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悪役令嬢候補と執事ナカダ

作者: アルトロン

・恋愛要素皆無です。

・風景描写とお嬢様言葉の練習がしたかった。

・気軽に書いたので、気軽にお読みくださいm(__)m

 初めて王都の屋敷に呼ばれて、窓から見える王宮に感動し、貴族としての誇りで胸をいっぱいにしていたときです。

 なんだか見覚えがありますね、なんて王宮を見上げていたら、思い出してしまったのです。急に血の気が引いた私に側にいたメイド達が騒ぎ出すのを気に留めず、滲み出してくる僅かな記憶を繋ぎ合わせました。


 ――嗚呼、なんということでしょう!


 この私が、前世は、庶民だったのです!

 貧しくて婚約することもできないまま大人になったようで、何処の馬の骨とも知らぬ者が作った疑似恋愛を楽しむ『しゅみれーしょんげーむ』というものに夢中になっていたのです。

 使えない記憶だこと。料理の作り方?楽な掃除の仕方?そんなもの、貴族たる私には必要ないではありませんか。淑女に必要な技能は、殿方の目を惹く美しさ、より優れた相手と結ばれるための花嫁修業……。私の前世であった平民は、全くそれらをしてこなかったようなのです。当然の結末ですわね。


 ……あら?


 ……なにか聞こえたような気がいたしますが、気のせいでしょう。


 さて、思わぬことに時間を取られてしまいましたが、前世のことなどはどうでも良いのです。今の私には些細な問題に過ぎないのですから。


 二週間後に王宮で行われるパーティーには、今年デビューする子供を連れた国中の貴族が集まります。

 領地を持たない下級貴族の子共達から順に入場し、今年の最後は恐らく公爵家のご息女になるであろうと噂されているそうです。

 私は社交の先生によると、今回デビューする子共達の中で4番目に重要な領地を持った貴族だそうですから、最後から4番目に広間に入ります。

 その場には国王陛下並びに王太子殿下がいらっしゃり、貴族と認められた子共達は直接祝福と戒めの言葉を賜るそうです。


 とても光栄なことですわ。

 私、今から胸が弾んで仕方ありませんの!


「お嬢様」


 あら?珍しいことに、お父様の執事が私の元に来たようです。すぐに部屋に通します。


「なんですの?」

「旦那様より、王都でのお嬢様のお世話を申しつけられております。本日よりこのナカダ、専属執事としてお嬢様のお側に仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「は……?」

「本日よりこのナカダ、専属執事としてお嬢様のお側に仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 ……は?

 お父様の執事が、私に?長年お父様を支え続けて来たナカダが、長女と長男の間に産まれた微妙な位置付けの私に仕えるというの?なにかお父様の機嫌を損ねるようなことを仕出かしたのかしら?


「旦那様はお嬢様の社交界デビューの成功を心より願っておいでです。つきましては、早速両陛下にお披露目する芸魔術式の指導を」

「ま、まちなさい!」

「はい、お嬢様」


 なにか恐ろしい言葉が聞こえてきた気がするのだけれども、とにかく最初の疑問を解決させましょう。


「まず、なぜ、ナカダが私に仕えることになったのかしら?」

「旦那様のご命令です」

「……なにか、失敗でもしたの?」

「いいえ。これは我が家にとって最良の選択であると旦那様はおっしゃっておりました」

「そ、そう」

「宜しいですか?それでは、芸魔術式の指導についてご説明させて頂きます」

「……ええ」


 聞き間違いではなかったのね。


「お嬢様は二週間後に王宮に参上なさいますが、その際上級貴族のご令嬢として相応しい魔力を示すよう命じられます」


 ――聞いていないわ!


 私は心臓を掴まれたような心地がいたしました。


「そんな話は……!」

「今日この日まで秘匿するよう、命じられておりましたゆえ」

「どうするの⁉︎私芸魔術式なんて1度も試みたことがありませんのよ⁉︎」


 私は見苦しくも取り乱してしまいます。

 そんな私に対してナカダは淡々と説明を続けました。


「ご安心ください。お嬢様は上級貴族に相応しい魔力をお持ちです。一度コツを掴めば、優れた芸魔術を――……」


 ナカダの声が遠くに聞こえます。

 確かに、芸魔術と呼ばれるものは、攻撃魔術や創造魔術に比べて格段に魔力の消費量が少ないと聞きます。

 しかし、たった二週間で王宮で披露するに十分な魔術式を操れるようになるのでしょうか?


