創造魔法の真価。
使ってみて。
試してみて。
ソラはやはり、アキトの言葉は正しいと理解する。
この力は、ソラが考えていた以上に便利で強力で――規格外だ。
この世界での魔法は、詠唱と魔方陣がなくては成り立たない。
そのため魔法使いの大半は自分を守ってくれる人間と仲間になるなり、雇うなりしなければまともにクエストをこなすことが出来ない。
アキトが自己強化以外の魔法をろくに使わずにいるのはまさにそうだろう。
あれほどの魔法の才能に恵まれているアキトでさえ、戦いの場で魔方陣を用意して、足を止め、詠唱を紡ぐ時間は無防備になってしまう。
一瞬の油断が命を落とす戦場では、悠長に待つことなど出来やしない。
コハクはその点を克服することに成功したが、魔道書を抑えられれば他の魔法使いたちとなんら変わりはしない。結局のところ、守ってくれる誰かがいなければ魔法使いは魔法の真価を発揮できない。
だが、この力は。
「曲がって!」
緩慢な動きのゴーストたちは、数だけは非常に多い。
六つの異なる属性が宿った魔法の矢は、ソラの両手の動きに合わせてゴーストたちを追い、貫いていく。
一撃で霧散するゴーストたちがすぐに再生しないように、ソラは一体のゴーストを倒すために三種類の属性の矢を連続で打ち込む。
「バウッ!」
「っ、『プロテクション』!」
シロが吠えると、ソラは咄嗟に防御の魔法を言葉にする。
ソラの言葉に応えて魔法が完成し、背後から襲おうとしてきたゴーストはソラの目の前で不可視のバリアに弾かれた。
「『コピー』、サンダー/ウインド/フレイム・スピア!」
従える六つの矢が、倍になる。言葉のままにソラは自分が生み出した魔法を複製したのだ。
その分操作は難しくなるが、ソラにとっては造作もないことだ。
ソラはさらに魔法をコピーする。
全て六種三本、計十八本の矢が次々にゴーストのみを的確に撃ち抜いていく。
フロアを魔法が駆け巡る中で、ソラは踵を返してシロの背中に飛び乗る。
そしてコハクが連れて行かれた部屋の扉を指差して、シロに向かってさらに魔法を創り出す。
「自己強化:跳躍・加速!」
六年前に、ソラが初めて魔方陣を使って覚えた魔法、アキトがよく使う自己強化の魔法を、シロに向かって付与させる。
アキトのように全ての身体能力を底上げするわけではなく、一部だけを強化する形で。
「シロ、コハクお姉ちゃんを助けに行くよ!」
「バウッ!!!」
ソラが与えた魔法がどのような効果だったのか、シロは知らない。
でもソラの指差す方向にコハクがいることも、ソラが自分を強くしてくれたこともわかっている。
シロは全身のバネを使って跳ぶ。強化されたシロの肉体は、階段を無視して一直線にコハクのいる部屋を目指す。
「ゴーストが!」
「ガァッ!」
空を跳んだシロとソラを塞ぐように、かろうじて残っていたゴーストたちが再び集まり巨人となって立ち塞がる。
「シロ、そのまま突っ込んで!」
ソラの言葉をシロは信じて、体勢を変えることなく巨人目掛けて突進する。
「バリア・プロテクション! 形は――円錐!」
両手を前に突き出したソラがさらに魔法を創り出す。先ほど使った防御のため不可視のバリア。
それをシロの前面に展開して、先端を鋭利に尖らせて。
プロテクションはゴーストの攻撃を全て防ぎ、逆に先端部分によってゴーストの身体を貫いた。
勢いを活かして、シロはそのまま扉に激突する!
