大切な贈り物を。
「うぅ。おとうさーん。お父さぁ~~~~~ん……」
「ほ、ほらソラちゃん。コハクがぎゅってしてあげますから、ね?」
「ぷいっ」
「がーんっ」
『秋風の車輪』で寂しがるソラをコハクがなだめる。が、アキトがいない寂しさをコハクが癒やせるわけがない。
ソラ自身もここまで不安に襲われるとは思ってもいなかった。
アキトは今『秋風の車輪』にはいない。ましてやスタードットの街にもいない。
食堂にはアイナの姿もなく、スタッフたちで食堂も宿屋も運営されている。
営業自体に滞りはないのだが、酒を飲む男性たちは自然と目でアイナを探しているくらいだ。
何故二人がいないのか。どうしてソラとコハクだけが残されているのか。
その答えは実に簡単なものである。
アキトとアイナは今、共和国へ旅行に赴いているのだ。
そしてソラは、自ら望んで『秋風の車輪』に残ることを選んだ。
そう。アキトとアイナの新婚旅行である。
晴れてめでたく結ばれた二人だが、結婚式も旅行もしなくていいと普段通りの生活を続けていた。
確かに二人の間の空気は以前より優しく甘味が増し、仲間から夫婦になったことは感じられるのだが。
ソラからすればもっと夫婦らしいことをしてもいいのではないか、とそんなことばかり考えていた。
そんな矢先に旅行をプレゼントしたのは、ユリアーナだ。
ナユタの挑戦を受けてくれたことと、勝利を祝うためのプレゼント、という名目で。
ユリアーナもナユタも二人を祝福する思いは確かにあったのだろう。
旅行の話を持ちかけられた時も、ナユタのあまりのしおらしさにアキトが異様に疑ってしまうほどだった。
アキトとアイナも、ユリアーナからのプレゼントを快く受け取った。
祝福してもらえたことがよっぽど嬉しかったのだろう。アイナなんか思わずユリアーナを抱きしめ、泣いてしまうほどだった。
もちろん二人ともソラを連れていくつもりだった。ソラと、コハクと、そしてシロも。
アキトにとって家族である大切な人たちを連れていくはずだったのだが、ソラは敢えて残ると言いだしたのだ。
『だって新婚旅行ですよ? 二人の大切な思い出になるんですから。たまにはボク抜きでいちゃいちゃしてきてください!』
アキトの幸せを誰よりも(アイナを除いて)望んでいるからこそ出てきた言葉だ。
今までならアキトと離れてしまうことを嫌がって無理にでも付いていこうとした。
けれど不思議なあの夢を見てから、ソラはより強くアキトの幸福を望んだ。
いつもアキトに負担を掛けてしまっているから、たまにはアイナと二人で羽を伸ばしてきて欲しい。
そんなソラの想いを断り切れず、アキトもアイナも渋々承諾した。
五泊六日の新婚旅行は、共和国にある秘湯巡りの旅だ。アキトの身体に蓄積してる疲労のことも配慮しての選択なのだろう。
出立の朝、ソラと離れることを惜しむアキトとアイナの背中をソラは強引に押した。
二人の影が見えなくなるくらいまで、ずっと手を振って見送った。
二人がスタードットの街から竜車に乗って出立して、そしてソラは急速に不安に襲われたのだ。
この街に、自分の傍に大好きな父親がいない。それはソラの想像以上にソラを苛ませる。
寂しくて、怖くて、不安になる。
自分で送り出したのに、どうして傍にいてくれないのかと寂しくて寂しくて寂しくて泣き出してしまった。
「わぅ。わぅー!」
「ほ、ほーらソラちゃん! 新発売の魔道書ですよー!」
「わ……わぅー!」
「あわわわわ」
コハクが用意しておいた魔道書に一瞬だけ反応するも、すぐに泣き声をあげてしまう。
ソラもわかっているのだ。アキトの幸せを考えれば、ここはしっかり我慢するべき時だということくらい。
でも、それでも不安は押し寄せてくるのだ。
「わぅわぅ……」
「バウッ!」
「うぉ、シロ~っ」