「それでは、早速魔術の基礎からお話しいたしますね」

「まさか、今からですの?」

「はい、今からでございます。旦那様のご命令です」


 お父様のご命令と言われてしまっては、私に逆らう術はありません。


「わ、分かりましたわ」


 私が頷くのを見ると、ナカダは早速講義を始めました。


「まず、魔術には大きく分けて創造系と干渉系がございますね。それぞれが数種類の魔術に分類され、さらにその持続時間によって最高・高・中・低級と呼ばれます」


 私はいつの間にか手元に用意されていたノートにそれを書き写します。なんとなく、そうするのが正解のような気がしたからです。


「そして、干渉系芸魔術というものは、実在する光や空気に干渉する式を作り、対象にそれを知覚させるものです」


 それは習っていますわ。


「これに対して干渉系幻魔術は、対象に直接干渉するとても危険なものなのです。これはご理解頂けておりますか?」

「はい……い、いえ……違いが分かりません。幻魔術はどうして危険なのですか?」

「それは、幻魔術と一括りにされているものの中には、悪魔術と同じ原理を用いた魔術式を使うものもあるからです。これはほとんど知られていないことですが、知識が不十分なままその幻魔術を使うと、悪魔に使用者共々魂が喰われたり、魂に巣食われてしまう可能性があります」

「なんですって……⁉︎」

「これがあまり広まって居ないのは、適正があっても使用が困難である幻魔術に手を出す者が少数であること、そもそも使用者・被害者が魂を喰われてしまってその記録自体が残っていないからです」

「わ、わたし、初めて知りましたわ」


 今まで伯爵令嬢として教育を受けてきましたが、“幻魔術は使い手の稀有な高等魔術である”という程度の認識しかございませんでした。


「多くの人々は、幻魔術を芸魔術の上位互換であると思い込んでいます。しかしながら、それは大きな間違いなのです。最高級の芸魔術が世界を救った伝説もいくつも残っております。ノラの箱笛の伝説も芸魔術が礎となったものです。素晴らしい魔術なのですよ、芸魔術は。このナカダ、若い時分には夢中になって芸魔術に打ち込んだものです。ですから私、お嬢様のお披露目に相応しい芸魔術を二週間で完璧にご指導いたします」


 いつも穏やかな微笑を浮かべて静かにお父様の後ろに立っていたナカダが、目に燃え上がるようなナニカを宿して私の目の前で熱弁を振るっています。


 ……このナカダ、本物かしら?


「本物でございます」


 聞かれてるっ⁉︎


「ご安心ください、お嬢様。執事として主人の思考や気分を察することは必須ではございますが、心の声を直接聞くことはできません」


 ……。


「それではお嬢様、私が芸魔術をいくつかご覧に入れますので、どの術が一番お気に召したかお教えください」

「ええ、分かりましたわ」


「壱の花」


 目の前に、花が咲き乱れました。仄かに花の香りが漂い、小鳥のさえずりが聞こえてきます。

 美しい。私、もうこれをお披露目したいと思いました。


「弍の鳥」


 花弁が舞い散り溶けるように消えていったかと思うと、二羽の美しい鳥が生み出され、宙を優雅に舞い始めます。翼からはキラキラとした粒子が流れ落ち、いつまでも目で追いかけてしまいたくなります。

 ……私、これもお披露目したいですわ。


「参の風」


 そして、力強い風が吹き渡ります。鳥たちはその風に乗るように遠くへ飛び立ち、一声大きく鳴くとやがて見えなくなりました。……いえ、ここは館の自室です。鳥が吸い込まれていった空が存在するはずがありません。

 ですが、空が広がっていたのです。

 私はしばしの間自室にいることを忘れて、心地よい風に身を任せました。


「肆の月」


 ナカダの声ではっと我に帰ります。

 辺りが夕焼け色に染まったかと思うと、紺色の空と共に月が昇りました。

 魔性の月と呼ばれてもおかしくないような、目を離せない巨大な月です。

 サァッと、生暖かい風が頬を撫でました。

 視界一杯を、数え切れないほどの薄桃色の花びらが妖精の形をとって飛び回っています。

 ……なんですの、これは。

 これはなんなんですの……。


「終、粉雪」


 ハラハラと、上空から白いものが落ちて来ました。いえ、正しくは天井からなのですが。……これは、雪、ですの?

 思わず手を伸ばして手のひらに受け止めてみました。雪はサラリと溶けて消えてゆきます。

 そしていつの間にか豪雪となった雪は私の視界全てを覆い尽くし、それが静まると、私は自室に立ち尽くしている自分に気がつきました。


 別世界で旅をしてきたかのような心地です。


「お嬢様」


 ナカダの呼びかけにもしばらく気付きませんでした。


「お嬢様、どの術がお気に召しましたか?」

「……全部ですわ」

「では、どの術が一番お気に召しましたか?」

「全部ですわ!」

「……お嬢様。二週間後のお披露目に十分な質を確立させるためには、どれか一つに絞った方が良いのです」

「二週間もあるのよ⁉︎ナカダ、あなた手を抜くつもりなの⁉︎」

「いえ……しかし」

「ダンスは覚えたわ!礼儀作法だって、もう完璧だってお許しが出たの!私、芸魔術に二週間全てを費やすわ!だからお願いよ、全部教えて頂戴?」


 生まれて初めて本当の涙で瞳を潤ませて、必死にねだりました。

 数分後、教えてくれなきゃお披露目に行かない、無理やり連れて行こうとしたらお父様の残りわずかな髪を全部抜いてやる!と叫ぶと、ナカダはようやく折れました。

 私、勝ちましたわ。

 お父様におねだりして装飾品を購入していただいた時よりもよほど、今の方が嬉しいです。

 本気で欲したものを手に入れる瞬間、最高ですわね!



