向かって歩き出した。
「はじめまして、になるね」
「私が誰だか知っての発言?」
少女の美しい声はまるで美声の歌声だ。魂すら震わすほどのその声に明人でさえも頬を赤く染めるほど。
「数珠、ありがとうね」
質問に答えずにそう言う司に怪訝な顔をする明人だが、少女はくすっと笑うと司の前に立った。どうやら人間だとわかる月光に冴える影を見た3人はどこかホッとしつつも、年に似合わぬ妖艶な雰囲気に飲まれまいとした。それほどまでの少女の存在はどこか曖昧なのだ。
「なるほど、それでか」
少女は年に似合わぬ大人びた口調で話す。仕草もそうだが、変な色気も感じられた。司はにんまりと笑うが、少女はずっと目を閉じたままだ。
「君、時間的に子供がこんなところにいたらダメだ」
武藤の言葉に少女は微笑み、司は苦笑する。
「この人、見た目はこうだけど中身はずっと大人だよ」
その言葉に少女はますます笑みを強め、3人は顔を見合わせて意味がわからないといった顔をしてみせた。
「特殊な霊圧のせいで身体の成長が遅いんだよね?んで目も見えない。っても、霊圧と霊力で物を見てるから見えないってのは嘘になるか」
ズバリ言い当てた司の言葉に優しい笑みを見せる少女。ますます混乱する明人たちだが少女が自分たちに背を向けて石碑の前に立つのを見てゆっくりとそっちへ向かった。
「60年前に父が封じた禍が外に出たようです」
「みたいだね」
「君がそれを追ってるのね?」
「まぁ、そうなるね」
微笑みながらする会話ではないと思う。そう思う明人は小さなため息をついた。
「それに関して詳しいことを聞きたくてね、彼女から」
司はそう言うと明人の方を見た。いや、正確には明人の後ろに位置する場所を。
「南秋穂さん・・・ね」
少女もまたそう言い、微笑を強める。何故その名前を知っているのかという顔をする笹山と武藤が顔を見合わせた。明人はただ黙って司と少女の動向を逃すまいと目を細めた。
「私が彼女を取り込みましょう。直に皆さんとも話ができるでしょうから」
少女はそう言うと明人の横をすり抜けるように歩いていく。そして坂の中腹辺りでしゃがみこむと両手を地面につけた。
「あんたの名前、聞いてなかったね」
司の言葉に少し驚いた顔を見せ、それから小さく微笑んだ。
「遮名、神地王遮名」
「由緒正しい歴史のある名だね」
「そうね・・・神地王天、私はアマツの末裔みたいなものだしね」
その名前に司は苦笑する。遮名もまた笑みを見せ、それから地面を見た。雲に隠れていた月がまん丸の姿を天に浮かべている。遮名はゆっくりと背を反らし、そしてまたゆっくりと元に戻った。そしておもむろに立ち上がると4人を見て、それから悲しげな笑みを浮かべた。
『久保善行を止めてください』
遮名の口から出たその声は遮名のものではない。悲壮な想いを込めながらも、遮名の表情は無表情だ。そのアンバランスさが恐怖心を起こさせるものの、この常軌を逸した状態に慣れつつある明人や笹山、武藤は同時に唾を飲み込むのだった。
*
「その久保って人、なんで止めたいわけ?多分、もう死んでるか、生きてても半分死んでるよ」
昨日の会議の中でもそういったったことを言わなかった司の言葉に笹山と武藤が怪訝な顔をする。そして明人は露骨に嫌な顔をしていた。
『彼は和人を殺そうとしてる・・・』
「その大場って人も人をたくさん殺してるけどね」
通り魔的犯行で人を呪い殺していることを知っているのか、秋穂は黙り込んだ。そんな秋穂にため息をついた司が秋穂、正確には遮名の元へと近づいていく。どうせろくでもないことを言い出すのだろうと思う明人が睨むように司の顔を見るが、そんな明人をちらっと見た司は小さく微笑んだままだった。
「止めてやるから全部話して」
優しい口調だった。そう、これまでの中で見せたことがないほどの優しさが込められている。その司に驚きつつ、明人は少しだけ司に対する認識を改めた。
「大丈夫・・・やるからにゃ、全力でやる」
沈黙していた秋穂は司の言葉を聞いて薄く笑った。
