リンクする光景
「そして物語は交わった。転生者と英雄が出会い、幼き転生者に道を指し示す……」
此処ではない何処か。遙か彼方の地にて銀の少女が笑う。
異なる世界。異なる次元。何処までも続く青い世界の中に浮かぶ廃墟の中で、赤目の少女は笑顔の花を開かせた。
「これでいいんだよね、ダーリン!」
誰もいない虚空に向かって言葉を投げる。当然その言葉に帰ってくる言葉はなく、投げられた言葉は空しく虚空に霧散する。
「ボロちゃんが転生させたナユタとー。ワタシが転生させたソラ。ちょっとの悪戯でちゃんと出会った。くふふ。くふふーっ!」
真っ白なワンピースが風に揺れる。誰に見られるわけでもないからか、どこか開放的な少女は裾がめくれてしまうのも構わない。
少女の名は、イブ。
アダム、そしてウロボロスと共に神によって造られた、代行者である。
その役目は、人類の観測。世界を見守るウロボロスとも、人類を守護するアダムとも違う――ただただ傍観するだけの存在。
「で、ボロちゃんが目を付けたあのアキトってなんなんだろうねー。転生者じゃないし、神様の加護でもないみたいだし」
うんうんと腕を組んで頷きながら、イブの目つきがすっと細められる。
鋭い目つきは虚空を睨む。するとどうだろう。なにもなかった虚空に、突如として映像がいくつも浮かび上がるではないか。
「アキト・アカツキ。ニロランヴァーラの街でシスター・アジッテに拾われる」
「シスター・アジッテの指導の元、類い希なる剣と魔法の才能を見出される」
「人見知りのコハクとの出会い。強さを求めたアイナとの出会い。彼女たちとの交流」
浮かび上がった映像は、これまでのアキトの人生である。
出会いと別れ。冒険者となり、どのようなクエストをこなしてきたか。
「そして、ボロちゃんと出会い、冒険者をやめる」
「その三年後、ワタシが転生させたソラと巡り会う」
それはまったくの偶然だった。イブはその時からアキトの存在は知ってはいたが、イブの意思でソラとアキトを引き合わせたわけではない。
ソラはあくまでソラの条件が満たされる人間の元にランダムで送り届けられた。
だから、ソラとアキトの出会いは必然ではなかった。
だが、こうして出会い、再びアキトが冒険者に戻ったことで、イブの興味は転生させたソラよりもアキトに移ることとなった。
「あー! わっからない! おっもしろーい!!!」
きゃはは、と笑うイブは幼い見た目と相まって無邪気なものだ。
先ほどまでの得体の知れない目つきとは違う、有り得ないモノに出会えたからこそ知ってしまった好奇心。
「世界の観測者たるワタシが知らない人間! それじゃあ答えは一つしかないよねー!」
コロコロと表情を激しく変えるイブは、明らかに愉しんでいる。アキトという人間を観察して、愉しんでいる。
ギョロリと空を睨んだ。何もない空を。何処にも続かない空を。
此処は異次元。
此処は異空間。
如何なる方法を用いても、この世界に住まうイブは向こうの世界に自らが干渉することは出来ない。
「ダーリンも知らないだろうし、ボロちゃんは気付いてないみたいだけどさー」
あは、とイブは口元を歪ませる。
「観測者であるワタシの目は誤魔化せないのだー。くふふー。くふふーっ!」
ぴょんぴょんと跳ね回るイブは、まるで新たな玩具でも見つけたかのように邪悪な笑みを浮かべて。
悔しそうに地団駄を踏んだ。
「でもワタシここから出れないじゃん! ボロちゃんずっるーい!」
………
……
…
不思議な夢からソラは目覚めた。自分がいない夢を見た。
自分ではない、かつて自分を転生させた存在――イブの夢を見た。
此処じゃない何処かで、退屈そうに笑っている小さな女の子の夢を。
「うにゅうにゅ……」
自分のことではないのに、まるで自分のことのように心が少し苦しくて。
イブはあの世界から出ることが出来ないのだろう。
それではまるで牢獄だ。
「わぅ……」
寂しくなって、腕枕をしてくれているアキトの身体にしがみつく。大好きな父親の匂いに包まれると寂しかった心がぽかぽかとあたたかくなっていくのだ。
眠りながらでも、アキトは自然とソラを抱きしめる。それがまたソラには嬉しくて。
何度も何度も毎日のように繰り返しても、必ずアキトはソラを抱きしめてくれる。
変な夢を見てしまったせいで、妙に不安に駆られてしまう。
大好きな父は、天上の存在に目を付けられている。
それは必ずしも幸福な結果にはならないだろう。
アキトの語るウロボロスの像も、夢で見たイブの像も、「人のための神」からかけ離れているから。
「……ボクがお父さんを守ります。お父さんの幸せは、ボクが守ります」
それが自分に出来る恩返し。育ててくれて、愛情をくれて、幸せをくれたアキトに返せることだから。
力が欲しい、とは思っても、そこに焦りはない。焦れば焦るだけ、アキトが望まぬ未来に進んでしまうような気がするから。
アキトを守り、アキトが笑顔でいられるように。
だから今は、焦らなくていい。ソラはまだまだ幼いから、アキトもそれを望まない。
今は。
「ボク、頑張ります」
時間はないかもしれない。でも、アキトのために。
ソラは自分の力と向き合う必要性を、ひしひしと感じていた――。