止まらない涙をシロに押しつけて、強引に涙を止める。寂しいけど、悲しいわけではない。
約一週間だ。それを我慢すれば、またアキトに思いっきり甘えられるのだ。
シロの上に飛び乗って、ぐしぐしと瞼を擦って涙を拭う。
「……寂しいよぉ」
「コハクがいますから! コハクに甘えてください! 泣かないでください!」
「わぅっ」
不安に押しつぶされそうになったソラをコハクが強く抱きしめる。
きっとコハクにはソラの寂しさがわかるのだろう。ずっと一緒にアキトと育ったコハクだからこそ。
「……ごめんなさい。コハクお姉ちゃん」
「いいんですよー。ソラちゃんはコハクにとって可愛い姪っ子なのですから」
えへへ、と笑うコハクにつられてソラも微笑む。コハクの暖かさに触れて、ようやく涙が止まった。
シロの上で寝転がりながら、アキトがいない六日間をどう過ごすか思案することにする。
「コハクお姉ちゃんはどうするの?」
「……実はコハク、兄さんと姉さんに何かお祝いの品をあげられないか考えていたのです」
「コハクお姉ちゃんも?」
「ええ。ユリアちゃんに先を越されてしまったので、旅行以外の何かを贈ろうと思ってて」
「ボクも! ボクもお手伝いしたいです!」
アキトの幸福を望んでいるソラにとって、コハクの言葉は実に魅力的なものだった。
アキトが、アイナが喜んでくれるモノを贈りたい。贈って喜んで欲しい。
ソラの心の中にふつふつと湧いてくる暖かな感情。大好きな二人のために、自分も何かを贈りたい。
「はい。じゃあ一緒に考えましょうか」
「わぅー!」
「バウッ!」
ソラの言葉に、自分も混ぜろと言わんばかりにシロも吠えた。
「わかってますよー。シロちゃんも大事な家族ですからねっ!」
ソラとシロを連れて『秋風の車輪』の、普段から使っている境界のテーブルに陣取ったコハクは十数枚の紙を広げた。
そのどれもが冒険者ギルドに貼られているクエストだ。中にはスタードットで手に入るモノが書かれたカタログもあるが、コハクの興味はクエストの方にあるようだ。
「兄さんたちは新婚ですからね。それを祝福できるものが望ましいのですが」
「結婚……結婚……」
ソラは自分が転生者であることを活かすことにした。この世界にあるかどうかはわからないが、自分の中にある結婚に関しての知識を総動員させる。
結婚式はあるようだ。だが、アキトもアイナも式を挙げるつもりがないようだ。
理由は聞かなかった。挙げてほしいと思ってはいるが、それは二人が決めることだから。
だから、結婚の証として残るものがいいと思った。
「……指輪! 指輪なんてどうですか!」
「婚約指輪ですか。……あぁ、とっても素晴らしいと思いますよ」
コハクの言葉に、この世界にも夫婦の証である指輪の存在があることを確認する。
「兄さんは無頓着だから気にしてなかったと思いますけど、姉さんは凄く喜びそうですね」
「ですよね!」
指輪を贈ることに決めたソラは、真っ先にカタログを見た。けれどもスタードットの街には宝石を売買する店はあっても加工までする店はないようで、ソラの琴線に触れるものはなにもなかった。
次にコハクが持ってきたクエストを総ざらいする。なにかないか、いや、あるはずだ。
「ソラちゃん、これなんてどうですか?」
「こ、これ……!?」
コハクが見つけたクエストは、まさしくソラが望んだものだった。
~宝石採取の依頼~
ランク:D
募集人数:一名~
依頼人:鉱石ギルド『ジュエルズ』加工職人・レダン
報酬:3000ゴールド
『王都の貴族から大量に宝石の買い付けがあったんだが、店の在庫じゃ足りないことが判明した!
鉱山に直接採掘に行こうとしたが、量が量でとにかく人手が欲しい!
女子供でも構わない! 気にいった鉱石があれば俺が加工もしてやるから、頼む。手伝ってくれ!』




