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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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願望の成就




 土砂に埋もれながら、アキトは意識を取り戻した。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、上体を起こす。

 リフェンシル鉱山だった(・・・)場所には巨大なクレーターが出来上がっており、アキトはその中心で意識を失っていたようだ。


「奴は、奴、は……!」


 自己強化(エンチャント)・零式が解除されていることに気付いたアキトは、慌てて自己強化(エンチャント)の出力を二式にまで引き上げ周囲を警戒する。

 黄土色の視界はどうやら舞い上がった粉塵のようで、周囲を覆い隠しアキトの視界を奪っている。

 竜王の心臓を掴み、魔力を流し込んで爆発させた――あれからどのくらいの時間が経過したのだろうか。


「やっと目覚めたか。英雄よ」


「貴様……っ!」


 粉塵の中から竜王が姿を現す。純白だったドレスは血にまみれ、その左胸にはすっぽりと穴が空いている。


「喜ぶがいい。誇るがいい。貴様の最後の一撃は、確実に余を死に至らしめた」


「あ――」


 竜王の表情に余裕は見られなかった。今にも倒れそうなのを必死に堪え、両の足で踏ん張っている。

 なにが竜王を奮い立たせているのか。金色の双眸が、アキトを睨む。


「余の死を以て確信した。英雄よ。貴様はいずれ世界を壊す存在だ」


「な、に……?」


「古龍を討ち、余を討った貴様であれば、世界を支える七の柱。ファフニール、ヒュドラーを初めとした古龍を殺せることが証明された。守人(もりびと)である余を殺したことこそが、その証拠である」


 がふ、と竜王の口から大量の血液が零れる。よろめく身体を苦悶の表情で抑えながら、金の瞳から血の涙を流し、口元を大きく歪めた。


「英雄よ! 余の死を以て、余の目的は成就された!」


「な――」


 勝敗は誰が見ても明らかだった。

 胸を穿たれ、今にも倒れそうな竜王と。

 零式は解除されたものの、五体満足のまますぐにでも剣を振るえるアキトならば。


 竜王の身体が崩れ落ちる。膝から崩れ落ちた竜王は大の字に寝転がり、粉塵によって閉ざされた大空を求めて叫び声を上げる。


貴様が次の竜王だ(・・・・・・・・)!」


 そしてアキトは――自身の右腕に浮かび上がった痣に気付く。黒と金色に明滅するその痣は、竜のように見える。

 瞬間、アキトの脳内に膨大な情報が流れ込んでくる。思わず頭を抑えて蹲ってしまうほどの情報量に、アキトはうめき声を漏らす。


 それは世界の情報だった。それは古龍の情報だった。それは見知らぬ男性と少女の姿だった。それは神と邂逅した天空の廃墟だった。それはなにもない汚れのない空間だった。

 その最果てに立つ老人を、アキトは知っている。

 戦と炎の神――アルスーン。


「余は死ぬ。ああ、死ぬ。永遠に近い時を過ごしたこの身体が、人間に破壊された。ああ、ああ! どれだけこの時を待ち望んだか! 飽きた。飽きた。飽きたのだ! 世界の観測など退屈で仕方がない! 代わり映えのない世界などうんざりよ! 余は死にたかった! 余を殺せる存在を探し続けた!」


 そして見つけたのが、アキトなのだろう。結果としてアキトは己の自尊心を満たすために、竜王の目的を遂げたのだ。


「竜王は存在しなくてはならない。世界を支える七の柱を守護する存在として。

 英雄アキト。今日から貴様は竜王アキトよ!」


「ふざ、けるな。俺は人間だ。人間で十分だ!」


「――フ」


 竜王の身体が崩れていく。とうに限界だったのだろう。砂のように崩れていく竜王に、アキトはよろめきながら覆い被さる。

 竜王は笑っている。アキトの左目が金色に輝くのを確認して。


「さらばだ、英雄」


 竜王だったモノが崩れ去っていく。風が竜王だったモノを吹き飛ばし、後にはなにも残さない。

 残されたのは、勝者だけ。

 かつて英雄と呼ばれた男。

 その右手にはヒトではない証が刻まれ、その証として左の目は金色の輝く。

 双眸が染まっていないのは、未だ彼が完全な竜王ではないから。

 だが――それもきっと時間の問題だろう。


「……これが、代償か?」


 右腕を抑えながらアキトは立ち上がる。気付けば粉塵は風に流され透き通る青空が顔を覗かせている。

 植え付けられた情報が、アキトに人として残された時間を教えてくれる。

 長いのかもしれない。けれど、アキトの想像以上に、短い時間。


「星の巡りが十を超えた時、英雄は竜へと昇華する。されどその竜は竜にして竜に非ず。人にして竜の王となる――か」


 頭に響く声は誰のモノなのか。いつしかその声は、アキトにとって当たり前のことになってしまうのだろうか。

 十年。そうなればアキトは、人を超えてしまう。人ではなくなってしまう。

 それでも、アイナならばアキトを受け入れるだろう。ソラならば、アキトをアキトとして慕ってくれるだろう。コハクならば、なにも変わらずに接してくれるだろう。


 でも。アキト自身が受け入れられるわけではない。

 瞳を閉じる。頭の中を高速で流れていく情報を眺めながら、アキトは一つの決意をする。


「――せめて、俺が変わってしまう前に。ソラを送り出す。アイナは……そうだな。謝ろう」


 憔悴しきった表情で、アキトはゆっくりと歩き出した。

 勝者であるというのに、その背中は酷く小さくて。


 遠くから声が聞こえてくる。防衛線を撤退させていたはずのナユタの声だ。

 ナユタだけではない。アキトの勝利を信じて逃げなかった冒険者たちもいたのだろう。

 鉱山だった場所を去るアキトを見つけ、大きく手を振ってアキトの勝利を祝ってくれている。


 でも、あまりにも空しい。

 空は何処までも続いていく。この世界の果てまで続いている。

 遠すぎて、近すぎて、伸ばしても届かない世界。


 もう一度、空を見上げる。

 勝者は敗北した。敗者は勝利した。

 その結果に、ただただ英雄は歯を食いしばる。


「痣を隠せ。人で在れ」


 駆け寄ってくるナユタに悟られる前に、アキトは右腕の痣と金の瞳を魔法で隠す。

 完全に覚醒していなくとも、アキトはすでに竜王になりかけている。その程度の魔法など造作もない。


「……さて、どうすっかなぁ」


 アキトには選択肢が突きつけられている。

 一つは享受。やがて竜王になることを受け入れ、残された十年を人として満たすために生きる道。

 そこには幸福が満ちているだろう。幸いなことに、アキトを慕う者たちはアキトが変わってしまってもアキトを受け止めてくれるから。


 もう一つは、抗うこと。やがて竜王になる運命(さだめ)を拒絶し、その未来を回避するために出来ることを探す道。

 そこには絶望が待っているかもしれない。これは決して解けない呪いかもしれない。希望など存在しないかもしれない。

 でも、人として死ねる未来がある。


 答えは出ない。

 アキト・アカツキは――どちらの道も、決めあぐねる。

 だって、前者は自分を犠牲にし、後者は家族を不幸にするからだ。


「……よし、決めた」


 そしてアキトは、選択する。


 人か、竜か。

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