表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
86/142

空の彼方で。




 ――アキトが『秋風の車輪』を発ってから二ヶ月が経過した。


 僅か二ヶ月だというのに、アキトは己の身に起きた劇的なまでの変化に打ちひしがれていた。

 まず最初に、ほとんど疲労を感じなくなった。自己強化(エンチャント)をせずとも、かなりの距離を走り抜けることが出来るようになったくらいだ。

 次に、怪我はすぐに治るようになった。怪我を負った次の瞬間には、傷がみるみるうちに塞がっていく。

 同じだ。幾度となく傷を与えたというのに、ことごとく再生していった竜王と。


 外見上はなにも変化は起きていない。たった二ヶ月だ。それでも二ヶ月だ。

 アイナやソラに会いたい。家族に会いたい。募る想いを堪えながらアキトは旅を続ける。


 山を越え、海を渡り、荒野を駆け抜け。


 砂漠を越え、森を進み、凍土を抜けた。


 およそ三年の歳月を経て、アキトは其処に至った。


 ――かつて幻想(ゆめ)で見た光景。


 天空に浮かぶ廃墟の中で、アキトは彼と邂逅した。


「……おやおや。手がかりもなしに此処を訪れることが出来るとは。さすがは次世代の竜王といったところかな?」


 闇色の男性。けれど彼は人に似ているだけであり人ではない。

 人を超え、かつて人を造った存在。闇色の髪を掻き上げながら、純白のタキシードを整える。

 深い紺色の瞳がアキトを見つめる。

 その者は、アダム。

 竜王と、そしてイブと並ぶ、アルスーンによって造られた原初の存在。


 アダムに促されるままに、アキトは廃墟の中に置かれている椅子に腰掛ける。


「当てはあった。思い返してみれば当たり前だ。俺は一度、此処と同じ光景を見たことがあるのだから」


「ほう?」


「オリンポス山だ。あそこの天使がいた場所は、此処と酷似している。だからあそこへもう一度訪れ、天使に直接問いただした」


「なるほどねぇ。あの子は私たちに従うように造られている。竜王である君に従うのは当然か」


「俺の目的はわかっているんだろう?」


「もちろん。なんだって私は神だからね」


 アダムは柔和な微笑みを浮かべている。彼からは一切の敵意を感じない。

 竜王になる運命から逃れる方法。再び人として生きることを望んでいるアキトにとって、アダムとの接触以上に有効な手立てはない。


「教えてくれ。俺はどうすれば人間に戻れる」


「戻りたいのかい? 竜王となれば永遠の時を生きられる。圧倒的な力を得ることが出来る。古龍たちは全て従う。なにも不満はないと思うが――」


「永遠の命なんていらない。圧倒的な力なんていらない。古龍たちなんていらない。

 俺が欲しいのは、愛する家族と生きていく時間だ……!」


「……なるほどねぇ。イブから話は聞いていたけど、随分と、まぁ」


 何処からか取り出したシルクハットを深く被り、アダムと椅子に腰掛ける。

 困ったような表情を見せている。でも、何処か嬉しそうな表情をしている。


「竜王の責務から逃れる方法は、ある」


「本当か!?」


「落ち着きな、人間」


 食いついたアキトをアダムは手で制す。シルクハットを投げ捨て、アキトを品定めするかのように全身をくまなく見つめる。


「竜王の役割は『世界の監視』さ。君のように古龍を討ち、世界のバランスを崩す要因を排除するために在る――んだけど、まあウロボロスも私欲に走ったしね」


 アダムの言葉に、アキトは竜王の最後の言葉を思い出す。


『古龍を討ち、余を討った貴様であれば、世界を支える七の柱。ファフニール、ヒュドラーを初めとした古龍を殺せることが証明された。守人(もりびと)である余を殺したことこそが、その証拠である』


 竜王はまるで――アキトがそうなることを望んでいた。

 飽きたと何度も叫び、土となって消えた。


「本来でウロボロスは君を殺すか支配下に置き、世界を保たねばならなかった。だが彼女はその役目を放棄し、君にその責務を押しつけた」


 アダムの瞳がアキトの右腕に向けられる。三年の月日と共に、痣はまずます大きくなっていた。


「私としても予想外な案件でね。だから新しい竜王を造ることにした。新しい竜王が完成したら、君をその責務から解放しよう」


「出来るのか!?」


「私を誰だと思っているんだい。――しかし、条件がある」


 そこでアダムの表情が厳しくなった。困ったような、複雑な表情だ。

 アキトはアダムの言葉を待つ。

 どのような条件であっても、竜王となる未来を回避して、家族の下に帰れるのであれば。


「新たな竜王の創造には、およそ十日掛かる」


「十日? 随分短いんだ――」


「『この世界』でね」


「……どういう、ことだ」


 アダムの意味深な言葉に、アキトは思わず問いかけた。

 やれやれとため息を吐いて、アダムは疲れたように椅子に身体を預けた。


「この空間は君の世界とは隔絶されていてね。時間軸がまるで違う。

 この空間での十日間は――君の世界で、短くても、百年」


「――!」


「君の家族は到底待てない。君が人としてあの世界に帰れば、君を知る者は誰もいない」


 立ち上がったアダムはアキトに背を向けて歩き出す。天空を見上げながら、アキトにもう一つの選択肢を提示する。


「竜王となっても、君が君でいられるようにすることも出来る。それならば一日――十年で君は帰れる。世界の監視の役目も、私が呼び掛けた時だけ動いてくれればいい。どうだい? それで妥協は――」


「っ……」


「できない、だろうね」


 アキトは何よりも人に戻ることを優先している。人として生きて、人として死ぬことを望んでいる。

 竜王となって、不老不死の存在になることは避けたいのだろう。


「好きに選ぶといい。此処の時間は無限とも言える。十日を過ごし君を知らない世界に帰るでも良い。竜王として人の世を過ごしてもいい。

 だが、君が選べる選択はどちらかしかない」


 アダムは嘆息しながらごろりと寝転がった。天空の世界に魔力が満ち、上空に漆黒の太陽が浮かび上がる。

 新たな竜王を創り出す、アダムの創造魔法だ。

 アキトには選べない。選ぶことなど出来るわけがない。

 家族の下に人として帰る選択肢は、今のアキトには不可能だから。


「はぁー。イブにも困ったものだ。あの子も創造魔法を使えたくせに、転生者にあげてしまうとは」


「……使えたとしたら、どうなるんだ?」


「もし、だけどね。誰かが私の創造魔法を手伝ってくれれば、新たな竜王の作成は一気に進む。十日も掛からない――いや、もっと早く完成するだろうねえ」


 何度目かのアダムのため息。アダムにとってイブの行動自体が予想外だったのだろう。

 イブは転生者に創造魔法を譲ってしまった。


 ――その相手は、間違いなく。


 空を見上げ、何処までも広がる青い空を掴もうと手を伸ばす。

 まるで自分の居場所を教えるかのように。ありったけの魔力を込めて、アキトは右手を掲げる。

 気付くはずだと、信じて。


 ――最愛の娘を、アキトは待つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