新米冒険者・ソラ!
「それではひとまず、ソラ様の冒険者登録をしないといけませんねー」
ソラが決意を固めた直後、報告を終えたミミが戻ってきた。
手には革袋が握られており、オーク狩猟の報酬だろう。ミミは革袋をローラに渡すと、ソラに向き直る。
「受付の方に話しておいたので、すぐに登録出来ると思いますよー」
「ありがとうございますっ」
卒業証書を握りしめて受付へと駆ける。受付の少女はちょうど別の仕事で後ろを向いており、朱色の髪の頭が揺れている。
「登録をお願いします!」
「はーい。お待たせしまし――」
「ユーナちゃん!?」
「あらソラ。遅かったじゃない」
振り向いた少女はまごう事なきユーナ・マゼラン。胸に「研修」のプレートを付けているものの、慣れた動作でソラから卒業証書を受け取った。
「新規の登録でよろしいですね?」
「あ、はい。じゃなくてじゃなくて!」
「どうかしましたか?」
「なんでユーナちゃんがここにいるの!?」
「なんで、って。ここに就職したからよ」
ソラの疑問はもっともだ。だが冒険者ギルドの受付こそ、ユーナの昔からの夢を叶え、新たに抱いたソラ――冒険者を見守ることが出来る職業なのだ。
国営――国が運営している冒険者ギルドの職員は、優秀な人材が求められる。
ユーナは魔法学院で上位の成績で卒業している。それは非常に有利に働いた。
それに加えて、ユーナの親戚にはこの『秋風の車輪』で働いている女性がいるのだ。
長年受付を任されてきた女性からの推薦もあれば、ユーナが冒険者ギルドに就職する敷居も下がる。
己の実力と、身内による推薦。二つの武器でユーナは見事に冒険者ギルドに就職することが出来たのだ。
「というわけで。これからソラがここで受付する時はなるべく私が見るから」
「嬉しいんだけどボクとしては複雑なんだけど!」
「まあほらね? コハク先生とかアイナさんにも頼まれちゃったし」
「……わぅー!」
大事な家族の名前を出されてはソラも黙るしかない。ユーナと再会したことも、これからも関われることも嬉しい。
だが自分が冒険者となり、ユーナが受付として見守るというのは、ソラにとってどことなく恥ずかしいようだ。
「はい。ここに名前と卒業証書に載ってる数字を書いて。すぐに登録しちゃうから」
「……はい」
テキパキと処理を終わらせていくユーナはとても就職して日が浅い受付とは思えないものだ。
ソラが徒歩で一週間を掛けている間に、ユーナは馬車を急がせて三日でスタードットに着いた。実家への挨拶もそこそこにし、すぐに冒険者ギルドの面接を受け、採用された。
わずか一日の出来事である。そしてすぐさま実戦投入され、一人前とは呼べないが、ある程度の応答は出来るようになっている。
ユーナに言われるがままに書類に自分の名前を書いていく。
受け取った書類を受け付け奥にある箱にしまい、五分ほど待たされる。ピンポーン、と高い音と共に箱が開かれると、その中には銅色のカードが収められていた。
「はい。これでソラもDランクの冒険者よ」
「ありがとうございますっ!」
銅色のカードは、ソラが冒険者であることを証明するカードだ。
冒険者のランクに応じて三種類に色分けされている冒険者カードは、ギルドカードとも呼ばれている。
E、D、Cランクは銅。
B、Aランクは銀。
そして、Sランクのカードは金色で作られる。
アキトが持っていたカードは、当然金色だ。見慣れていたカードと違い、少しくすんだ銅色のカードを見てソラはついつい苦笑してしまう。
「……うん。これからだね。頑張らないと」
冒険者としてのランクがあがれば、自然と受けるクエストも、行ける国も増えていく。
Dランクのソラではまだ隣のレイティア共和国くらいにしか行けない。
「ユーナちゃん。聖堂教国に行くにはどのくらいのランクになればいいの?」
「聖堂教国? あそこは確か、国外の冒険者はBランク以上しか受け付けないわね」
「B……うぅ。遠い……」
「すぐにCランクへの昇格試験は受けるんでしょ? ……あーでも、Bランクへの条件がちょっと厳しいか」
「わぅ……」
各ランクに昇格していくには、それぞれの昇格試験を受けなければならない。
Aランクまでは基本的にギルド側が用意した冒険者との一騎打ちによる実力測定なのだが、問題は昇格試験を受けるための条件なのだ。
昇格試験は、そのランクでのクエストを五十回以上成功させなければならない。
採取でもいい。討伐でもいい。どちらかだけで数をこなしても構わない。
だが一般的にクエストは一日に受け、クリアしても五回にも満たない。
万が一、一日に五件をクリアしても十日は掛かる。
焦らなければ問題ないことだろう。時間はある。あるが。
それが、焦らない理由にはならない。
だってソラは、一日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも早くアキトに会いたいから。
その手がかりが聖堂教国にあるかもしれない、と目の前にぶら下がっているのだ。
「――話は聞かせて貰ったよ!」
「ローラさん?」
「ど、どうかしたんですか?」
うな垂れるソラに声を掛けたのは、席でソラとユーナを見守っていたローラだ。
「ソラ様。実はCランク以下でも教国に入れる方法があるんですよー」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。それは――」
ミミの言葉を、ローラが繋げる。
「クランとして入国するのであれば、構成員のランクは問われないのさ!」
「ミミが助けて貰ったお礼もありますのでー。ご協力させてくださいー」
ガシ、とソラの肩を掴むローラ。
聖堂教国に行ける、という希望がソラの表情を明るくさせる。
父の手がかりを探しに行ける。ローラの申し出は、ソラにとって非常にありがたいものだった。
――だが、ソラには問題があった。
それはCランクになることではなく、もっと目の前の問題だ。
それを解決しないことには、ソラはローラの提案に頷くことなど出来やしない。
ソラは首を傾げながら、ローラに訪ねた。
「……くらん、ってなんですか?」
「「「そこからかー!」」」
思わずローラもミミもユーナも転んでしまう言葉であった。




