アキト・アカツキ
「再生――もはや再構築だな!」
竜王は歓喜していた。身体中に満ちる充足感に喜びの悲鳴を上げていた。
死闘だ。求め続けていた殺し合いだ。竜王の一撃は確かにアキトを殺している。頭を砕き、心臓を握りつぶし、四肢を引き裂く。
それでもアキトは止まらない。失われた部位は刹那の間に元通りに――いや、壊される前よりも確かに強化されて復元される。
その速度は竜王の言うとおり、再生という枠組みを超えている。失われればすぐさま新たな腕がエクスカリバーを握りしめ剣を振るう。
「そうだな。確かに今の貴様は『人のまま』『人を超えている』なぁ! 愉しい。余は愉しんでいる。わかるか、英雄ゥ!」
「わからねえよ。ああわからないさ、竜王ゥ!」
アキトの一撃は確かに竜王に傷を与えている。確実にダメージを蓄積させている。
朦朧とする意識の中で、アキトは何度剣を振るったかを理解出来ない。
何度殺されたかを、理解出来ない。しようとしない。
痛みがないわけではない。死を理解出来てしまう痛みを無視することなど出来るわけがない。
自己強化・零式。
強化によって限界に迫るのではなく、そもそも前提として人の限界を考慮しない。その結果訪れるのは身体の崩壊だ。
それを直せば限界を超えた状態を維持できると、かつてのアキトは結論づけ、試してみた。
結果からすればアキトは死にかけ、三日三晩視線を彷徨いうなされた。
その時に得たのは、アイナとコハクをどれだけ心配させてしまったことと。
彷徨いうなされるアキトに声を掛けた、豊かな白い髪と髭の老人。
『人の子よ』
『誰だアンタは。俺は……死んだのか?』
『いいや。まだ死んでない。お前の精神だけが此処を訪れた、極めて特別な事例だよ』
透き通る老人の声がアキトの警戒心を解いていく。柔和な微笑みを浮かべる老人は皺まみれの手をアキトに差し伸べた。
『人の子よ。お前が望むのであれば、その力を超えた力を与えてあげよう』
『……超えた、力』
『ああ。仲間を心配させることもない。お前は誰にも負けない、世界で最強の存在になれる。私ならば出来る。私ならば、君をそういう存在に昇格させることが出来る』
『そうか。じゃあ断る』
『……は?』
足に力を込めれば、立ち上がることが出来た。
そこは真っ白な世界。周囲を見渡せば、そこは雲の上に浮かぶ廃墟のような場所だった。
見覚えのない世界。でも、どこかで見たような気がする場所。
――アキトはこの世界を知っている。
この世界は、『天使の涙』を手に入れるために出会った、天使と呼ばれる存在がいた場所に酷似しているのだ。
『人を超えたくないのか?』
『力は欲しい。でも、誰かから得た力はいらない』
アキトの瞳が真っ直ぐ老人を射貫く。強い決意の込められた瞳に、老人は表情を破顔させる。しわくちゃの顔を歪めて大声で笑う。
『神に至りたくはないのか?』
『神などに興味はない』
『……お前は欲がないのか? 欲張りのくせに』
老人はよっこらせ、と地面に座りアキトを見上げる。アキトは老人との会話に興味を失ったのか、出口を探して周囲を何度も見渡している。
背を向けたアキトに老人は声を掛ける。
『人の限界を超えれば今のお前のように肉体が保たない』
『……そうだな。それで死にかけたようだ』
『ならば視点を変えればいいではないか。理屈で押せ。不条理を黙らせろ』
『……何を言っている?』
『簡単なことだ。人の限界を超えて身体が保たないのであれば、超えても保たれる身体を創れと言っているのだ』
『――!』
アキトは老人から力を受け取ることを拒絶した。
だから老人は、アキトに知恵を与えた。恐らくそれが、アキトが妥協できるモノだから。
『壊れる度に直せ。直る度に強くなれ。人の身体と同じ理屈だ』
『確かに、そうだが』
『私の力を拒絶するのであれば、それくらいしか手段はないだろう』
『……アンタは、神なのか?』
『うむ』
老人は立ち上がるとその手に杖を握った。杖を一振りすると、金色の灼熱が老人の周囲を漂う。
『我は――と――の神。この世――を――存在』
老人が名乗りを上げると同時に、アキトの意識が薄れていく。身体が勢いよく沈んでいくような気がして、アキトは必死にもがく。
その言葉は聞かなくてならないと。その言葉を忘れてはならないと。
けれどもがいてももがいても、声は遠ざかっていく。アキトが遠ざかっていく。
『人間よ。神の力を断った存在よ。私は貴様に力を与えない。私の言葉も存在も忘れるだろう。
だが忘れるな。
貴様が英雄であること。
貴様がいずれ苦難に立ち向かうこと。
貴様が――死にたくないと心の底から願うのであれば。
その時は我が名を呼ぶがいい。
死の最果てに我が領域に至った存在への栄誉として。
貴様に奇跡を与えてやろう』
(――なるほど。俺もソラたちと似たようなものだったか)
アキトの莫大な魔力や剣技のセンス。天賦の才は生まれついてのものだった。
剣技を磨いてきたからこそ、強さを求めた。
魔法を研究してきたからこそ、そこに至った。
アキトはかつて、神と呼ばれる存在と邂逅した。
「なるほどな」
激しい攻防の中――いや、アキトの一方的な猛攻の中でアキトは一人毒づいた。
ずっと忘れていて、どうして今それを思い出したのかはわからない。
だがあの光景が、恐らくソラやナユタが経験してきた光景なのだろう。
神を称される存在と邂逅し、力を与えられて蘇る。
クク、と笑い声が漏れる。
自分は力を断った。
そんな奴が――力を与える側である竜王を超えられれば。
それは、どれだけの価値があるだろうか。
自分はどれほど満たされるのか。
試したくて、仕方がない!
