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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第2章 すれ違う魂
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不安

深い深い闇の中に沈んでいた意識が急速に覚醒していくのがわかった。自分が何者であるかでさえももう思い出せない。ただ、頭の中にあるのは、ただ憎しみのみ。愛する者に裏切られた憎しみ、愛する者を奪われた憎しみ。いや、そうではない。自分を闇の奥底に封じ込めたあの霊能者が憎いのだ。だが、あの霊能者は自分の力をみくびっていた。あんな石ころだけで永遠に自分を封じようなど、片腹痛い。だが、土地に張り巡らされた強力な結界によって動ける場所は制限され、あの森から出られないはずだった。そう、あの日も馬鹿な肝試しというイベントをしに来たこの人間たちが来なければこうはならなかった。取り込んだこの人間の中にあった憎しみは自分への憎しみに近い。だからこそ、南秋穂、あの女だけは許せなかった。だから殺したのだ。そしてその魂をも取り込んで自分の力とした。ただ、ちょっとしたイレギュラーの発生によってその魂の一部を逃がしたのは失敗だった。残るは久保善行、あいつさえ滅ぼせば、自分の中の人間の憎しみは晴れ、その憎しみが自分の力となって完全なる復活を遂げるだろう。闇の中の闇は小さく笑った。かすかに揺れる空気の中、闇はもぞもぞと動き出す。自由に動けるようになるまであと少し。それまではここで蓄えよう。土地に縛られた霊圧を吸収し、再びその力を取り戻す時まで。久保を、自分を追いながら。



笹山が猟奇殺人事件の詳細を教えるために神咲神社に来るのが午後1時となっていた。気分的には明日の終業式で夏休みとなるために浮き足立つところだがそうもしていられない。どうせなら昨日を終業式にして欲しいと思う遠山健司は自分の身の上に降りかかった不幸を呪った。今は午前10時、駅での待ち合わせが12時なのでまだ時間的に余裕がある。両手の数珠を見てため息をつき、それから枕を見た。その枕の下にはお札を置いてあり、その効果か昨夜は異常なく眠ることができたのは不幸中の幸いだろう。もっとも、眠りについたのは深夜2時だったが。連日の熱帯夜とあって全裸で寝ていた健司はぼーっとしたままベッドに座っている状態だった。夏場はこうして全裸で寝ることが多いが、明後日からはそれもできない。霊的な力を持った謎の通り魔に狙われていることもあって、神手家で寝泊りすることが決定しているからだ。そこには自分を助けてくれた最強の霊能者である神手司がおり、その他にもその妹の美咲、司の恋人である元タレントの桜園凛までいるのだ。全裸であるところを見られれば確実に変態呼ばわりされるだろう。それに親友である戸口明人とその彼女である志保美苺も一緒になるため、はっきり言って軽蔑だけではすまない。ようやく彼女である今井春香と2週間の喧嘩を仲直りしたところでそういう問題を起こすわけにはいかないのだ。実際、凛や苺と同じ屋根の下で生活するだけでいい気はしていないはずだ。大きなため息をついて立ち上がり、もう一度両手を見た。左右の手首に着けられた茶色い数珠はどこか異様に見える。なんでこんなことになったのかとため息をついた矢先、部屋のドアが勢いよく開いた。


「おはようっ・・・・って!」


突然現れた春香が全裸の健司を見て体を硬直させるが、その視線は下半身に向けられていた。健司は愛想笑いをしつつゆっくりと春香に背を向けるが、全裸なので尻を向けた形になっていた。


「朝っぱらから裸で何してんだか・・・」


どこか軽蔑めいた口調でそう言われるが、夏はいつもこうだとしか言えず、健司は黙ってタンスから下着を取り出し、そそくさとそれを履く。


「・・・・・・・変な妄想でもしてたの?」

「朝の生理現象だよ。今さっき起きたとこだし」

「・・・そ、そう」

「泊まったとこもあんだし、わかるだろ?」

「あ、うん・・・」


普段は男勝りな春香だが、こういう方面ではそれがない。経験がどうとか以前に苦手なのだ。ドアの方を向いたまま健司が着替えるまで待った春香は気まずい空気を変えようと何を話そうか必死で頭の中で考えを巡らすが、早々いい話は浮かばない。そうしていると着替えを終えた健司が枕の下からお札を取り出して机の上に置いた。


「朝飯、食うけど?」

「あ、うん・・・下にお母さんがいたから、部屋に行っていいよって言われて、それで・・・」

「飯!」

「あ・・・私は食べたから」


言い訳をする自分を嫌悪しつつ、健司を見れない自分も嫌だった。そんな健司はそっと春香の肩に手を置くと、春香は体をビクつかせる。そのまま先に健司が部屋を出るが、廊下に出たところで春香の方を向いた。