『私は久保君が好きでした。高校で、和人と久保君は親友で、私も仲が良くて。ずっと久保君が好きだったけど、でも、久保君は私を友達としてしか見てくれなかった』
元々、出身中学もバラバラだった3人だが、大場と久保はすぐに親友になった。気が合うにもほどがある、周囲にそう言われるほど打ち解けるまでの時間はないぐらいだ。そんな2人の面白おかしい会話に入ったのがきっかけだった。そうして3人は仲良くなり、秋穂は久保に恋をした。だが、久保からはそういったものを感じることはなく、またいろいろアプローチをかけたが久保が鈍いのか失敗に終わる。そんな中、口には出さなかったが大場から好意を感じるようになっていた。そんな危うい三角関係に悩みつつ、それでもこの関係が壊れるのが怖かったため、秋穂も大場も告白をすることがなく進級することとなる。大場と秋穂は同じクラスとなり、久保は少し離れたクラスとなった。それでも3人の関係は続いていたが、それが壊れたのはその年の夏のことだ。大場から夏祭りに誘われた秋穂はそこで告白を受けた。同じクラスとあって、少なからず好意は持ってきていたものの、やはり自分が好きなのは久保だ。とりあえず返事を保留にし、秋穂は久保にそれを相談する。だが、秋穂の頭に描いたものとは真逆の言葉が久保から発せられた。
『付き合えばいいじゃん』
久保は笑ってそう言い、秋穂は目の前が真っ暗になった。自分の恋は終わったと悟り、秋穂は大場と付き合い始める。最初のうちは良かった関係だが、徐々に大場は秋穂を束縛し始めた。やがてそれはエスカレートし、DVと呼ばれる暴力行為に強姦まがいの行為の強要。その行動の起因が久保にあると知ったのは付き合ってから2ヶ月経ってのことだ。秋穂が久保に連絡を取っていると勝手に思い込んだ大場の暴走が久保にも向けられた。そこでどんな話し合いがあったかは知らないが、別れることになった大場は塞ぎこむようになり、久保とは連絡が取れなくなった。そして大学へ進むが、久保は違う大学に進み、秋穂と大場も少なからず疎遠になっていた。月日が流れ、あの日、大場たち5人が肝試しに行くと知った。もちろん大場本人からの連絡があったのだが、誘われた秋穂は嫌なものを感じて遅れてそこへと向かった。そしてここで見たものは凄惨なる光景だった。友達の四肢を引きちぎり、首をねじ切る大場の姿に絶叫し、震えた。大場はもう、大場ではなかった。
『久保がいいんだろ?俺よりも、あいつがぁぁぁぁぁ!』
覚えているのはその絶叫。自分は倒れこみ、大場は自分の魂を吸い込んで笑った。気がつけば、意識がここにあった。自分の肉体を見ている不思議さ。そんな自分を大場が見た。殺されると思った矢先、坂の上に久保が立っていたのだ。
『久保ぉぉぉっ!』
『和人!』
絶叫と呟きが重なった。そこで記憶は途切れ、気がつけば全裸の自分が寝ている姿を見下ろしていた。そして感じる思念は2つ。久保を殺そうとする大場の思念、大場を殺そうとする久保の思念。だが、大場のそれとは違い、久保の思念はもう久保のものではなかったという。大場はまだ大場らしさを残していたが、久保は黒く禍々しい思念で覆われていたのだ。死んでも霊圧の高かった秋穂だから感じられるものだった。
『危険なのは和人よりも久保君です・・・どうか彼を止めて・・・助けて』
「止めてはやれるだろうけど、助けるのは無理だ・・・大場もね」
司は苦笑気味にそう言い、そんな司に明人が近づいた。怒りをたたえた表情を浮かべて司の肩を掴むが、司は秋穂の方を向いたままだった。無理にしてももう少し言い方があるだろうと思う。彼女は死んでもなお2人を止めようとしているのだから。
「2人とも邪念と一体化しているからね・・・剥ぎ取ることもできないだろうし。浄化するにしても滅ぼすにしても、邪念と一蓮托生だ。それに肉体的には半分死んでる。もう元には戻せない」
『そう・・・ですか・・・』
「残念ながらね」
