関連
神咲神社は駅を降りて5分もあれば到着する場所にあった。時計を見れば12時半とあり、さすがに早すぎるかと思いつつもゆっくりとした足取りで進む明人と苺はすぐ目の前にある大手コーヒーチェーン店から出てきた木戸京也と一枝歩のカップルに出くわした。偶然の出会いにお互いが苦笑し、そのまま神社へと向かった。ここのところ大会等があって満足なデートが出来ていない京也と歩だったが、こちらは健司と春香のカップルとは違って会える時は会い、こまめに連絡を取り合っていることもあってその仲は変わらず順調だ。お互いがお互いを尊重しあい、絶対的信頼を置いていることもあって些細な喧嘩はあれど仲睦まじいカップルのままだった。
「少し早いけどいいよね?」
「多分な」
京也の言葉に素っ気無く返す明人だが、これが明人だと知っているだけに何も言わずに頷く。久々に部活も休んだことでゆっくりと話をしていた京也と歩を苺がからかっているとすぐに神社に到着した。赤い大きな鳥居をくぐり、この間入った外拝殿に向かう。そこには凛がいて、その横には見慣れない中学生と思しき少女が佇んでいた。
「こんにちは。早いですね」
そう言って頭を下げる凛に4人も頭を下げた。どうやら今、鍵を開けに来たようだ。
「こちらは美咲ちゃん。司君の妹なんです」
「どーも!美咲です!よろしくっ!」
今時の中学生のせいか、軽いノリの美咲に苺と歩はにこやかに自己紹介をしたが、明人と京也は苦笑を浮かべる。それでもどこか司に似た雰囲気に妹なんだなと思う2人だった。冷房を入れた外拝殿に入った6人は日陰になっていた建屋に感謝をした。暑いが室内は耐えられるレベルであり、しかも冷房の効きも良くて5分もすれば快適な室温になっていた。そうしていると入り口が開き、宮司の衣装を着た司が疲れきった顔を出した。
「ん?みんな早いな・・・凛、腹減った・・・なんかない?」
「チャーハンを家に用意してるけど」
「んじゃ行こう」
まるで夫婦のような会話に苺と歩が顔を見合わせて微笑みあう。凛は美咲を含めた全員にすぐに戻ると言い残し、司と共に出て行った。
「神手君って、いつもあんな感じなの?」
「あんなって?」
「んー・・・なんていうか、ぶっきらぼうっていうか、マイペースっていうか」
苺の言葉にその意図を感じ取った美咲が笑う。
「そうだよ。でも、あれでもましになったほう。お姉ちゃんのおかげでね」
「そうなんだ」
これをきっかけとしてあの2人のことを聞こうとした矢先、ドアが開いて健司と春香が顔を出す。いっぺんににぎやかになったことで今の話題も切れてしまった苺は不満そうにしていたが、それを見ていた明人の口元が笑みを見せたことに気づく者はいなかった。
「なんだ、一番重要なやつがいないな」
そう言って入ってきた来武と未来に美咲が状況を説明した。いつのまにか部屋の後ろに置かれていたホワイトボードには落書きがされ、春香と歩によるアートがびっしりと描かれている。それを見た来武は苦笑しつつ、時計を確認すればもう1時になろうかという時間になっていた。そうしているとドアが開く。宮司の格好をしたままの司とピンクのポロシャツとジーンズに着替えてきた凛、そして笹山と武藤が入ってきたために一気に緊張が高まった。
「笹山さん。お久しぶりです」
立ち上がって頭を下げる明人を変わらないなと思う笹山は表情を緩めていた。
「ああ、久しぶり。今回もお世話になるよ」
謙遜じみた挨拶に苦笑した明人に笹山は微笑み、全員が長椅子に腰掛けた。来武は落書きアートを消してホワイトボードを前に移動させ、笹山は持ってきた資料を小さな木の机の上に広げるようにしてみせた。
「今から見せるのは事件の極秘資料で持ち出し不可なものだ。だから、今日のことを口外したりインターネットに載せたりした場合、君たちを逮捕することになる」
