卒業記念パーティー
「それでは、ソラちゃんとユーナちゃんの卒業を祝って――乾杯!」
カラン、とグラスを軽くぶつけ合ってアイナはワインを一気に飲み干す。
コハクは麦酒をちびちびと飲み進め、ソラはオレンジジュースを一気に傾けた。
「い、いいですか。私まで」
「いいのよいいのよー。ソラちゃんがいつも「ユーナちゃんが凄いんです!」って楽しそうに話してて、一回会って見たかったのよ」
「は、はぁ」
「というわけでユーナさん。アイナ姉さんの料理は絶品ですからとにかく食べた方がいいですよー」
アカツキ家では盛大な宴が広げられていた。山のように重ねられた樽にはワインと麦酒であり、さらに卓上にはオレンジジュースが詰まった瓶が十本以上並べられていた。
四人で囲むには大きすぎるテーブルに所狭しと並べられた料理に、ユーナは目を輝かせる。
子羊のソテーやステーキを初めとした肉料理。サケのムニエルやタイのカルパッチョといった魚料理。
色とりどりの野菜が散りばめられたサラダと、チーズをふんだんに使ったピザが四種類。
それに加えて焼きたてのパンまである。
故郷で暮らしていた時も、魔法学院で寮暮らしをしている時でも一度も見たことのない光景だ。
「わ、こ、このお肉美味しいです。ムニエルも、サラダも!」
「っふふ。ありがとね」
「お母さんの料理は世界一だもんね!」
「全く。はむはむ。姉さんは。むぐむぐ。お酒に合うものばかり、もぎゅもぎゅ。作るんですから。っぷはー!」
ピザを食べ、麦酒を飲み干す。おかわり。
ガーリックソースが抜群に利いたステーキを一口サイズに切り分け咀嚼し、麦酒を飲み干す。おかわり。
カルパッチョを大口を開けて頬張り、飲み込んだところでさらに麦酒を飲み干した。
「姉さん、おかわり!」
「早っ! というか飲み過ぎ!」
「まだ五杯ですー」
「乾杯から二十分も経ってないわよ?」
「んぐ、んぐ、ぷはー! ろっぱいめー!」
中ジョッキに注がれる麦酒が次の瞬間には消えている光景を目の当たりにして、思わずユーナは表情を引きつらせてしまう。
学院で過ごしている間は、コハクは誰よりも魔法に精通した講師であり、尊敬している人だったが――今までに見たことのない酒に溺れているようなコハクを見て、正直複雑である。
「もー。コハクお姉ちゃん飲み過ぎだよー」
「そうよソラちゃん。もっと言ってあげて!」
「お酒の間に水を飲むとずっと飲み続けられるってグランガ先生が言ってたよ!」
「え、学院の講師ってみんな酒乱なの!?」
コハクが魔法研究の第一人者なら、グランガは魔具作成の先駆者である。
そう噂されるほど高名な講師なのだが、どうやらコハクとは酒飲み仲間なようで、ユーナは頭を抱えることしか出来ない。
無理もない。なにしろ今まで憧れていた魔法学院の講師たちの裏側が見えてしまったのだ。
むしろソラがそんな講師たちの裏側を知っていることにもびっくりだ。未成年どころか高等部に入ったばかりのソラに何を口走っているのだろうか。
「はい水。麦酒! 水、麦酒水麦酒!」
「コハク、もう一樽終わったわよ……?」
「今日のために貯金してきたから大丈夫です!」
「羽振りが言い訳ね!!!」
もうコハクは止められないと判断したのか、アイナもちびちびとワインを飲み始めた。
料理が減ればキッチンから次の料理を運んできて、テーブルの上から料理が消えることはない。
もともと女性四人での宴会だ。そこまでの量は必要ない。
「あーでも凄いです。アイナさんのお料理、凄く美味しいです」
「ユーナちゃんも思った以上に食べてくれて嬉しいわ」
「あはは。明日の体重が怖いです……」
肉と魚と気持ちばかりの野菜のループだ。ユーナ的には明日以降が非常に気になる。……主に、お腹周りが。
アイナも次々に減っていく料理に負けじとさらに料理を追加してくる。
とはいえいきなり肉や魚を調達出来るわけではないから、自然と予備のある小麦を使ったものが多くなる。
そう、ピザが増えるのだ。飽きないようにそれこそベーコンや野菜を上手く使い分け、一枚一枚味を変えて提供する。
「あー……ねえソラ」
「わぅ?」
「こんな美味しいご飯食べて、どうしてソラはそんなに細いの? 胸が大きいわけでもな――ごめん」
「謝るだけ酷いと思うよ!? ……こ、こほん。食べた分だけ動いてるからね!」