「ウロボロスよ!」
「どうした、英雄ッ!」
竜王の爪がアキトの喉を貫き、何十回目に達したかわからない死を体験する。
負った傷は全て消える。負った傍から新たな身体となり、その度にアキトの肉体は人を超えた領域に足を踏み込んでいく。
痛みと苦しみに苛まれながらも、アキトは心の高揚を抑えきれなかった。
普通であれば磨り潰されてしまう心が奮い立ち、無限に続くかもしれない殺し合いに歓喜している。
「俺は、お前を超える。お前を超え、俺は――この世界の人間のまま、超越者となる!」
「……はは。ははは。あはははははははっ!」
距離を取ってのもう一度の宣言に竜王は大声で笑う。竜王の高すぎる再生力はアキトがいくら傷を与えても再生し、お互いに決着の付かない状況へともつれ込んでいた。
それを理解した上で、アキトは竜王を超えると宣言したのだ。
正気を保ったまま、アキトはアキトのまま。
胸に刻んだアイナの言葉。
心に誓ったソラの未来。
大切な家族の光景を思い出して、アキトは再びエクスカリバーを握りしめる。
「呼びはしない。呼んでたまるか。アンタの奇跡は頼らない。俺は、俺として、俺のまま、竜王を超えるっ!」
自己強化・零式はアキトが死んでもなお身体を復元する。
あの存在との会話は忘れてしまっても、与えられた知恵によって完成した魔法だ。
そしてその特性を、アキトは利用する。
もはや誰もが付いていくことなど出来やしない戦いの中で、剣と爪が弾き合い剣戟の嵐が周囲を破壊し尽くしていく。山肌は削がれヒュドラーの死体は細切れとなっていく。
砕かれても殺されても倒れないアキト。
未だ堅牢なりし竜王。傷を与えたところで再生し、未だ致命傷を与えることが出来ないでいる。
膠着した戦いを崩すには、相手を乱さなければならない。
「自己強化・裏式――!」
零式によって死を超えたアキトだからこそ、戦いの中で見つけることが出来た。
加速し続けて行く戦いの際で、アキトは更なる領域へ踏み込んでいく。
――そこで竜王は気付くべきだったのだ。
アキトが何に恐怖し。本来抱く恐怖を抱かなかったことを。
アキト・アカツキは死を恐れない。
アキト・アカツキは己であることに拘る。
アキト・アカツキは――己でなくなることを、恐怖する。
そして、アイナの言葉でその恐怖を乗り越えた。
故にアキトは、どんなことにも恐怖を抱かない。
壊せば殺せばアキトが強くなるのは百も承知だが、竜王は殺し合いの最中にそんなことを考える余裕を失っていた。
何度殺せばアキトが完全に消えるかを。何度殺せば――アキトは自分を殺せるのかを。
終わりを待ち続けた竜王に、アキトは終わりを告げる。
「っ、英雄。お前、まさか――」
「捕まえ、たぁっ!」
竜王が再びアキトを殺すために心臓を握りつぶした。アキトはその腕を掴み、竜王を引き寄せる。エクスカリバーを突き出して、引き寄せられる竜王の胸を貫いた。
「がっ――」
「グ、ゥ――」
心臓が復元される度に、竜王に潰されていく。血を吐き出しながらも、アキトはエクスカリバーを握る手を緩めない。
竜王もまた血を吐き出す。アキトが竜王に初めて、致命傷と言える一撃を与えたのだ。
だが、それでは終わらない。お互いの高すぎる再生力を前に、このままではなにも終わらないのだ。
エクスカリバーを投げ捨てて、アキトの右手が竜王の胸を貫いた。
掴んだのは竜王の心の臓。アキトの狙いを見越したのか、空いていた竜王の手がアキトの腕を落とす。
――だが、復元する。
右の腕を捕まれて距離を離せない竜王は、アキトから逃れられない。アキトがやろうとしていることの全てを理解して。
逃れるために何度もアキトの腕を破壊する。だがそのたびに零式によって腕は強化されて復元する。
そして、アキトの右腕が竜王の一撃では壊れないほどの破壊を繰り返して。
此処に術式は完成する。アキトは右腕からあふれ出す、自分の魔力の全てを、直接竜王の心臓に流し込んで、爆発させる!
「アブソ、ダクション――ッ!」
それは、竜王によって破壊できないほど強化されたアキトの腕が吹き飛ぶほどの爆発で。
リフェンシル鉱山の全てが、爆発の光に飲み込まれた――……。




