冒険者の街・スタードット
草原での出会いを経てからさらに二日を掛けて、ソラとミミはスタードットの街に到着した。
人々の喧噪が街の外からでも聞こえてくるほどで、スタードットはかなりの人で賑わっているようだ。
「わぅ。ここは変わらないですねー」
「ソラ様は以前もこの街にー?」
「えぇ。六歳くらいまでお父さんやお母さんとここに住んでたんですよ」
「まぁ。ではお父様が冒険者だったのですかー?」
「はいっ。ボクの憧れです」
目を閉じたソラは昔を思い出す。
アキトに拾われ、拠点としてスタードットの街に住むようになったこと。
食堂で働くアイナや教会で子供の世話をしていたコハクとの出会い。
この街にはアキトとの思い出が沢山残っている。見慣れた街並がよりいっそうアキトのいない現実を思い出させてくる。
「……っさ、『秋風の車輪』に向かいましょう。ミミさんが言う船長って方もいるんですよね?」
「ええー。あと数日はこの街に滞在する予定ですのでー」
草原でミミ「船長であればなにか知っているかもしれない」という言葉を信じれば、なにかアキトへの手がかりを掴めるかもしれない。
ソラの目的の第一はアキトだ。アキトを見つけることこそ、ソラの冒険のゴールなのだ。
ミミは出会った時に「自分は人間じゃない」とも語っていたが、ソラは敢えてそれ以上を聞かなかった。にこにこと笑顔を浮かべるミミにはどうにも深い質問をしにくい。
アキトの手がかりとミミの正体。二つのことが両方ともわかるかもしれない。
期待に胸を膨らませて、ソラはスタードットの街並を歩く。
昔と何一つ変わらない街並は懐かしいものだ。かつてはまだ小さかったシロと共に毎日スタードットの街を散歩していたが、あの頃よりも少しだけ狭く感じるのは、ソラが大きくなったからだろう。
街の入り口から十分ほど進めば一際大きな建物が見えてくる。車輪に剣と盾、そして骨付き肉を並べた看板が特徴的な『秋風の車輪』だ。
二階建ての建物は一階部分の半分が冒険者ギルド、もう半分が食堂として経営されており、二階の宿屋は三食食事付きで1000ゴールドと、この世界では破格の値段で寝泊まりすることが出来る。
この世界の通貨の価値は、ソラの前世――地球での物価に近い。
甘味を加えた果実のジュースが100ゴールドするかしないか、地球より若干低いくらいだろうか。
難しい相場は把握していないが、ソラが知る限り――冒険者という職業について毎日しっかりクエストをこなしていれば、満足に生活するだけの稼ぎはある、ということだ。
「失礼します!」
「ただいま戻りましたー」
快活な声と間延びした声が『秋風の車輪』冒険者ギルドに広がる。
訪れていた冒険者たちの視線が一斉に入り口のソラとミミに向けられるも、ソラを知らない冒険者たちはすぐに自分の用事に戻っていく。
そんな中ミミに向けて手を振る女性がいた。ショートボブの緑色の髪と、燃えるような真っ赤で鋭い目つきの女性だ。
ミミと共に女性のもとへ近寄るソラ。女性は笑顔でミミを迎えた後、いぶかしげな目でソラを見つめた。
「ミミ、お帰り」
「ただいま戻りましたー。ローラ様」
「で、その子は?」
「草原でミミを助けてくれた、ソラ様ですー」
「ソラ・アカツキです。はじめましてっ」
「ああ。初めまして。アタシはローラ・アルクォーツ。『アルクォーツ』って個人ギルド――《クラン》のリーダーだよ」
差し出された手に握手で応じる。
少しゴツゴツしつつも柔らかい手は、戦いを続けてきた冒険者の特徴だ。
ずっと自分を撫でてくれていた父の手がこんな感じだったのをソラは覚えている。懐かしくて、ついつい必要以上に握手を続けてしまう。
クスクス微笑みながらローラが手を離す。促されるままソラはローラと対面するように着席し、ミミは報告してくるとギルドの受付へ向かっていった。
「ソラちゃん、だったかい。冒険者なのかい?」
「これからなります!」
「ほう? ……そいつは魔法学院の卒業証明書じゃないか」
ソラの広げた卒業証明書に目を通したローラがマグカップを傾ける。長い時間を待っているおかげですっかり温くなってしまったコーヒーを呷りながら、両目を細めてソラを品定めする。
「Dランクから始まるとして、すぐにCランクに?」
「はいっ。目標はSランクですから!」
「おお。大きくでたねえ」
ローラの微笑みは嘲笑のものではない。冒険者とは夢に憧れる者だ。誰だって少なからず目標を掲げている。
その中でも、Sランク、つまり最高ランクを目標にしている冒険者は少ない。
条件の厳しさにSランクへの夢を閉ざす者が多いのだ。
「アタシはAランクだが、まだSランク試験への許可は貰ってないしねぇ」
一般的にはBランクであれば冒険者として一人前だ。
Aランクであれば、それはもう一流の証だ。どこのギルドでクエストを依頼しても好きなものが選べるだろう。
「で、Sランクになって何がしたいんだい?」
ニヤニヤするローラに、ソラはすっかり目的を見抜かれてしまっていたようだ。
自分が知りたいことも含めて、ソラは言葉を考える。
「ボクは、お父さんを探しています?」
「人捜しかい? それならそういう仕事してる奴だって――いや、待てよ? ソラちゃん。確か……アカツキ、って言ってたよね?」
「はい。ソラ・アカツキ。お父さんから貰ったソラと、お父さんの娘であるアカツキ。ボクにとってかけがえのない宝物です」
「……そのお父さんってのは、Sランク冒険者――アキト・アカツキのことかい?」
その名前が出た瞬間、『秋風の車輪』の空気が変わった。
先ほどまでソラから興味を失っていた冒険者たちの視線が一斉に二人のテーブルに向けられる。
視線が集中しているのはわかっているけど、ソラは気にも止めない。
自分が注目されることなど、ソラにとってはどうでもいいのだ。
「はい。ボクのお父さんは、アキト・アカツキ――かつて古龍を撃退した、英雄です」
「……はぁー。あいつ、こんな小さな娘がいたのか……」
ため息を共にローラは顔に手を当てて俯いた。まるで何かを後悔するように。
ソラはローラのその動作で、ローラはアキトを知っている――関わっていることに気付いた。
「お父さんを知っているんですか!? お父さんは、どこ――」
「十年ほど前にね。やたら思い詰めた表情のアイツに出会ったのは」
食いつくソラの言葉を遮るように、ローラは過去を思い出して語り出す。
それはソラの知らないアキトの旅の一部分であり、探し続けてきたアキトへの手がかり。
「アイツは最西端の国――『聖堂教国』に行ったよ。呪いを解く、とか言ってったっけ」
それは、この大陸の一番西に構えている国。
神が降り立つ地、とも噂されている国だ。
なるほど確かに、『呪い』を解くのであればうってつけの目的地だ。
「十年前……」
「まあ、帰ってないってことはもう教国にはいないだろうねえ」
「……でも、そこにお父さんが行ったのなら。そこにまだ、手がかりが残っているかもしれません」
ソラの瞳に決意が宿る。冒険者になって最初に行くべき国を決め、ソラは立ち上がる。
「ボク、聖堂教国に行きます」
――父を、求めて。




