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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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毒の世界を切り裂いて。




自己強化(エンチャント)・一式――限界突破(リミット・ブレイク)!」


「『擬装竜牙・窮毒アーマーゲイン・ヒュドラー』!」


 人の限界に迫る――アキト・アカツキは大地を蹴り、ヒュドラーですら目で追いきれない速度で接近する。

 人の垣根を越える――シンドウ・ナユタは対峙するヒュドラーそのものの力を纏う。紺色の鱗が身を覆い、九つの頭部を模すように髪の束が八つほど固まり垂れ下がる。

 アキトを追って、ナユタも地面を蹴って走り出した。


 ナユタの速度は決して遅くない。だが確実にアキトとの距離が離されていく。

 ナユタはアキトの背中を追い続ける。まるでそれが、彼とアキトの実力の壁だと突き詰められるように。

 悔しさを感じている暇などない。ヒュドラーはすでにアキトに、ナユタの存在に気付いた。そしてその二人が、脅威であると判断した。

 ヒュドラーの動きは体躯に見合わず軽快だ。九つある首の内四つが一斉にアキトを狙い、襲いかかる。


 ナユタから知り得たヒュドラーの生態。

 ヒュドラーは九つの頭部を持つ代わりに、胴体や足、手といった部位を持たない竜なのだ。

 移動は首の力だけで強引に根元の、胴体として扱う部分を引きずることで行う。

 それは逆に、移動自体は遅くその場に止まり続ける、ということだ。


 迫り来る四つの頭部は大口を開けて次々に毒の液体を吐き出していく。雨のように降り注ぐ毒を、アキトは勢いを無視して強引に後方へ跳躍して回避する。

 勢いを無視したアキトの身体には当然のように凄まじい重力が襲う。いくら強化された肉体とはいえ、負担は相当なモノだ。

 こふ、とアキトが小さく吐血する。ツバを吐き、地面を後退りながら毒が降り注いだ地面を見やる。

 毒が広がった地面は異臭が立ちこめ、気化した毒が湯気を立ち上らせている。

 当たらなくてもこれか、と改めてヒュドラーの脅威を肌で感じる。

 おそらく毒に直撃すれば、アキトの肌も爛れる程度では済まない。


 それでもアキトは、前進する。

 目指すはヒュドラーの首が繋がる根元。そこを破壊すれば、ヒュドラーを倒せると判断した。

 当然ヒュドラーがそれを許すわけがない。走り出したアキト目掛けて直接頭部を叩きつける。

 上空から迫る巨大なヒュドラーをアキトはギリギリで躱す。あまり悠長に回避行動を取っていては、ヒュドラーに見切られてしまうと判断したからだ。


(大丈夫だ。ファフニールより少し速いくらいだ! ディアントクリスは……比較するだけ無駄だな)


 過去に戦った二体の古龍との経験がアキトの中で浮かび上がる。ヒュドラーよりも巨大だったファフニールは、その身の遅さを活かして足を攻撃し、移動をより制限させてから頭部へ攻撃を集中させた。

 魔鎧竜ディアントクリスはやや強引にだが尻尾を奪い、足を奪ってから仕留めた。


 そう、行動を制限させることは“狩り”の鉄則だ。


「こっちを、見やがれぇ!」


 四つの首をすり抜けたアキトを追おうと振り向いた二つの首へ、追いついたナユタが拳を叩き込む。人の身を越えた一撃は、頭の一つから意識を奪った。

 二つの首がナユタに向けられ、一斉に毒を吐いた。アキトほど速くないナユタはもろに毒を浴びてしまうが。


「お前だって、自分自身の毒は喰らわないだろう!」


 ナユタには傷一つ与えられない。ナユタにヒュドラーの毒は通用しない。

 アキトに毒を避けられた以上に、ヒュドラーは動揺する。喰らえば一撃の毒を浴びても健在なナユタに。


「まずは一つ、奪わせて貰うぜぇっ!」


「ゴアァッ!?」


 動揺した一瞬の隙を突いてナユタは跳んだ。振り上げた拳を一つの眼球へぶち込み、視界を奪う。さらにもう片方の腕も突っ込んで、力任せに引き裂く!