「そういや、お前、部活じゃ?」


その言葉にバツが悪そうな顔を見せつつ、顔を伏せた春香は上目使いに健司を見やった。


「休んだ・・・あんたが心配だったし・・・詳しい話、聞きたいし」

「部長失格だな」


苦笑混じりにそう言う健司にムッとした顔をしてみせるが、当の健司は苦笑を微笑に変えていた。それを見た春香は健司を睨むようにして一歩出た。


「なによ!私は・・・・」

「ありがとな、心配してくれて」


さわやかな笑顔でそう言われた春香は赤面し、それを見た健司は満足そうに笑うと階段を下りていった。自分の嫉妬から険悪な関係になった2週間が嘘のように思える。それもあって今朝は起こしに来てあげようと思っての行動だった。健司の母親とも仲がいいために部屋に行くよう言われたのだが、まさか全裸でいるとは予想していなかっただけに不意打ちを食らった気分だった。勿論、そういう関係にあるとはいえ、明るい場所で全裸をまじまじ見たのは初めてのことだ。春香は大きく深呼吸してから階段を下りた。キッチンに入った春香を見た健司の母親の謎めいた笑みに赤面したが、それを見た健司が大きくため息をつくのだった。



神咲神社は二見中央の二駅向こうに位置する大きな神社である。この地元では2番目に大きいが、1番大きな神社は参道が長くて3つもある分大きいだけで、規模でいえばそう大きさは変わらない。それに、この神咲神社は他の神社にはない特徴を持っていた。噂で広まったことだが、除霊を行っていることで有名だった。地元でも有名な霊能者である司はこの神社の跡取り息子であり、祓えない霊などいないと言われるほどの腕前を持っているとされていた。だが、同級生たちにはそういう意味での有名人ではなく、他のこと、悪い方面での有名人であった。中学時代に同級生の女子を除霊と称してレイプをしたというのがそれだった。当の本人はそんな噂など無視して生活しているが、それはレイプ事件から逃れるために心が壊れたためという噂もあり、実際に除霊を受けた者以外にはかなり悪い男として認識されていた。だが、ここ最近は除霊希望者が多発し、どれも見事に祓っている事実もあってそういう悪い噂も霞みつつある。それに、元タレントである桜園凛の存在も大きかった。司の彼女であり、その美貌と性格は人を惹きつけて止まないこともあり、最近は巫女装束に身を包んで舞を踊ることもあって人気が出ているのだ。当然テレビの取材申し込みも来ているが、宮司である信司が全て断っていた。凛は芸能界に未練はなく、テレビなどのメディア関係にも関わりたくないとしているそのポリシーを尊重してのことだ。去年いろいろあったこともあってそれをより濃くしたための判断だったが、それでもオファーは続いていた。その凛は洗濯を干し終わり、やかましく鳴く蝉の声にうんざりしつつベランダの網戸を閉める。明後日からやって来る3人の居候のために布団も干し、空いていた部屋の掃除に押入れの整理と大忙しなのだ。来るのは明人と健司、それに苺の3人であり、男2人が空き部屋を使い、苺は凛か美咲の部屋で寝泊りさせることにしている。明人と恋人同士で健司とは友達である苺だが、万が一の間違いがあってはならないとの判断でそう決めたのだ。空き部屋にクーラーがないために扇風機を用意しているが、これで熱帯夜を乗り切れるかどうかは不安でもある。かといって居候期間が未定なだけにリビングを使わせるわけにもいかず、これが最良の策になっていた。時計を見た凛は11時になることを確認して階段を下りた。美咲は友達の家に行き、司は除霊のために朝から神社に行っている。昨日1日休んだだけで今日の除霊希望者は倍以上になっているのだ。午後1時になれば警察関係者が来て廃村での猟奇殺人事件に関する詳細が聞けることになっている。それまでは昼食抜きで除霊三昧な時間だった。そんな司を思いつつ家事を終えた凛はリビングのソファに腰掛けた。まるで主婦のような生活だが、いずれは本当の主婦になるという覚悟もあって苦痛には思っていない。司があの状態なだけに結婚などいつになるかわからないが、それでも相手は司しかいないと思っていた。もう記憶にはないが、2千年前の前世でも恋人同士であった司と凛は、その前世では悲恋に終わっている。そして今、現世でも悲恋になりかけたが結果として今は幸せな状態にあって、凛はそれに満足していた。とはいえ、前世の記憶などまったくない。何故か全て覚えている友人の未生来武から聞いたことばかりであり、聞いたからといって記憶が蘇ることもなかった。


「ん?」


テーブルの上に置いていたスマホが震え出し、揺れ動く。夜はマナーモードにしているせいか、それを切るのを忘れていたらしい。最近、機種を変更したスマートフォンだが、まだまだ扱いに慣れていないのもその原因だった。ラインの受信を見た凛がその内容を見やる。差出人は苺だった。内容は1時前に神社に行きますというものだ。春香も、そして後輩である一枝歩も部活を休んで来ることになっていた。内容が内容だけに自分の目で見て、耳で聞いていろいろ判断したいのだろう。凛は了解しましたと返事を打ち、携帯を置いた。大学生である凛はすでに長い夏休みに突入している。それは違う大学に通う来武も同じだ。


