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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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アキトの選択




「ただいま」


「アキトっ!」


 夜が更け、アキトは『秋風の車輪』に戻ってきた。ナユタが勝利の宴を企画していたようだが、全てを無視してアキトは帰ってきた。

 ずっと待っていてくれたのだろう。アキトが扉を開けるとほぼ同時に、アイナがアキトの胸に飛び込んできた。


「怪我はない?」


「大丈夫だよ。俺は俺のままだ」


「あっ……」


 アイナの安堵した表情を見て心が軋む。嘘は言っていない。アキトはアキトのままである。

 人ではなく、竜王になりかけてはいるが。

 嬉しそうに微笑むアイナの目は真っ赤だ。不安で泣いてしまったのだろうか。渇いた涙を指で拭い、アキトはアイナに優しく口づけをする。


「っ……。もう。いきなりなんだから」


「いいだろ。愛してるんだから」


「あのー。コハクのこと見えてないんですか?」


「……そんなことはないぞ?」


 実のところコハクの存在には気付いていた。気付いていたが、頭の中はアイナで一杯だった。抱き合って触れ合って唇を重ねて、そこでようやくコハクに意識を向けられた。


「……兄さん、身体に異常はありますか?」


「ないよ」


「違和感はありませんか? 零式の後遺症は――」


「全くない。自分でもびっくりなくらいだ」


 違和感は、ある。零式の後遺症ではなく、身体の内側が焼けるような感覚だ。

 何が焼けているかはわからない。でもきっと、アキト・アカツキであるモノが焼けていっている。

 それらはゆっくりと燃えていく。十年の時を掛けて、アキトを焼却し竜王へと昇華させるだろう。


「兄さん?」


「あ、ああ。なんでもない。ソラは?」


 時間はとっくにソラが寝てしまっている時間だ。

 いつも通りなら、部屋で寝ているはずだ。寝顔でもいいから、アキトはソラの顔が見たくてたまらない。


「あそこよ」


「……あ」


 アイナが指差した方向は、いつもアキトが好んで占拠していたギルドと食堂の境目の席。

 その席の下に、シロが大きな身体を横たわせている。真っ白な体毛に埋もれるように、ソラはシロを枕にして寝息を立てていた。


「すー……むにゃ……」


「……可愛いな」


「天使の寝顔よね」


「このまま肖像画とかに収めたいくらいです」


 あどけない愛娘の寝顔に心が軽くなる。起こさぬように近づいて、そっと眠っているソラの頬を撫でる。


「ん……おとー、さん……」


「ここにいるよ。ただいま、ソラ」


「……ん~……くぅくぅ」


 眠っていてもアキトが帰ってきたことがわかるのか、ソラは口元を緩ませた。

 暖かなソラの体温の手の平一杯に感じながら、アキトは寂しげな表情を浮かべる。


「話がある。大事な、とても大事な話だ」


 竜王との決着を、強引に竜王にさせられた経緯を説明していく。

 アイナもコハクもただの冗談かと思ったが、アキトの思い詰めた表情に動揺を隠せない。

 残された時間は、十年。長いようで、短い時間。

 それが過ぎればアキトがどうなるか――アキトにもわからない。

 竜王となったままでも、家族と過ごせるのか。


 きっとそれは不可能だと、アキトは考えている。そのような僅かな希望にすがり、結果として家族を悲しませたくない。

 だからこそ、悩んでいる。答えは決めたが、それでも揺らいでいる。


 残された時間を家族のために使うか。

 未来を求め、抗うために使うか。


「……どうしようもないんですか?」


 先に口を開いたのはコハクだった。悲痛な表情は今にも泣き出してしまいそうだ。

 それでも泣き出さないのは、アイナとソラを思ってのこと。妻であるアイナが涙を堪えているのに、自分が弱いところを見せてはならないから――。


「ああ。成ってしまったからこそ、わかる」


「……うぅ」


「アイナ」


 俯いていたアイナに声をかける。小さく身体を震わせたアイナはゆっくりと顔を上げる。

 アキトは、微笑んでいた。心配を掛けさせたくないのか、気丈に振る舞っている。

 それがわかっているからこそ、アイナは余計に苦しいのだ。

 アキトはアイナを心配させないために、強がっている。そうさせてしまう弱い自分が嫌になる。

 だから、精一杯声を振り絞る。


「アキトは、もう決めているの?」


 その言葉に応えるように、そっと手を伸ばしてアイナの目尻にたまった涙を拭う。

 アイナを抱き寄せて、強く胸板に押しつけるように抱きしめる。アイナもまたアキトの背中に手を回し、離れてしまわないように抱きしめる。


「俺は、抗う。残された十年を捧げるのではなく、そこから先の未来も、アイナと共に生きたいから」


「……アキト」


「だから少し待っててくれ。すぐにこの呪いをぶっ壊してくるからさ」


 それが根拠のない自信というのはわかっている。

 わかっているが、アキトならば出来るかもしれない、というのもわかっている。

 アイナの本音は、離れたくない。

 これからなのだ。

 新しい家で生活して、ソラは魔法学院に通って、コハクは地下で研究をして。

 アキトはギルドで働いて、アイナは家で家族を待つ。

 アキトとのもう一人の子供も欲しいし、アキトとは離れたくない。


「……わかったわ。待ってるから。だから、絶対に帰ってきて」


 見つめ合って、手を重ねて。アキトはアイナを強く抱きしめることで応える。

 唇は重ねない。それは再会の時にすると決めて。今にも泣き出しそうなコハクも抱きよsて、アキトは二人を抱きしめる。


「……兄さん、ソラちゃんには」


「……ソラが泣くと決意が鈍りそうだから、上手く誤魔化しておいてくれ」


 それに――ソラはきっと、アキトの選択を受け入れてしまうから。

 ソラはアキトのことが大好きだから、アキトの選択を拒まない。悲しい思いを、寂しい思いをしても受け止めようとするから。

 帰ってくると胸に誓っても、愛娘の我が儘にだけは勝てそうにない。

 だから、帰ってきてからきちんと話す。心配を掛けたことも謝罪して、帰ってきてからもう一度親子の愛を育むと。


 アイナもコハクも頷いてくれた。アキトは残された時間を無駄にしないためにも、すぐに出発する。

 旅支度を手早く済ませつつ、ソラを起こさぬように布団に運ぶ。熟睡しているソラはアキトの腕の中で静かな寝息を立てている。

 愛しい娘の寝顔を眺めながら、頬にキスをする。


「ちゃんと帰ってくる」


 寝ているソラから返事は来ないけど、アキトの決意を固めるには十分な言葉だ。

 部屋を後にしたアキトは、外で待っているアイナとコハクの元に向かう。


 お互いに言葉はない。これ以上の言葉を交わせば、別れが惜しくなるから。

 例え一時の別れであっても、離ればなれになることは嫌なのだ。

 一度離別を経験したからこそ。

 今度は違う。アキトは必ず帰ってくると約束をしたから。


 去りゆくアキトの背中をアイナもコハクもずっと見送る。当てのない旅になるアキトの背中は、逃げ出したあの頃よりも、小さく悲しい。

 竜王にならない未来を掴むため、選ばれた一時の別れ。


 残された者は、待つことしか出来ない。

 往く者は、答えを見つけなければならない。


 幸福な未来を取り戻すために、アキトは旅立つ。

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