老朽化している扉はシロがぶつかっただけでいとも容易く壊れ、木材が吹き飛んでいくのもお構いなしにソラとシロは部屋内に突入する。
「お姉ちゃん!」
「ワウッ!」
部屋の中は、ソラがイメージしていた以上に片付いており、今までの屋敷がなんだったのかと思うほど、埃一つない部屋だった。
「え? え?」
シロから降りたソラは思わず部屋の中を見渡すが、そこにコハクの姿はない。
ここは誰かの寝室だったのだろうか。
天蓋付きのふわふわのベッドには熊やペンギンといった動物のぬいぐるみが寝転がっており、幽霊屋敷とは思えないほどの清潔感に包まれた部屋だ。
「コハクお姉ちゃん、どこにいますかー!?」
「ガウーーーっ!」
部屋の中に誰もいないことを確認すると、ソラは大声をあげてコハクを探す。
想像以上に広い部屋だが、生活感は微塵も感じられない。
……まるで、ここだけ時間が止まったかのような部屋に、ソラは不気味さを感じている。
幽霊への恐怖よりも、違和感からくる不気味さの方が勝っている。一刻も早く部屋から出たいと思うほどの感覚に、気分が悪くなってくる。
「っ!?」
室内を散策しようとしたところで、突然破ったはずの扉が開いた。
入り口を向けば扉は何故か壊れていなかった。扉を開けて出てきたのは。
「……え」
大柄な男だった。無愛想で、何を考えているかもわからない細目の男性だ。
ソラはすぐさま男性が普通の人間ではないことを見抜いた。
男性の身体の至る所がガラス片のように欠けているからだ。
男性は、ソラと同じくらいの少女を連れていた。力任せに腕を引っ張り、痛がる少女を無視して床に放り投げた。
「わ、わ!?」
『やめて! やめて、お父さん!』
少女の声がソラの頭に響いてくる。少女もまた、男性と同じ存在のようだ。
少女は「お父さん」と呼んだ男性から逃げるように地面を這いずる。見れば少女の足には頑丈な鎖が付けられており、その先には重そうな鉄球が転がっていた。
『お前が悪いんだ。お前が、私の言うことを聞かないから!』
『やだ、やだっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ!』
男性が何度も少女の頬を叩き、床に打ち付ける。少女の涙などお構いなしに、男性は少女に暴力を振るい続ける。
――その光景が、ソラの過去を思い出させる。
やめてと叫び、それでもやまない暴力の嵐。優しさの微塵も感じられなかった父親と、されるがままに痛めつけられた過去のソラ。
ソラの目の前で虐待の光景は続けられていく。止めたいと思っても、ソラの足は凍ってしまったように動かない。
『いつもいつも続けられるお父さんからの暴力に、ある日私は罪を犯してしまった』
突如として聞こえてくる声は、ソラにとって馴染みのある声――コハクの声だった。
少女と男性が薄れていくと、そこにはコハクが立っていた。
虚ろな瞳はソラではなく、その先に飾られている肖像画に向けられている。
『失敗ばかりの私に我慢出来なくなったお父さんは、私を殺そうと花瓶を振り上げて』
『そして私は、覚えたての魔法を使ってしまった。その魔法で、お父さんを殺してしまままままままままままま―――――!』
コハクを通して、誰かがソラに何かを伝えようとしている。
苦しくて、悲しくて、辛い思いがソラに伝わってくる。
凍り付いていた両足が動いた。
がくがくと身体を震わせるコハクに駆け寄る。ソラが身体を揺さぶっても、コハクは目を覚まさない。うわごとのように同じ言葉を繰り返すだけだ。
「助けなきゃ。お姉ちゃんも……女の子も!」
コハクは多分、少女に操られている。その少女がどうなってしまったか、ソラは想像するに容易い。
だって――昔の自分と似ているから。父親に逆らえずに、暴力を振るわれ続けていたあのころに。
きっと少女は言葉通りに父親を殺めてしまったのだろう。
そして自分も命尽きて、後悔の念に囚われているのだろう。
「翻訳魔法……お願い、聞かせて」
ソラの魔法は、ソラがイメージ出来ている魔法を現実にする。
昔から使っていた、知らない言葉を交わせるようになる魔法。
それをほんの少し手を加えて、会話できない存在の意思を読み取れるようにする。
『……私は罪を犯しました』
少女の淡々と語られる言葉に、ソラは耳を傾けた――……。