冷たい武藤の言葉に全員が押し黙る。緊張が表情に出る中、司は頭の後ろで手を組みつつ小馬鹿にしたように笑って見せた。
「大そうな話じゃん。ならもっと簡単でいいのに」
その言葉に武藤の目が冷たく光る。その目に全員が凍りつく中、それでも司は笑ったままだった。こういう部分が壊れているということか、それともこれが性格なのか。そう考える明人がじっと司を見つめる中、笹山が立ち上がった。
「そういう覚悟をもって聞いてくれって話だよ」
そう前置きし、部屋の空気が緩む。司は相変わらずだが、武藤は常に不機嫌そうにしていた。
「まず、殺された4人について」
そう言い、4枚の写真を取り出した。
「三村省吾、岡本拓馬、鈴木北斗、そして深溝竜。全員同じ大学で同じ学年。あの場所には肝試しに行ったようだな」
ツイッターにそういうことが書かれていたと説明した笹山はそこで新しい情報を提示した。
「だが、あの場にいたのはもう1人いる。大場和人という男だ」
そう言って1枚の写真を出す。短い髪にすらっとした痩せ型体形。そして切れ長の目。
「そいつが通り魔だ」
写真をチラッと見ただけでそう呟いた司を全員が見やる。司は薄く笑いながら全員を見て、それからその大場の写真をまじまじと見つめていた。あの通り魔とは写真とはいえ大場の顔とまるで一致しない。だが、司は小さな笑みを浮かべたまま説明をする。憑かれた霊が大きいせいで肉体にも影響を与えている。それが瞬間移動や姿を消すほどの力になり、外見すら歪めているのだと。その原因は圧倒的な敵意。憑かれたものすら飲み込む恐るべき敵意と憎しみを持っていると言い、その言葉を聞いた苺や春香、歩は顔を青ざめさせる。だが、こういうものに慣れている未来や凛、美咲は納得したように頷き、経験と知識の違いをまざまざと見せつけられた明人は黙ったまま大場の写真を見つめた。
「で、南秋穂だが・・・」
笹山はどことなく言い難そうにそう口にし、写真を取り出す。清楚な感じがする女性がそこにいた。長い黒髪に整った顔。凛に雰囲気が似ていると思うが、やはり何かが違う。清楚なのだが決定的な何かが足りないと思う明人は同じように鋭い目をしている司を横目で見た。
「何か違和感でもあるのか?」
そんな明人の言葉ににんまりと笑った司が意味ありげな言葉を投げた。
「やっぱ、おたくも感じた?」
そう言い、苦笑しあう。他の面々は何も感じないようだが、来武と美咲は顔を見合わせていた。
「この子、呪われてるよね?」
美咲の言葉に司はにんまりと笑い、来武も難しい顔をする。そして明人もまた漠然と今の言葉に納得していた。違和感の正体がはっきりしたからだ。そう、彼女の美貌を掠める翳のようなものの正体がそれだった。
「霊力あるって自覚なかったっしょ?」
そう言う司の聞きなれない言葉に眉間にしわを寄せる明人。とりあえずその話は後でと凛が割って入り、笹山は状況を説明した。秋穂が何故あそこにいたのか、その理由は不明。ただ、殺された4人と秋穂の死亡推定時刻はほぼ同じだった。一緒に行った形跡はなく、ツイッターを見ても男5人しかいなかった。
「後から来たと考えるのが自然だが、死因を含めて謎が多い」
「いんや・・・呼ばれて来た、だな」
司はそう言い、大場と秋穂の写真をじっと見た。
「この男が女を呼び出してる。憎しみの矛先はこの女だからな。いや、もう1人、久保にもか」
その久保の名前が出たところで笹山は久保の写真を出した。それを見た健司はどこか懐かしそうな表情を浮かべて見せる。もう随分と会っていないが、大人になったとはいえその外見に変化をそう感じなかったからだ。
「久保善行は南秋穂、大場和人の高校時代の同級生だ。で、ここからが話の核心なんだが」