   ◇◇◇



 結論から言うと、大成功でした。

 上級貴族としては。


 私は同い年の王子と婚約を交わし、5年後に王族に加わることになりました。


 ……話が飛躍しすぎでしょう?

 何故、何故ですの……?

 パーティーに行けば存在の秘匿されていた第3王子がいるし、その王子には初めから何故か睨まれ続けるし、魔力を示せと言われてあの芸魔術を披露すれば陛下直々に婚約をお願いされるし……。


「ナカダ。貴方、存在自体隠されていた王子が突然命令したことだったのに、どうして私が魔力を示すよう求められることを知っていたの?」


「執事ですから」


「それじゃあ説明になってないわよ!正直に話しなさい!」

「お嬢様、どうかご勘弁を」

「許さないわ!正直に話さないと、その髪全て引き抜いて禿げ執事と呼んでやるわよ!」

「では、正直にお話しさせていただきます。突拍子も無いお話となってしまいますが、私は二週間前、お嬢様の未来を見たのです。その未来において、お嬢様はお披露目にて幻魔術を使用してしまい、殿下の魂に悪魔が巣食ってしまいます。お嬢様はその責任を取る形で殿下と婚約の儀を結び、幻魔術師として王族に加わります。しかし数年後、王立学園に特別制度で入学した平民の少女が殿下の心から悪魔を払い、殿下と相思相愛の仲になるのです。愛を奪われたとお嘆きになったお嬢様は、復讐のため悪魔と契約を結び、王国の崩壊を招きます。その危機を救ったのは、件の平民の少女でございました。彼女は神に愛されし聖女だったのです。お嬢様とご学友たちはお家お取り潰しや処刑などの厳しい処分を受けます。そして聖女と殿下は正式に王の名の下で結ばれるのです。いえ、他の方と結ばれる未来も見えたのですが、大まかな流れは全て同じでしたので、割愛させていただきます。さて、私は考えました。どうすればお嬢様をお救いできるのかと。たどり着いた答えが、お嬢様に芸魔術の指導をすることだったのです」


「……確かに突拍子も無いわね……?」


 その時ふと、僅かな引っ掛かりを感じました。

 なにか、なにかを忘れているような……。


「はっ⁉︎」


 二週間前といえば、私が使えない前世を思い出したときではありませんか!

芸魔術の練習ですっかり忘れていましたけれど、そういえばそんなことがありました!


「ナカダ、もしかしてその未来、やたらと目の大きい絵と日本語という文字で表されていなかったかしら?」


 ナカダが私の前で初めて動揺を見せました。


「はい、お嬢様!その通りにございます。日本語は、異世界から来たという逸話の残っている私の先祖が使用していた言語なのです」

「……では、どういうこと?私の前世の記憶が……」

「お嬢様?お嬢様も何かご覧になったのですか?」

「え、ええ。私が見たのは異世界で暮らす庶民の記憶の一部よ。貴方が言っていた“未来”を、物語として楽しんでいたのよ。でもその時はあまり気に留めなくって、すっかり忘れていたの」

「なんと……。お嬢様、このナカダ、恥ずかしながら至急の用事を思い出しました。暫しお側を離れさせていただきます」


 そういうとナカダは一礼し、早足で去っていきました。

 取り残された私は伯爵令嬢にあるまじきポカーンとした表情で――あら?もう戻って来たわ。


「お嬢様、私ナカダはただいまをもってして正式にお嬢様の専属執事となりました」


 どういうことですの⁉︎


「ただいまって……あなた今、ほんの数秒で何をしてきたというのよ」

「専属執事としてその御質問に正確に返答させていただきますと、私共ナカダ家の人間には、稀に<同時存在>という固有スキルを発現する者が御座います。私はそのスキルを幼少の時発現したため、幼き頃から旦那様にお仕えし、数々の弱味を握っ、ごほん。お助けしてまいりました。さて、この度お嬢様の危機を知った私は旦那様に相談しお嬢様のお披露目のための指導を任されるよう誘導、いえ、指導を命じられまして、その時もしも複雑な事情でその後にも指導の必要性が長引きそうならばお嬢様の専属執事となる旨を了承させ、いえ、快く了承していただいたのです。そして先ほど退室した折、同時存在を旦那様の元に向かわせ有無を言わせず許可を得て参りました」

「あなた結構黒いわね⁉︎取り繕うなら最後まで頑張りなさいよ!」

「旦那様が甘いのです」


 そんなわけで。

 陛下に婚約をお願いされてしまった私は、身分が高いだけの何の旨味もない単なる伯爵令嬢から、今をときめく第3王子の婚約者へとクラスチェンジしてしまったのです。


 私はナカダに褒められ脅され励まされ弱味を握られながら、数々の修羅場をくぐり抜けて行くのでした……。

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