明日を夢見て
「お布団ぼーん!」
「ソラの部屋、広いわねえ」
「えへへ。たくさん本を置けるようにって書斎も兼ねてくれたんだー」
夕食を終えたソラは寝るためにユーナを連れて自室に向かった。アイナに用意しておいて貰った布団を敷き、自分のベッドからもシーツと掛け布団を引きずり下ろし、ユーナの布団と並べる。
「え、ベッドで寝ないの?」
「えへへ!」
ユーナの疑問にソラは笑顔で答える。アイナも言っていたが、ソラがこの家に、いや、友達を家族に紹介するのは初めてなのだ。
それに――ユーナは年上であれど、ソラにとって初めてとも言える友達なのだ。
そんな友人が泊まりに来ているのだ。嬉しくないわけがない。
「とーう!」
「きゃっ」
ぼふん、と布団にダイブする。小さな悲鳴をあげてユーナはソラを受け止める。
「ねえユーナちゃん、恋バナしようよ恋バナ! ボクはお父さんが大好きです!」
「……ああ、うん、はいそうですね」
寮で暮らしていた時も、ソラは毎日のように寝る前にユーナにアキトについて熱弁を振るっていた。出会った時のことも、Sランク冒険者としてどのような活躍をしたことも。
古龍との戦いやアイナとの馴れ初めまで、ソラが覚えている範囲のことをほぼ全て語ったのだ。
「ユーナちゃんは?」
「え、私?」
「うん!」
ソラは目をキラキラと輝かせている。普段はソラが語る一方だったため、ソラはあまりユーナのことを知らなかったのだ。
二年という長くもあり短くもある共同生活の中でユーナの人となりは理解出来ても、ユーナ自身のことについては何も教えてもらっていないのだ。
だからソラはユーナに興味津々だ。
「好きな人は……いないかな」
「なんで!」
「なんでと言われても……そんな暇はなかったし」
ぽつりぽつりとユーナは自らの生い立ちを語り出す。
貴族でもなければそれほど身分も高くない生まれのユーナは、優しい両親に囲まれて幸せに暮らしていた。
だがそれでも裕福なわけではなく、いつも必死に働く両親を見てどう親孝行をすれば喜んで貰えるのかずっと考えていた。
その答えが、魔法学院に通い、優秀な成績を収めて卒業すること。
優秀者であれば就職にも有利に働くし、一般市民では就きにくい職にも就くことが出来る。
ユーナがこれから就こうとしている職業もまた、そのような特別なものなのだ。
なにしろ国家資格が必要な仕事なのだ。仕事場も国営であり、給与面でもかなりの好待遇が見込めるだろう。
資格については、問題ない。すでに在籍中に試験をクリアしたらしく、あとはその仕事場での面接に受かるかどうか。
どうやらユーナには自信もあるし、伝手もあるようで、その言葉にソラも一安心した。
「ユーナちゃんは仕事に恋するってことだね!」
「あれ。どうしてそうなったの?」
ユーナとしてはもちろん恋愛に興味がないわけではない。
今は余裕がないだけで、いつかは素敵な人に出会って結婚し、子供も欲しいと考えているくらいだ。
けれどソラの耳には届いてないのか、満足したソラは布団に潜る。
「相変わらずソラはマイペースよねえ」
「わぅ?」
「いいえ。それがソラの魅力だしね」
ユーナの言葉に首を傾げつつ、ソラは枕に顔を埋めた。ユーナも並ぶように布団に潜り、見慣れない天井を見上げる。
布団の中で伸ばした手が、ソラの手とぶつかった。
ユーナはそっとその手を握り、ソラもぎゅぅ、と握り返す。
「ねえ、ソラ」
「どうしたの?」
二人で天井を見上げながら、ユーナが呟く。
「ソラは、どうやってお父さんを見つけるの?」
「……んー。手当たり次第?」
「何よそれ。こんな広い世界でどうやって――」
「あはは。そうなんだけどね。……そうだね。まずはSランクを目指そうと思ってるの」
「……Sランク」
冒険者として活動するには、冒険者ギルドに登録しなければならない。それは冒険者の身分を保障してくれるためでもあり、同時にさまざまなクエストに国が仲介するということでもある。
受けられる任務にはもちろん様々な難易度があり、冒険者は自らの実力に近いクエストしか受けることが出来ない。
そのために設けられたのが、ランク制度。
EからD→C→B→A→Sへと昇格していく制度であり、ランクが上がれば難易度も上がる。だがその分報酬も高額になっていく。
一般的にはBランクになれば冒険者として一人前、と言われている。
初めてギルドに登録するのであればEランクから始まるのだが――。
「あ、そっか。だからソラも成績優秀者の証明が欲しかったんだね」
「うん。魔法学院での成績優秀者なら、Dランク。それもCランクへの昇格試験をすぐに受けられる立場で登録できるから」
特例として、魔法学院や傭兵学校といった特殊な場所で教育を受け、優秀な成績を収めた者はDランクからのスタートを許される。
ソラはそれを狙って魔法学院で最優秀成績を収めたのだ。全ては冒険者として活動するために、最短で昇格するために。
「準備が終わったらすぐにスタードットの街で登録して、昇格試験も受けようと思ってるの」
「大丈夫なの?」
「うん。お父さんを見つけるまで、ボクは止まらないよっ」
「そうだね。ソラはずっとそうだもんね」
まるで元気をわけて貰ったかのように、ユーナはソラの手を強く握った。
強く握りしめ、離れないように指と指を絡める。ずっと友達だよ、と意思を伝えるために。
ユーナの思いが伝わったのだろう。ソラははにかみ、ユーナも応えるように微笑んだ。
次第に二人ともうとうとし始める。襲ってくる睡魔に抵抗もせず、ゆっくりと微睡みの中に意識を沈めていく。
「ソラ。私はソラの冒険を応援するわ。あなたがいつの日か、お父さんを見つけて帰ってくるのを――私はスタードットの街で待つわ」
「……うん。ボクは絶対に、お父さんを見つけて帰ってきます。お母さんやお姉ちゃん、応援してくれるユーナちゃんのためにも」
固く結んだ約束は、決して解けることがないように――二人はもう一度、強く手を握りしめた。