笹山はそう前置きし、全員を見渡してから説明を始めた。高校時代、秋穂と久保は恋愛関係もなく仲のいい友人関係を築いていた。誰に聞いても付き合ってはいないと証言し、実際、本人たちの気持ちはわからないものの恋愛感情を抜きにしても良好な関係を持っていた。やがて3年生になり、大場と秋穂が交際を始める。最初は順調な交際だったものの、徐々に秋穂は大場の束縛に耐えられなくなり、それを久保に相談していたらしい。結果として2人は別れるが、大学が一緒になった大場は秋穂に復縁を迫るが拒絶されていた。結局、ヨリを戻すことはなかったが、その矢先にこの事件が起こったのだ。結果として秋穂は死に、大場は行方不明、久保もまた一ヶ月以上前に失踪している。
「通り魔が大場として、何故、中身が南って女性なんだ?」
「取り込まれたってのが正解なんだろうけど、魂を吸い取られたんだと思う」
明人の疑問に司が答えるが、当たり前だが推測にすぎない。
「残留していた女の霊圧に反応したのかもなぁ」
司はそう言い、珍しく深刻な顔をして黙り込んだ。
「だが久保、南、そして大場は繋がった。大場が通り魔だとして、久保は?」
来武の言葉に笹山は現在捜査中だが、どうやら彼もまた廃村へ行ったきり行方がわからないと付け加えた。やはり事件の大元はあの廃村にあるのだ。そこで司は美咲を見て悪戯っぽく微笑む。それを見た美咲は嫌そうに舌を出すが、みんなの注目を集めてあわててそれを引っ込めた。
「じゃぁ、美咲、廃村へレッツゴー!」
場の空気を読まないその陽気な言葉にため息をつきつつ立ち上がる美咲を見た明人たちはこれから廃村へ行くのかといった顔をする。だが司も凛も立ち上がろうとはしないため、ある疑問が頭に浮かんだ。
「まさか1人で行かせるのか?」
健司の言葉に笹山と武藤が怪訝な顔をする。そんな気配がしないからだ。美咲はみんなに向けた愛想笑いから鬼の笑みを司に向けた。
「意識だけを飛ばせるんです、彼女」
あわててフォローした凛も司を睨むが、司は2人から睨まれた理由が分からずに不思議そうにしていた。
「らいちゃん、フォローね」
「わかった」
未来にそう言われた来武も立ち上がって美咲の右肩に右手を置いた。
「優しくしてね?」
可愛い表情を作って目をうるうるさせる美咲の言葉に来武と未来は苦笑し、凛は呆れた顔をした。司は爆笑し、明人たちは2人が何をするかわからないだけに気まずい空気を流すのだった。
「美咲ちゃん!」
霊能軍団の中でただ1人の良識を持つ凛の言葉にぴろっと舌を出した美咲はごめんと謝るとそっと目を閉じた。苦笑を消した来武も目を閉じた瞬間、すさまじい炸裂音が部屋の中に鳴り響いた。驚き、どよめく面々になんでもないことを説明しようとした凛だったが、それは不発に終わる。
「着いたよ」
目を閉じたまま、そして口も閉じたままの美咲の声が天井付近から聞こえる。明人でさえ目を見開く現象にざわつくが、そんな空気など読まない司が口を開いた。
「霊圧、全くないのか?」
「ないよ。全然・・・静すぎるね」
まさか本当に意識だけを廃村へと飛ばしているのか。不思議な会話をする兄妹の内容に誰も何も口にできずにいた。
「なら、前にいたでかい霊圧の足跡、たどれるか?」
「んー・・・もう少し深く潜るね・・・怖いから、未生さんよろしく」
「ああ」
来武は目を閉じているが口を動かしてそう答える。ただそれだけの行為が明人や笹山をホッとさせた。
「この結界張った人凄いね・・・多重っていうより、多層だよ。で、足跡は山に向かってる。町じゃない方・・・あれれ?なんだろう・・・・・似た大きな灰色の霊圧が町に向かったみたい」
「言っている意味がわからん」
そう言った明人が司に説明を求めるようにそっちを見た矢先、司はにやりと笑って来武の腕を握って目を閉じた。その瞬間、またも大きな炸裂音が部屋にこだまする。