残念そうには思えない軽い口調に、明人の拳が司の頬にめり込んだ。思わず吹き飛ぶ司が砂利だらけの坂を転がり、あわてて笹山が明人を止めるように腕を掴んだ。やはり司は好きになれない、明人はそう実感した。
「嘘でも、できるって言ってやれ!」
「出来ないことを出来ると言って、出来なくて後悔したくない」
司はペッと口の中の血を吐き、頬をさすりながら立ち上がった。やれやれといった顔をする司を見た明人の拳に再度力がこもるが、笹山に押さえられているために動けない。
『私が和人の告白に中途半端な気持ちで応えず、久保君を一途に想っていたら、こうはならなかったよね?』
独り言のようにそう呟く秋穂の言葉に何も言えず俯く明人だが、司は再度秋穂の前に立った。口の端も切れたようで血が滲んでいる。
「どっちにしろこうなったかもね。どうやったって結ばれない運命も、あるしさ」
『そう、ですね・・・』
そうかもしれないと思う。告白しても久保が自分を振れば、大場が自分を慰めるだろう。そうなれば、結果はどうあれ大場と付き合い、大場は久保の影に怯えるといった悪循環に陥っていたとも思える。
「昔さ、2千年前に親友だと思っていた男に裏切られた男女がいてね、邪念に取り憑かれた親友は女を犯した上で連れて逃亡、それを追った男は邪念に取り憑かれた親友を倒し、それを封じて死んだ。女もやがて死に、でも彼女は男を追って2千年の時を超えた」
一体何の話だと思う明人が怪訝な顔をするが、どこかで聞いたようなその話が昨年流行ったドラマの内容に酷似していることに気づいた。だがあれは2千年前ではなく、1万2千年前のことだったが。
「そして現代で2人は出会い、恋人になった・・・前世もくそも関係なく出会い、恋を、した」
やはりドラマの内容だとため息をつく明人は何故ここでそんな話をするのかと怪訝な顔をしつつも黙ってその話を聞いていた。
「でもね、邪念に憑かれた友人の中には良心が残っていて、それも生まれ変わってそのカップルの傍にいる。違う人とラブラブになっちゃいるが・・・時を超えた理由は俺たちを見守るためらしい」
その言葉を聞いた明人の顔が驚きに変化する。てっきりテレビドラマの内容だと思っていたが、まさか司の前世の話だとは。そんな明人を見ず、司は小さな微笑を浮かべていた。
「あんたは生まれ変われる。でも、その2人の中に良心が残っていれば、来世で出会う、かもしれないな」
『来世で?』
「俺と凛は2千年の時を超えてまた恋人になった。ま、そんな記憶もないけどさ。その親友の生まれ変わりは前世の記憶を全部持ってて、まぁ、それで知ったわけだけど」
苦笑する司を見る明人が来武の顔を思い出す。前世の三角関係がもたらした事件など知らない明人だが、来武と凛、そして司の不思議な関係はどこか納得のいく感じがしていた。
「でも同じ時代、同じ世代で生まれ変われるかどうかはわかんないけどね。それでも、良心が残ってれば、って信じたいよね」
そう言った司はにんまりと笑う。ずっと無表情で秋穂の言葉を話していた遮名の口元にも笑みが浮かんだ。それは秋穂の笑みか、遮名の笑みかはわからない。
『彼らの中に良心が残っているのなら・・・救って欲しい』
「出来たらするけど、期待はしないでくれ。多分、無理だよ」
ここでも出来ると言わない司に苛立ちが募る。だが、秋穂は納得したのか、黙ったまま再度微笑んだ。
『お願いします・・・2人を・・・・止めて下さい』
笑みが消え、悲壮な声が静かな森にこだました。
「わかった」
笑ったままそう言う司はそっと遮名の肩に手を置いた。
「だからもう往け。あんただけでも先に成仏せにゃ」
優しい口調に秋穂の気配が揺れる。わずかながらに霊感のある明人と笹山ははっきりとそれを感じていた。
『お願いします』
「大丈夫、任せてくれ」
微笑む司の言葉を最後に、秋穂の気配は消えた。司は雲に隠れつつある月を見上げるとその笑みを消した。
「往ったようです」
もう秋穂ではなく遮名本人の言葉に頷く司は月から遮名へと顔を向ける。