「本当なら海にでもって思ってたんだけどなぁ」


去年に行った海の近くのキャンプ場に今年も行くはずだった。だが町内の記念行事がお盆にあるために信司が忙しくなり、今年は行けなくなっていたのだ。仕方なく司を誘って海水浴だけでも楽しもうと思っていた矢先に起こったこの事件に凛はため息をついた。かといって自分の水着姿を見た司がまともに楽しめるとは思えなかったが、凛としてはその反応も見たかっただけにさらにがっかりしていた。


「相変わらずまぶしいね」


ぼんやりしていたこともあって美咲が帰宅したことに気づかなかった凛は驚いて振り返るが、美咲はにっこり微笑んで凛の横に座った。


「あれ?友達とはもういいの?」


出かけてからまだ1時間ほどしか経っていない。いくらなんでも早すぎると思う凛の質問を聞きながら勝手にテレビのチャンネルを変える美咲。


「漫画返しただけだし、昼からはなんか神社の話に来いってお兄ちゃんが言うしさ」

「え?美咲ちゃんも来るの?」


驚く凛を見てため息をついた。凛に詳しく話をしていない司を司らしいと思う反面、自分を借り出す兄の魂胆が見えたからだ。


「多分ね、霊視させる気だよ」

「あー・・・なるほど」

「疲れはないけど、めんどくさいよねぇ」


めんどくさがりなところは兄と同じかと思って苦笑する。霊力に長けた美咲の千里眼を使って何をしようというのか。司の意図が読めずに目はテレビを見ながらも思考はそこになかった。廃村の巨大な悪霊は消え、通り魔の所在もわからない。そんな状態で何も知らない美咲が千里眼を使おうとも効果はないはずだ。こういった霊絡みの時はいつも笑顔の司の考えがわからない。自分と付き合うようになってからは自分の命を軽んじることは止めているとはいえ、それでも他人に比べれば軽視している節があった。いつ死んでもいいと感じるのだ。だからこそ、自分は司を守りたい。そう思う凛は今回の事件に関してはいつも司のそばにいようと決心するのだった。



時間前に苺の家のインターホンを押した明人はその場で10分ほど待たされた。昨夜も、そして今朝も早めに出ることを連絡していたのにこれかとため息をつくが、玄関から飛び出してきた苺に向けた顔は無表情だった。


「ゴメン、遅れた」


バツが悪そうにそう言う苺を見た明人は何も言わずに駅へと向けて歩き出した。一瞬間を置いた苺も早足で明人の横に並ぶが、これまた普段どおり会話はなかった。付き合う前も、そして付き合ってからもこういう状態なだけに苺も気にしない。ただ、デートの際は明人から話題を振ってくることもあるので、普段のこういう状態が普通なのだと思っていた。切符を買わずに定期を取り出した2人は明日まで有効であるその定期に感謝をしていた。料金的には乗り越し分だけ払えばいいために小遣いの負担が少なくて済むからだ。


「健司君は春香と、仲直りしてよかったね」

「ああ」


電車を待つベンチに腰掛ける2人はそれっきり会話もなく、5分後にやってきた電車に乗る。日曜日とあって混んでいるかと思ったが、意外とそうでもなく余裕をもって座ることができた。


「神手君って・・・・・・」


そこまで言って不自然に言葉を切る。そんな苺を横目で見た明人は俯く苺を見て片眉を少し吊り上げた。


「なんだ?」


有無を言わせぬ続きを促す言葉に苺はゆっくりと顔を上げた。


「なんか、少し、変、だよね」


人としてそういう偏見はダメだと思うのか、苺は途切れ途切れにそう口にした。明人は苺の方に顔を向け、そしてそんな明人を苺も見やる。


「あいつは壊れてる」

「え?」

「心が壊れてる・・・だからだろう」

「心が壊れてるって?」

「多分、な」


本当はその真相を知りながらあえてぼかした言葉を発した明人が前を向く。苺はそんな明人を見つめながらも同じように前を見つめた。心が壊れているとはどういうことなのか。そんな人間と明日から一つ屋根の下で暮らしていいものかと思うが、明人もいれば健司もいる。そして凛もいるのでその不安は掻き消えたが、それでも心の奥にしこりのようなものが残ってしまう。


「大丈夫だ」


そんな苺の心を読み取ったかのような言葉に明人の方を見るが、明人は前を見たままだ。それでも自分を気遣ってくれた言葉が嬉しくて、苺はそっと明人の手に自分の手を重ねた。力は込められていないが、明人が苺の手を握り返す。ただそれだけのことが無性に嬉しくて、苺の表情は駅に着くまで緩みっぱなしになるのだった。

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