ソラ、伝説の剣を見つけちゃった。
「いらっしゃ――ってアキトか。お帰り」
「ただいま」
「あーい(ただいまです!)」
『秋風の車輪』に戻ってきたアキトはソラをテーブルに乗せて錆びた剣を引き抜いた。
どうやら丁度良く他の冒険者たちは引き払っているようで、手にいれた剣を見せるには都合がよかった。
相も変わらず錆びたままの剣である。片手剣であるから使い勝手はいいものの、錆びてるわ欠けてるわ見た目の印象は最悪である。
剣を見たアイナもさすがに引いてしまっている。
「そんなぼろっちい剣を買ってきたの? いくらあんたでもそんなんじゃグロードウルフに勝てないでしょう?」
「まあ、この剣がただの錆びた剣ならそうだろうな」
「どういうこと?」
「それは俺にもわからない、っと」
剣の柄を両手で握りしめて魔力を集中させる。普通の人より高い魔力を持っているアキトは、過去に何度か魔具を使用したこともある。
ソラの言葉通り、目を閉じて集中すれば確かに魔力の波動を感じ取れる。でもそれはひどく極小のモノで、アキトでさえも気付けなかった小さな魔力だ。
それを感じられたのだから、ソラの魔法の才能はアキト以上なのだろう。
小さな魔力を見つけて、そこに自分の魔力を繋げるようにイメージする。
魔具とは、魔法とは。自らの身体の中で作られる魔力をスタートボタンとして発動するものだ。
魔法であるならば術式と詠唱によって形を作り、魔力を繋げて事象を引き起こす。
魔具であるならば、魔具の中で眠っている魔力にアクセスして、魔具を目覚めさせる。
「だー!(おとーさん、がんばれー!)」
テーブルの上のソラがアキトを応援する。だが厳しいことに、錆びた剣はアキトの魔力を持ってしても魔具として目覚めない。
感覚は掴めている。だがアキトの魔力でさえも起動するには足りないのだ。
これ以上魔力を捧げてしまえば危険なほどだが、それでもアキトは諦めない。
(だって……ソラが見つけてくれたんだしな)
興味本位かもしれなかっただろうが、それでもソラが見つけた魔具なのだ。
その出会いになにか運命めいたものがあるのかもしれない。この世界に来たばかりのソラが見つけたのだから、そこにはきっと意味があるのかもしれない。
「だー、だー!(ボクの魔力も使えれば……!)」
ソラが踏ん張るアキトを見ながら手を伸ばす。よろけてしまえばテーブルから落ちてしまうのに、それでも構わないとばかりにソラは身を乗り出した。
魔力を注ぎすぎて身体をよろけさせたアキトがテーブルに近づき、そこにソラの手が触れた。
パリン。
まるでガラスが砕けるような音と共に、錆びた刀身の罅がさらに広がっていく。
「こ、れは……っ」
「あうー?(ボクの魔力が、繋がった?)」
ピシピシと、刀身が内側から光を漏らしていく。罅はさらに広がっていき、刀身だけではなく柄にまで、そして剣全体に広がっていく。
まるで外装が剥がれるかのように、錆の全てがはじけ飛ぶ!
中から出てきたのは、青色を美しく輝かせる剣。水色の刀身はまるで湖のように落ち着いた色合いをしており、純白の鍔には藍色の宝石が埋め込まれている。
刀身には汚れ一つ付いていない。とても先ほどまで錆びていたとは思えないほどまばゆい輝きを見せている。
自身の存在を主張するかのように、煌めく刀身はどこか神々しさを感じさせる。
「あー……(……神様と似た雰囲気を感じます)」
「そうなのか?」
「あい(間違いないです。この剣、ただの魔具って奴じゃなさそうです)」
煌めく剣を見つめるソラも、剣を掲げているアキトも、一部始終を見守っていたアイナもミカも剣のあまりの美しさに見とれてしまっていた。
こんな美しい剣がこの世に存在していたのかと思ってしまうほど、美しい剣だった。
「ま、待って待ってその剣! 確か図鑑で見たことあるわ!」
その剣がなんであるかを思い出したアイナが慌てて受付の奥に飛び込んでいく。息を切らせて出てきたアイナが抱えていたのは分厚い本。
伝説や神話の武器について書かれた図鑑である。
アイナが勢いよくページを捲り、あるページで身体を硬直させる。剣と図鑑を何度も目で往復して、身体を震わせながら図鑑を広げた。
「伝説の……王の武器……エクスカリバー……っ!?」
「あい!(ボクの世界でも聞いたことがあります! なんかすごいビーム撃てる剣ですよね!)」
ソラの言葉が真実かはわからないが、図鑑に載っているエクスカリバーとこの剣は確かに酷似している。
いや、似ているってものではない。
似ていると言ってしまえば失言であるかと思わせるほど、それがエクスカリバーだと告げられて、アキトは憑き物が落ちたようにすっきりした表情になった。
「いや……本物だ。これは、本物のエクスカリバーだ」
言葉にすれば心が晴れ渡る。
その言葉に反応して刀身に光が走る。
まるで目覚めることを待っているかのようだった。
アキトはエクスカリバーを軽く振るうと、想像以上に軽やかだった。先ほどまで感じていた剣の重さは微塵も感じられない。
アキトは全身に力が漲るのを感じた。エクスカリバーの力なのだろうか、それとも緊張から解き放たれたからか。
「あー!(これでおとーさんのクエストが楽になりますね!)」
「っはは。そうだな」
見つけたのはソラであるし、最後に魔力を繋げて解放させたのもソラだというのに。
それでもソラはアキトのためになったと喜んでいる。アキトの役に立てたと喜んでいる。
自分のことのように喜んでくれるソラに、アキトの心に暖かい感情がわき上がってくる。
思わずアキトはソラを抱きしめて頭を撫でた。
ソラの想いに応えるように、小さな身体を優しく抱きしめる。
「ありがとな、ソラ」
「きゃきゃっ!(おとーさんが喜んでくれてボクも嬉しいです!)」
(この子を守ろう。この子を育てて、この剣を譲ろう。それまでは、俺がソラを守るっ!)
笑顔のソラはひまわりのような明るい笑顔でアキトに甘えてくる。
親となる決意を胸に秘めたアキトはもう一度ソラを撫でた。