「神手!無茶だ!」
目を閉じた来武の言葉が終わる前にまたも大きな炸裂音が2、3度部屋に響き渡った。
「痛いよ!バカ!」
「だから無茶だと言ったんだ!」
うずくまる美咲と腕をさする来武に怒られる司がゆっくりと目を開く。笑顔のままだったが、異常な汗をかいていた。
「経緯はわかった。けど、こりゃ面白くなってきぞ」
凛に支えられて起き上がる美咲は不貞腐れた顔をしつつ椅子に座り、来武は寄り添う未来に笑顔を見せた。
「封じられていたものに憑かれたのが久保。そこに滞留していた霊圧なんかを取り込んだのが大場で通り魔。んで、そこにいたあの女の魂も吸収した。そしてこの3人は全員霊能者だ」
「どういうことだ?」
明人の言葉に司は簡単に説明を始める。経緯はわからないが、久保は一ヶ月ほど前にあの廃村に行き、封じられていたものに憑かれた。普通なら殺されているにも関わらず彼がそれに耐えられた理由は高い霊圧を持っていたからだ。だが所詮は人間、久保は憑かれたのだ。久保の肉体を得た封じられていたものはそれを利用して多層に渡って張り巡らされた結界を出た。その後、大場たちがあの廃村へ行き、どうやったかはわからないが滞留していた霊圧や封じられていたものが呼んだ悪霊やその土地の地縛霊すら吸収した結果、人間と霊のハイブリッドのような存在となった。秋穂の魂をも取り込んだ大場が探すのは敵意と憎しみの矛先である久保。そして憑かれた久保もまた大場に対する憎悪を増大させている。
「残留する意識から少ししか読み取れなかったけど、女の人が好きだったのは久保って人だよ」
美咲の言葉に驚くが、笹山はどこか納得した顔をしてみせる。それから殺された5人の資料や大場、久保の資料も提示した。一通りそれを読んだ明人は小さなため息をつく。完全に非科学的で非日常的な出来事だが、それを受け入れている自分にも驚いていた。
「悪いけどさ、明日の夜に廃村に行きたい。警備なしにしといて」
突然の言葉に武藤は困った顔をする。本来であれば怒声を上げるところだが、ここでの時間がそれを麻痺させている。あまりに現実離れをした状況に戸惑ってのことだ。
「行ってどうする?」
「直接感じたい。夜のほうがいいし、何より・・・彼女が止めてくれと言った理由を知りたい」
それは久保を好きだからだろう。秋穂が久保を好きで、嫉妬した大場が久保を探している。そんな大場を殺そうとしているのが久保。理由ははっきりしている。笹山でさえそう思うが、司の能力を見た結果、頷いていた。無意識というか、何故そうしたのかはわからない。
「俺も行く」
不意の提案にその言葉の主を見た。
「いいよ」
司は明人を見てそう微笑む。その後、来武と未来、凛も行くと言ったが却下し、来武は健司の護衛、凛はその世話を申し付けられて不満顔をする。その後、目を細める凛を見た司はこの後どんなお仕置きが待っているのかを想像して背筋を凍らせた。とりあえずその後は3時過ぎまで事件の話をして解散となったが、明日の夜は笹山の同行も決定し、武藤は久保を追うことにする。夜には合流すると言った武藤の顔が少し青かったのは内緒の話だ。とにかく通り魔に関する謎は多いが、司の顔つきから明日の結果によると判断し、笹山はどこか疲れた顔をした武藤を伴って去っていった。
「司君、ちょっといいかしら?」
普段言わない凛の口調に司の、美咲の、未来の、来武の背筋が凍った。まさに氷の微笑を浮かべた凛に言われるまま外拝殿を出た司が10分ほどして戻った時にはげっそりとやつれていた。
「太陽みたいに光ってたね」
「ああ。俺たちにはご褒美でも、神手にはただの拷問だからな」
美咲と来武の言葉に未来はただ苦笑するしかなかった。