「へ、へぇ」
ソラの言葉にユーナの背筋に悪寒が走る。
「まずここから王都の往復ダッシュを十本以上やるのが日課だったしね」
「じゅ……!?」
含んだオレンジジュースを吹き出してしまう。王都からこの家には、走っても片道二十分は掛かる。
つまり、一本こなすのに四十分だ。最低限の休憩を挟んだとして、それを十本。
それだけで八時間くらいは掛かってしまいそうなメニューにあんぐりとしてしまう。
「でもボク全然身体大きくならないんですよねー。……おっぱいも」
ふにふにとほとんどない胸を揉むソラだが、手の平はまるで虚空を掴むようだ。
胸を揉むソラから目線をずらせば、豊満な体つきのアイナが視界に入る。思わず視界に飛び込んでくるバストから咄嗟に目を逸らす。
同性のユーナから見ても凄い迫力だ。あれだけのものを胸で背負っているというのに、アイナは全然肩こりに悩んでいるようには見えなかった。
次いでコハクを見てユーナは安心して思わずため息が出た。コハクもソラと似たような体質なのか、むしろユーナ以下のバストサイズであった。
「……なんかコハク、変な目で見られてませんか?」
「き、気のせいだと思いますよ!」
すっかり頬を赤く染め酒気を帯びているコハクでも、ユーナの視線に気付かないほど酩酊はしていない。ふふふ、と口元をにやけさせながら、ユーナのグラスに自分のグラスをこつん、とぶつける。
「ソラちゃんとの二年間、ありがとうございました」
「……え?」
「あーコハク酔っちゃって変なこと言いそうですー。誰も聞かないでくださいね~」
わざとらしく麦酒を飲み干したコハクが戯けてみせる。
アイナは「はいはい」と、ソラは「シロの様子を見てきます」とすごすごとリビングから退散してしまう。
残されたのは、ユーナとコハクだけ。
「コハクは、ソラちゃんを守るために魔法学院の講師になりました。あの子の才能をできる限り隠すために。それが兄さん――アキト・アカツキに誓ったことですから」
「ソラのお父さん、ですよね」
「えぇ~。コハクの憧れの兄さんですよー。ソラちゃんの大好きなお父さんですよ~」
ユーナはソラからアキトのことを聞いている。
ソラの語るアキトの人物像は、確かに英雄と語り継がれるだけはあるとユーナに思わせるほどだ。
その話をする度に、ソラが寂しそうな表情になるのも知っている。
きっとコハクはそのことを言っているのだろう。
「ユーナさんが同室になってから、ソラちゃんは兄さんのことで泣き出すこと、減ったんですよ」
「泣いて……?」
「あ。これは忘れてください」
しまったとばかりに顔を背けるコハクだが、ユーナもそれ以上の追求は出来なかった。
考えればそうだろう。六歳のころに父と別れることがどんなに寂しいことか。
ましてやソラはユーナの目から見ても、明らかに父親という存在に拘っている。
そんな少女が父と離別してしまうことを、どうして受け止められようか。
「………」
ぐ、と拳を握るユーナに、コハクは空を見上げながら呟いた。
それはユーナに告げた訳ではない。あくまで独り言だが。
「ソラちゃんはこれから、無理をします。絶対に。ええ、絶対に。ずっと見てきましたから」
ぽつりぽつりと、寂しそうに言葉を漏らす。
麦酒をいくら飲んでも、その言葉だけは飲み込めなかった。
「姉さんもコハクも、もうソラちゃんを止められません。……だから、誰かがソラちゃんを止めてくれればいいなーって。コハクはそう思い、ま……」
「……先生?」
「……すー…」
「ね、寝てる?」
言葉の途中であったというのに、コハクは眠りこけてしまった。どうやら酔っ払っていたのは本当のようで、ソラのことを語り出したのも酔っていたからだろう。
二年間。ソラと過ごしたのは、わずか二年間だ。
それでもユーナにはソラという少女が何を背負っているか、なんとなく察してはいた。
「……しょうがないなあ」
コハクはユーナの進路を知っているからこそ、このタイミングで語ったのだろう。
コハクが見上げていた夜空を見上げ、煌めく星に手を伸ばす。
明後日にはユーナはスタードットの街を目指して出立する。
きっとソラはそれより早く冒険者として活動するだろう。
そんなソラに、少しでも関わっていくのならば――。
「はぁ。ミカおばさんに頼み込まないとなあ」
楽しそうに、ユーナは笑った。




