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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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ソラが差し伸べた手




 コハクの身体を借りて語る少女の過去を、ソラは黙って聞いていた。

 口を開けば、勝手に言葉が出てきてしまいそうだから。ぐっと喉に詰まった言葉を飲み込んで、ソラは少女の言葉を聞き続ける。


『お父さんは、私が女の子であること自体を疎んじていました。跡を継ぐのは男であると常に言い張り、使用人や執事にことあるごとに苛立ちをぶつけていました』


 少女の言葉に合わせて、ソラの頭の中に少女の記憶が流れ込んでくる。


 貴族の一人娘として生まれた少女は、生誕と同時に母親を失った。

 失意の父は生粋の男尊女卑だった。

 少女は物心つく前から、父に暴力を振るわれていた。


 幼児の時に騒げばぶたれ、言われたことをこなせなければ叩かれ、痛みに泣き喚けば殴られた。


『痛くて、辛くて、苦しくて。何度も何度も叫んでも、誰も助けてくれなくて』


 人前に出ることもある少女だから、顔や見える部分の肌だけは傷つけられなかった。

 けれど服の下は痣だらけで、少女は常に苛まれていた。

 自分はいつか父に殺される。そう確信していたくらいだ。


 少女が自分に魔法の才能があると気付いたのは、六歳の頃だった。

 たまたま手に入れた魔道書に、心に浮かんだ詠唱を口ずさんで。

 小さな光源を生み出す簡単な魔法だった。

 でもそれは、虐げられてきた少女にとって初めて人に誇れるものだった。


 生み出した光を、少女は父に見せた。

 もしかしたら。

 もしかしたら、褒めてもらえるかもしれない。


 けれど淡い期待は打ち砕かれる。

 「貴族の娘であるお前が暇を持て余してどうする」と。机に縛り付けられ、経済の教科書で頭をぶたれた。

 少女が初めて抱いた父への期待は露と消え、少女から徐々に感情が失われていった。


 父には逆らえない。父に逆らってはいけない。女として生まれたのなら、せめて最低限の礼儀を覚え、いつか立派な婿を取れと。

 自分は父の自己満足を満たすためだけの存在なのだと自覚して。


 十二歳となった少女に父は嬉しそうに縁談を持ってきた。相手は王都で莫大な利益を上げている商人ギルドの若きリーダー。

 これ以上ない縁談だった。先方の受けも良く、少女は初めて父の笑顔を見て。


 ……自分の内に、ドス黒い感情がわき上がっていることに、気付いた。


 そして設けられた縁談の席。何事もなければ順当にこのまま婚約が決まる席で――少女はわざと、縁談を失敗させた。

 当然父は激怒する。激怒のままに少女を殴りつけ、床に張り倒し――花瓶を持ち上げて。


 殺される。


 死にたくない(・・・・・・)


 だから咄嗟に、魔法を使った。簡単な、短文ですぐに詠唱が終わる爆発の魔法。

 魔法の素人が使ったものでも、人を傷つけるのには十分すぎて。

 胸を穿たれた父はそのまま息を引き取った。


『……え?』


 驚かして、退かせるつもりだった。これまでのお返しも込めて、ほんの少しだけ、意趣返しのつもりだった。


『ちが、う。ちがう。ちがう、ちがう、ちがう!』


 骸となった父はいくら揺さぶっても目を覚まさない。

 殺すつもりはなかったのだ。

 こんな魔法で、死んでしまうとは思わなかったのだ。


『いや。いや。いやぁ!?』


 違う、と。自分に必死に言い訳を繰り返す。自分をここまで追い込んだ父へと責任を転嫁する。

 追い詰められていた少女の精神は父の死によって完全に崩壊する。なにをすればいいかも、なにをすべきかも見失って。ただただ少女の心に残ったのは、呪いのように父が言い続けた言葉。


『私が、悪い』


『ごめんなさい』


『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい』


『生まれてごめんなさい。生きててごめんなさい。殺めてごめんなさい。ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん――』


 少女は自分の喉へ向けて、父を殺めた魔法を放った――。


 強すぎた後悔の念は、無人となった屋敷に漂い、たまたま発生したゴーストと混ざり合い、そして、幽霊屋敷が誕生した。

 進入するものを排除する幽霊屋敷へと。

 父を殺したことを悔やむ少女の念が、父が大事にした屋敷を荒らす不届き者を排除するようになった。

 誰もいなくなった屋敷で、少女は泣き続ける。謝り続ける。誰にも言葉は届かない。誰かに聞いて欲しいわけでも無い。

 少女は永遠に苦しみ続ける。全てを拒絶して、ウミガラの屋敷は未来永劫呪われ続ける――。




「大丈夫ですよ」


 そっと、ソラは少女が宿るコハクの身体を抱きしめた。

 コハクを通して、少女に伝わるように。ぎゅ、っと優しく抱きしめる。


「もう、自分を許してください。もし、あなたがそれでも自分を許せないのなら」




「――ボクが、あなたを許します」


 少女を諭すように、ソラは柔らかく微笑んだ。

 理由も告げず、言葉も足らず。でも。でも。


『いいの?』


「はいっ」


 少女はきっと、その言葉を待っていた。自分を許してくれる存在を、待っていた。

 ソラは少女の気持ちを理解している。それは前世の、父に虐待された過去があるから。

 もしかしたら、自分も少女と同じ運命を辿っていたかもしれない。そう思うと胸が張り裂けそうになる。


 少女の過去を知って、ソラは、自分は幸福者だと実感した。

 今ではアキトやアイナ、コハクにしっかりと愛情を注がれて。

 似た過去を持つ自分は、愛情によって救われた。

 そんな自分だからこそ、少女が求める言葉を伝えなくてはならないのだ。


 コハクの身体から力が抜け、倒れそうになったコハクをシロが支えた。コハクの身体から飛び出してきた霊体の少女は、いつの間にかゴーストと完全に分離していた。


 にっこりと微笑む少女に、ソラは手を伸ばして。


「あなたの来世に、神様の祝福を」


『……ありがとう』


 ソラの言葉に少女はゆっくりと消えていく。徐々に薄くなっていく少女を、ソラは見送る。

 気付けば屋敷は静寂さを取り戻していた――が、先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。

 窓からは日が差し込み、割れた窓からは清らかな風が吹き込んでくる。

 鬱屈としていた空気は消え失せ、屋敷にいたはずの大量のゴーストたちは消え去っていた。


「……終わったの、かな」


「バゥ!」


 ソラの言葉にシロが頷くと、背中に横たわっていたコハクが頭から床に滑り落ちた。


「ふべしっ」


「あ」


「ガウ」


「あ、あいたたた……って、ソラちゃん! 無事だったんですか! シロも大丈夫ですか!? 任せてくださいすぐにコハクが全部吹き飛ばしてあげま――」


「もう終わりましたよ」


「……え?」


 意識を取り戻したコハクが周囲を見渡して、明らかに空気が変わった屋敷に戸惑っている。自分が意識を失っている間に何があったのだろうか。

 少し自慢げに、でも少し悲しげにソラは笑う。


「帰りましょう。帰りながら、全部説明しますから」

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