飛び級卒業試験!
王立魔法学院。
ここは魔法を学習し、世に役立てるために建てられた学び舎だ。
七歳から六年間の小等部に入学することが可能で、三年間毎の中等部、高等部での修学を終えて晴れて卒業となる。
冬が終わり、もうすぐ春を迎えるこの時期は卒業できるかを掛けた卒業試験のまっただ中なのだ。
「でもソラがもう卒業なんてね。正直信じられないわ」
「ふふーん。ボク、凄いでしょ!」
「……まあ、魔法学院で初めて飛び級なんてした天才少女、だしね」
「えっへへー!」
本来十六歳になったばかりのソラは、卒業どころか高等部に進学したばかりの年齢である。
だがソラは魔法学院に入学するとその頭角をメキメキと現し、特例で一年を待たずに進級を繰り返した。
その結果、二年の時間を早めわずか十六歳で卒業の資格を得たのだ。
講師たちは誰もがソラの才能を認め、ソラもまたうぬぼれることなく邁進し続けた結果である。
二つ年上であり、今日この日にソラと同じく卒業試験を控えたユーナはソラの才能を認めつつも、決して負けを認めない負けず嫌いだった。
唯一飛び級してきたソラに分け隔てなく接し、学院で過ごす間ずっとソラの友人であったユーナもまた、魔法学院では一際優秀な魔法使いだ。
「ソラ・アカツキ。入室します」
「ユーナ・マゼラン。失礼します」
二人が向かったのは、講師たちが仕事をしている職員室だ。今日の卒業試験を担当する講師を呼びに来たのだ。
「あ、ソラちゃん。ユーナさんも。おはようございます」
「おはようございます。コハクおね――先生」
「おはようございます。アカツキ先生」
「はい。コハクは元気におはようですよー」
紺色の髪をウェーブに纏めた琥珀色の瞳の女性は、コハク・アカツキ。
ソラの叔母に当たる女性であり、ソラが魔法学院に通う切っ掛けを作った女性でもある。
まだ二十歳を過ぎたばかりの見えるコハクは、これでももう三十を過ぎた女性なのだ。
若作りなコハクはとても三十を過ぎた年齢とは思えない。
「で、今日は二人の卒業試験でしたよね」
「はいっ!」
「お手柔らかにお願いします」
「あはは。わかってますって。ちゃーんと卒業試験の講師は務めますから」
元気よく頷いたソラと苦笑いするユーナに思わずコハクも苦笑する。
準備は済ませておいたのだろう。分厚い本を二冊ほど抱えると、コハク職員室を後にする。
二人はコハクを追いかけながら、コハクが抱えている本に意識を向けている。
「あれが試験なのかな?」
「ん~。コハクお姉ちゃんのことだから、筆記試験じゃないと思うよ? 多分ボクに対しては結構本気の魔法合戦をしてくるんじゃないかなーって」
ソラの読みは概ね当たっている。
今コハクが抱えている本は普通の本ではなく、魔法が記された魔道書――しかも、コハクが独自に研究し完成させた魔法が記載されている特別な魔道書なのだ。
魔法学院の講師が、卒業試験のために自らの自慢の魔法を振るう。
その意味がわからないソラとユーナではない。
「ほほう。その心は?」
「元冒険者のお姉ちゃんが、ボクが冒険者になることに反対しているからです!」
自信満々に答えるソラにユーナも思わず吹き出してしまう。
「なにそれ。ソラは家族に反対されてるの?」
「いえいえお姉ちゃんだけです。お母さんは「自由にしていい」って言ってくれてますし」
「二人とも、聞こえてますよー」
先を歩くコハクガ振り返る。その表情は笑顔だけにあきらかに笑っていない。
コハクとしてはあまり話題に出して欲しくないのだろうか。ソラは首を傾げながら歩き出したコハクを追う。
コハク・アカツキはアキトの妹だ。ずっとずっと一緒にいたからこそ、兄がどれほど強くて、群を抜いていたかを知っている。
言葉にはしないが、兄が帰ってこないのは――兄でも帰って来れないから、とコハクは考えている。
兄の強さを信じているからこそ、帰って来れない事情があると。
だからソラが探そうとしても徒労に終わってしまうのではないか不安なのだ。
「ほら二人とも、話はいいから早く中庭に行きますよ。今日は二人の他にも試験を控えた生徒がいるんですから!」
でもそれをソラに告げないのは、ひとえにソラを思ってのことだった。
兄が行方不明になってからもずっとソラは元気でいようとしていた。
兄のことが――父のことが大好きな六歳の子供が、父を待っている寂しそうな表情を、もう見たくないから。
「「はーい」」
元気な返事を聞いて、コハクは中庭に繋がる両扉を開いた。
中庭にはすでにたくさんの生徒や講師が集まっていた。
誰もが魔法学院始まって以来の天才――ソラの卒業試験を見届けるために。
かつてのクラスメイトがいた。お世話になった講師がいた。
巻き上がる歓声の中をソラはコハクの後を追いながら手を振って返す。
「さて、それでは魔法学院第三十二期生の卒業試験を始めます!」
中庭の中心でコハクが振り返り、ソラとユーナは表情を引き締める。
魔道書を開き、ページを捲る。魔方陣が記されたページで指を止めた。
「告げるは風。荒らすは猛火。土塊よ、我が魔力を浴びて起動せよ! ――アリアンゴーレム!」
コハクの詠唱に、魔方陣が光を放つ。
詠唱によって高められた魔力がコハクの中から魔方陣へと流れ込み、魔法を発現させる。
――この世界での魔法は、魔力・詠唱・魔方陣の三つによって成り立つ。
魔力は鉄。詠唱は火力。魔方陣は金型だ。
詠唱によって魔力は溶け、魔方陣へと注ぎ込まれ――魔方陣によって異なる魔法を完成させる。
コハクが使った魔法は、異なる三つの属性を一つに纏め上げた特殊な魔法だ。
大地が隆起し、巨大なヒトガタを形成していく。風によって形は整えられ、土中の鉱石が炎によって溶かされ、ヒトガタの表面を覆っていく。
そして完成したのは三メートルを越える巨人。鋼鉄の身体のゴーレムはコハクの命ずるがままに動く魔法生命体だ。
コハクはアリアンゴーレムを二体創り出し、指示を飛ばす。アリアンゴーレムたちは一斉にソラをユーナを目指して地面を蹴る。
「さあソラちゃん、ユーナさん。このアリアンゴーレムを倒すことが、コハクが与える試験です!」
アリアンゴーレムが腕を振り下ろし、二人を襲う。
歓声はさらに大きくなる。誰もがソラがどのような手段でアリアンゴーレムを倒すかに注目している。
だからソラはその歓声に応えるように、叫ぶ。
「来てください。古に伝わる伝説の剣――エクスカリバー!」
少女の身体には似つかわしくない片手剣を、ソラは空間から引き抜いた。
淡く水色に輝く刀身は空色の髪をツインテールに纏めたソラ自身を映す。
黄金の装飾は煌めきを放ち、その圧倒的なまばゆさはまるで地上の太陽。
その剣は、かつて父が愛用していた武器であり。
この剣もまた、父に置いていかれた存在である。
「え、ちょっとちょっと。その前に私もアリアンゴーレムを倒さなくちゃいけないんですか!?」
「大丈夫です。ユーナさんの努力もなにもかもコハクは見てきましたから! この程度越えられないようじゃ冒険者になんてなれませんよ!」
「私、冒険者になるつもりないんですけど!?」
「じゃあソラちゃんに巻き込まれたことを恨んでください!」
「コハク先生ぃー!」