 紫色の体液をまき散らしながら、頭部の一つが沈黙する。紫色の体液は血液であり毒でもあるが、ナユタには一切のダメージを与えない。

 三つの頭がナユタを睨み、五つの頭がアキトを狙う。ヘビのように舌を振るわせたヒュドラーは一斉に二人に襲いかかる。


 頭部を直接叩きつけての攻撃に大地が揺れる。防衛線にいる冒険者たちは、震える大地に戦き、不安げに鉱山を見上げた。


 だが、その程度では止まらない。


「二つぅ!」


 ナユタが二つ目の首を強引に引きちぎると同時に、猛攻を避けきったアキトがヒュドラーの胴体――首の根元へとたどり着いた。想像以上に巨大な根元は静かに脈を打っている。

 果たして心の臓を穿てばヒュドラーは沈黙するのか。


「違う。まずは断つ!」


 アキトの判断は的確だった。心臓を破壊しても、もしかしたら少しの間だけでも活動してしまうかもしれない。ヒュドラーが暴れればどれほどの被害が出るかもわからない。

 ナユタの力はヒュドラーを抑え込んでくれるだろうが、油断してはならない。


 エクスカリバーに魔力を込める。この剣をソラが見つけ、魔具として解放してから六年の歳月が経過したが、エクスカリバーは刃こぼれ一つすることなく鋭利な切れ味を維持している。

 もしかしたらそれこそがエクスカリバーの魔具としての特性なのかもしれない。

 壊れず、全てを絶つことが出来る剣。剣を扱うモノにとって、これほど扱いやすいものは無い。


 アキトの狙いに気付いたヒュドラーはすぐさま逃げようと首をねじるが、その身の巨大さ故に間に合わない。


「三つ目ぇ!」


「ガ、アァ!」


 加えて襲いかかるナユタの猛攻に、三つ目の首も失った。声にならない悲鳴を上げて、頭部の一つがアキトを飲み込まんと大口を開けて肉薄する。が。


 アキトは九つの首を全て、一刀で両断する。大口を開けたヒュドラーは何が起きたかを理解する間もなく白目を剥いて地面に落ちる。

 力が抜けて落下していくヒュドラーの頭部たちを、ナユタは念のためにと潰していく。

 五つ目の頭部を破壊し、アキトは同時に未だに脈打つ心臓にエクスカリバーを突き刺す。

 爆発するようにあふれ出したヒュドラーの血液を浴びてしまうと同時に、アキトは口の中に含んでおいた血の塊をかみ砕き、飲み込む。

 自己強化(エンチャント)によって強化された肉体は、取り込んだ抗体をすぐさま全身に駆け巡らせる。

 少し不安は残っていたが、どうやら血液の毒性は毒液に比べれば弱いらしくアキトに外傷を負わせるには至らなかった。


「終わった……のか?」


 五つ目の頭部を放り投げたナユタが擬装竜牙を解除してアキトに駆け寄る。

 ヒュドラーは完全に沈黙している。破壊されていない四つの頭部も白目を剥いて大口を開けている。

 完全に死んでいる、はずだ。


「まだだ。まだヒュドラーは死んでいない!」


「へ?」


「っ、馬鹿野郎が!」


 最初にナユタが引き裂いた頭部が、ナユタを飲み込もうと大口を開けて襲いかかる。気付いたアキトが咄嗟にナユタを引っ張り、回避する。


「す、すまな――」


「油断するな。相手は古龍なんだぞ!」


「わ、わかった」


 放り投げられたナユタはすぐさま擬装竜牙を纏い、アキトはこちらを睨み付けるヒュドラーの首と対峙する。

 首を切り落とし、心臓を破壊してもまだ生きているとは思わなかったが――竜王の登場を考慮して周囲を警戒していたからこそ、間に合った。


 首だけとなってもヒュドラーは死んではいなかった。恐らくだが、この頭部が本体なのだろう。


「シュルルルルル……ッ!」


 舌を鳴らしながらヒュドラーはアキトと睨み合う。アキトであれば何の問題もなくヒュドラーを討てるが、アキトは仕留めるための一歩を踏み出さない。


「アキト? どうしたんだ?」


「……古龍の命を奪おうとすれば、奴は必ず現れる」


 ファフニールを倒した時も。ディアントクリスにトドメを刺した時も。

 いつ何処から奴が、竜王が現れるかわからない以上、アキトはヒュドラーだけを注視するわけにはいかない。


「いるんだろう? さっさと姿を現せ。でなければ、今すぐヒュドラーを殺す」


 ヒュドラーを殺すこと自体に躊躇いはない。

 だが――もし殺したとして、竜王の逆鱗に触れればどうなるか。殺そうとした際に不意打ちを食らうかもしれない。

 諸々の可能性を考慮して、アキトはこの場にいるであろう竜王に声を掛ける。




「やれやれ。お前が余を脅すとはなぁ。

 ――そんなに余を待っていたのか? 英雄よ」


 災厄が、姿を現した。

二人が強すぎてヒュドラーが脅威にならない……

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