ソラのこれからと、緊急事態。
「魔法学院に……ボクが、ですか?」
「ああ」
アキトの膝の上でいつも同様甘えていたソラは、アキトの言葉に首を傾げた。
「ソラも来年で七歳だ。そろそろ学校とかに通うのも必要かなって思ってな」
「学校、ですか」
アキトに言われて思い出したが、ソラは前世に置いても七歳前後から学校に通い、集団生活を学んでいった。
ずっと触れずにいたが、この世界にももちろん学業を学ぶ場はある。
田舎であれば教会が中心となるが、アキトは敢えて王都にある魔法学院を提案している。
それはきっと、ソラに必要だとアキトが考えたのだろう。
「でも、お父さんと離れたくないです」
ぎゅう、とアキトにしがみつくソラ。
ソラはこの世界に、素敵な父親――アキトと暮らすために転生してきた。
だからこそソラはアキトとの時間を何よりも優先したいのだ。アキトと過ごせれば、ソラはそれだけで満足なのだ。
勉学を学ぶことが大事なのはわかっている。
けれどもソラにとっては二度目の学校はそこまで必要性を感じない。
「ソラは、将来何がしたい?」
「お父さんのお嫁さんですか?」
「ははは。それは嬉しいが……ソラが、この世界でやりたいことだよ」
「……やりたいこと」
アキトがソラに問いかけているのは、アキトが関わることではなく、ソラがなにをしたいか。
アキトとずっと一緒にいたい、と望むことは簡単だ。
だがこの世界で生きていく以上、ずっとアキトが傍にいられる訳ではない。
この世界で生きていくのであれば、いつかはソラにソラ自身の目的が求められる時が来る。
だからこそアキトは、ソラに自分自身を省みて欲しいのだ。
我が儘を言うのもいい。遊ぶのでもいい。学校に通いたくないのであれば、アキトもアイナも、コハクだってソラに必要最低限の教育くらいは教えられる。
それでもアキトは、自分たちではなく――もっときちんと、ソラにこの世界で生きていく術を学んで欲しいのだ。
「もっと。もっと……魔法の勉強がしたいです」
ぽつりと胸に浮かんだ言葉。この世界に来たからこそ触れられた、魔法の力。
とりわけ神の加護により創造魔法が使えるソラは、人よりも魔法に興味津々だ。
「じゃあそれこそ、魔法学院に入学した方が良いよな?」
「コハクお姉ちゃんでも――」
それでも、ソラはアキトから離れる選択肢を選ばない。
ソラがそう返すことくらいアキトは見抜いている。
だから、ソラが魔法学院に通えるための方法を教える。
「ソラ。王都に引っ越そう」
「え!?」
「コハクがくれた新居はまだ何処に建てるかも決めてないんだ。だから、王都から少しだけ離れた草原に家を建てようと思う」
魔法学院は王都に存在する。このままスタードットで暮らすのであれば、ソラは自然と魔法学院の寮に入らなければならなくなる。
アキトが用意した選択肢は、家族全員で魔法学院に通える場所に引っ越すこと。
「で、でもお父さんのクエストとかお母さんのお仕事が!」
冒険者をやっているアキトのことも、『秋風の車輪』で働いているアイナのことも、二人がどれだけ自分の仕事に真剣に向き合っているか知っているからこそソラは首を縦に振れない。
「クエストはどこでも受けられるし。俺もさ、ギルドで働こうと思ってるんだ」
「ギルドで……?」
「ああ。冒険する側ではなく、冒険者たちを支え、導く――まあ、ギルドマスターかな」
アキトが決めていることは、冒険者として度々家を空けるのをやめ、王都のギルドで働くことだ。
Sランクであるアキトは実績も地位も確かなモノを築いている。それに加えてシェンツー家の後ろ盾もあれば働くことに困りはしないだろう。
「アイナは俺が養う」
きっぱりと断言するアキトについ頼もしさを感じたソラは、思わず苦笑してしまう。
「は、ハッキリいいますね」
「アイナが働きたいんだったら止めないけどな」
まるで逃げ道を塞いでいくかのように、アキトはソラが学院に通える方向で話を進めていく。
魔法を専門の学院でしっかり学べる。それはソラのこれからにおいて最上のことだろう。
創造魔法に頼らない人生を送ることも出来るかもしれない。
創造魔法をさらに応用することも出来るかもしれない。
魔法学院に通えば、ソラの未来の選択肢はさらに広がるのだ。
ソラを想っているアキトの気持ちがひしひしと伝わってくる。
ソラが向き合って浮かび出た自分の夢。
そして、アキトの想い。『親』としてソラのために何が出来るのかを、ずっと考えていたのかもしれない。
「わかりました。ボク、魔法学院に行きますっ」
了承するソラをアキトは黙って抱きしめる。
腕の中の小さなソラが、少しだけ、成長することを選んでくれた。
それがアキトには堪らなく嬉しい。優しく髪を梳いて撫でるのを、ソラは目を細めて嬉しそうに受け入れる。
「アキトさん、アキトさんはいますか!?」
「おうミカ。どうした?」
「わぅ?」
親子の時間を堪能しているアキトに声を掛けたのは、『秋風の車輪』受付のミカである。
深刻そうな顔つきで息を切らせているミカに、アキトは何かが起きたと察して表情を引き締める。
「こ、こここここここ」
「こ?」
「古龍が、出現しました!」
~古龍討伐:~
ランク:S
募集人数:一名~
依頼人:魔法学院学長マルクト
報酬: -(クエスト終了時に査定)
『リフェンシル鉱山の地中から突如として九つの頭を持つ巨大な竜が飛び出してきたんだ!
現在は眠っているようだが、王都かスタードット、もしくは別の都市を襲うかもしれない。
足止めに向かった冒険者たちは毒を受けて瀕死の状態だ!
我々は古い文献からその竜を古龍:ヒュドラーと断定した。
頼む! 一刻も早く古龍をどうにかしてくれ!』




