草原の出会い
今のソラは自己強化・六式による身体強化によって常人より遙かに速い。
だがそれでもオークが振り上げた斧の方が僅かに速いと、ソラは判断した。
――だから。
「『付与魔法』・サンダー!」
『アーク』から咄嗟に引き抜いたエクスカリバーに、魔法を上乗せする。
アキトの自己強化から思いついた、自分が使う道具に魔法を乗せる魔法。イメージを変えることにより、魔法の種類をも判別させる。
エクスカリバーの刀身に紫電が走る。
急ブレーキを踏んだソラは、余りある勢いのままに紫電を纏ったエクスカリバーを振り下ろす!
「魔法剣・サンダーカリバー!」
「ブモッ!?」
紫電が疾走し、斧を振り上げたオークを焼く。プスプスと全身が焦げたオークは力を失って後ろに倒れる。
一瞬の出来事に何が起こったか戸惑うオークに向けて、ソラは一気に距離を詰める。
「失礼します! 突然ですが気絶してください!」
左手にサンダーの魔法を集中させ、一匹のオークの腹部を殴りつける。全身に流れるサンダーの魔法がオークの意識を一瞬にして奪い、さらに一匹を気絶させる。
ソラの登場にオークたちは慌てつつもソラを囲んだ。
木を削っただけの槍を構え、一斉に襲いかかる。
「『付与魔法』・フレイム! フレイムカリバー!」
迫り来る槍を灼熱を纏ったエクスカリバーが薙ぎ祓う。灼熱の剣に怯んだオークは、ソラの間合いから逃れようと数歩後退していく。
「さ、今のうちにボクの後ろに!」
「あらー。ありがとうございますー」
襲われていたのは、茶髪碧眼の少女だった。間延びした声が印象的な、黒を基調としたメイド服を着ている。頭に付けられたレース付きのカチューシャはひらひらと風に揺らされており、少女の間延びした雰囲気によく似合っている。
少女を背中に隠したソラは改めてオークたちに向き合う。
三匹のオークたちは警戒しつつも諦めてはいないようで、武器を構えつつ再度距離を詰めようとソラたちを囲む。
「うーん。火を見せれば逃げると思ったんですけど」
「オークはそれなりに知恵が利きますから、火はあまり怖がらないんですよー」
「え、そうなんですか?」
「はいー。だからですねー」
「えっ」
ヒュン、となにかがソラの頬をかすめていった。続けて低い鳴き声と共に、オークが倒れた。
「こうした方が、早いんですよねー」
少女が手を翻すと、いつの間にかその手にはダガーが握られていた。ほんわりとした笑顔を浮かべる少女は目にもとまらぬ速さでダガーを投擲し、オークの額を貫いたのだ。
残された二匹のオークに向けて少女が微笑む。けれどもその微笑みはとてもじゃないが笑顔ではない。
ニコニコと絶えない笑みだが、オークにはそれが酷く不気味に感じられたのか、二匹は一目散に背を向けて逃げていく。
「あはー。最初のオークが全然隙がなくて困ってたんですよねー」
「は、はぁ」
「ありがとうございますー。これでご主人様の依頼を完遂することができますー」
「依頼、ですか?」
「はいー」
ゴソゴソとメイド服の少女がポケットを漁り、くしゃくしゃになった紙を手渡す。
~草原に巣くうオークの狩猟~
ランク:D
募集人数:一名~
依頼人:冒険者ギルド『秋風の車輪』
報酬:5000ゴールド
『スタードット周辺の草原にオークの集団が現れて略奪を繰り返しています。
このままでは行商人の被害が後を絶ちません。早急にオークを狩猟し、草原を安全な状態に戻してください』
その紙にソラは見覚えがあった。魔法学院に通うようになってからは縁が遠かったが、確かにそれは小さい頃によく見た、ギルドから受けたクエストだ。
父がよく眺めていたクエストの依頼書と、なにも変わっていない。
「クエスト、ですか」
「そうですよー。ご主人様と一緒に受けていたのですが、ご主人様が怪我をしたのでミミだけでこなしたんですー」
「そうなんですか……」
会話から察するに、少女は冒険者なのだろう。それも最低でもDランク――いや、一瞬でオークを仕留めた腕前から察するに、Cは越えているだろう。
「あ、でも逃げたオークは」
「大丈夫ですー。たった二匹じゃオークは人と襲いませんのでー」
「ほぇー。そうなんですか」
「はいー。オークは賢いですから、三、四匹以上じゃないと狩りをしないんですよ~」
少女は魔物の知識も蓄えているのだろう。逃げ出したオークを見逃したのも、その修正をよく理解しているからなのだろう。
ぽんぽんとスカートの土埃を払うと、裾を抓んで少女が頭を下げる。
「ありがとうございますー。ワタクシ、ミミ、と申します」
「ソラ。ソラ・アカツキです」
「アカツキ? はてー。どこかで聞いたことがー……」
「お父さんを知っていますか!?」
「お父さんー?」
「あ、ご、ごめんなさい」
アカツキ、という名前に聞き覚えがあるというミミに思わず食いついてしまう。
アキトを探すための手がかりの一つとして、アカツキという名前は非常に重要なのだ。
この王国が存在する大陸に住まう人たちの中で、アカツキと名乗る人間は極めて少ない。
アカツキという名は海の向こうの大陸で使われる名前で、こちら側ではまず見かけない名前なのだ。
「ふむー。訳ありのようですねー?」
「……はい。ボクの大事な、探してる人です」
「ふむー」
ミミは品定めするような目つきでソラを舐めるように見つめる。じっくりと見つめられて恥ずかしいソラは頬を染めて身体を抱く。
ぽん、とミミが手を叩いて提案をする。
「船長なら、知ってるかもしれませんー。申し訳ありませんが、お礼もしたいので、一緒にスタードットの街に同行してもらえますかー?」
「あ、はい。スタードットならボクも目的地なので、構いませんが」
「ありがとうございますー」
ニコニコと笑うミミはどこか人間らしさを感じさせない。冷たい笑顔だ。
笑顔なのに、笑顔じゃない。さきほどオークに向けたものとは違う感覚を味わいながら、ソラはミミの後をついていく。
ミミに怪しさは感じないし、危険性も感じない。けれども人間ではないような異質さを、ソラはミミに感じている。
それでも父に、アキトになにか繋がるかもしれないという期待に胸を膨らませて、ソラはミミと共にスタードットを目指して歩を進める。
「あ、ちなみにミミは人間じゃないんですよー」
「わぅ!?」
心を見透かされたようで、思わず鳴いてしまうソラであった。