「さすが刃さんの弟子・・・よく似ている」
くすっと微笑む遮名を見た司がここで初めて驚いた顔をしてみせる。まさか遮名の口から自分の師匠である上坂刃の名を聞くとは思わなかったからだ。
「刃さん、元気?」
「ええ」
「そっか」
嬉しそうに微笑む司を見た遮名の顔が曇る。
「会いたくはない、そんな感じかな?」
「別れる際にもう会うことはないって言われたからね」
その言葉に頷く遮名はこういうところも刃に似ていると思った。
「で、マガだっけ?それって?」
秋穂のことはもういいのか、司は遮名にそれを問う。遮名は閉じたままの目を壊れた石碑に向けると少し悲しげな顔をしてみせた。
「60年前、父は村だったこの地に住む人が大陸から持ち込んだ悪霊を封じた。封じることしかできなかった」
「そんなに強かったんだ。いや、この多層結界張れる人がそれしかできないって・・・やっかいだね」
坂の上に張られた多層結界はかなりの術者でない限り張ることができないほどのものだ。通常は多重であり、紙を何枚も重ねたような結界になるのだが、ここにあるのは太い木の板を何枚も重ねたような頑丈さを持っている。そんな芸当は司でもできない。
「けれど、結界の杭になった石碑は壊され、それでもここから出れない禍は封じられたようなものだった」
「それが久保を通して外に出た、か」
「私は娘としてそれを確認するために来ました」
「そっか」
どうでもいいような物言いに遮名は苦笑し、明人はまたもイライラし始める。
「でも、それはあなたに委ねます」
「いいの?失敗するかもよ?」
「約束したのはあなたでしょう?」
そう言い、お互いに微笑み合う。そして遮名は明人や笹山を見て丁寧に頭を下げるとさっさと背を向けて坂を下りて行った。誰もどう声をかけていいかわからず見送るしかない中、司は遮名とは逆に進んで壊れた石碑の前に立った。
「通り魔はどうにかできるけど・・・こっちは骨が折れるなぁ」
さもめんどくさそうにそう言うが、顔は笑っている。とりあえず秋穂からいろいろ聞けたのは収穫だったが、笹山と武藤にすれば今あった出来事をどう整理すればいいか困り果てる。だがこれ以上ここにいても何の進展もないために森を出た4人は司の家に向かって歩いた。
「お前、強いんだな」
意図せず並んで歩いていた明人にそう言い、司は血が滲む唇の端を吊り上げた。初めて会った時もそうだが、明人の動きは素人のものではない。
「謝る気はないぞ」
「信念持って殴ったのなら、謝る必要はないさ」
何故そんなことを笑って言えるのか、それこそ心が壊れているからだと思う明人だが、それが司の性格だとも思えて表情もなく前を向いていた。
「あの前世の話、本当なのか?」
「ああ。っても、俺も凛も記憶はないけど」
「未生さんだけってことか?」
「そうなるね」
「ドラマも・・・そんな感じだったから、驚いた」
「ドラマ?ああ、確か1万2千年の恋だっけ?美咲や未来は見てたなぁ」
そう言って笑う司にそれを聞いても無駄だと思う明人は同居を開始してから凛か来武にでも聞いてみようと思うのだった。そうして家の前で笹山と武藤と別れた2人は一旦家に入る。すぐに凛が姿を見せ、ホッとした顔を見せたのが印象的だった。こんな美人で性格も抜群な女性がこの司を心底好いている気持ちが理解できない。これが前世の縁かと思うが、そうではないことを司が話していたのを思い出し、ますます怪訝な顔になっていく。アイスレモンティーを差し出す凛はそんな明人を来て首を傾げるが、明人は無表情のまま礼を言い、それを飲んだ。
「司君、口、どうしたの?」
その言葉に思わず手が止まる明人がどう説明するかを悩んでいると、司がキッチンから自分のレモンティーを持ってやってきた。
「ん?これ?知らないうちになった。な?」
そう言い、明人に同意を求めるように笑う。少し間を置きながらも無表情で明人は頷き、凛は睨むように司を見ていたがため息をついて自分を納得させるようにするのだった。




