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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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人の為の英雄。我が為の渇望。




 アキトは初撃で意識を奪える力を込めて木刀を振るう。

 けれどもその一刀をナユタは軽々と回避してみせる。脳天を薙ぎ払おうとした一撃は、ナユタが咄嗟に身をかがめて空を切った。


「おせぇ!」


(三式に対応できるのか……ならば)


 三式によるアキトの速度は常人でかろうじて見える速度、Aランク冒険者であれば目で追うことも可能ではある。が、並のAランクでは身体が追いつかない。思考が追いつかないのが大半である。

 だからこそナユタ以外の冒険者たちを圧倒したし、ナユタも一撃で済むと考えていたのだが。

 少しだけナユタを見直す。口だけではないと。

 だからこそ余計に、Sランクへ昇格させるわけにはいかない。

 実力があるとしても、足りないモノに気付かないのであれば、アキトはナユタを認めない。


 空を切ったアキトに向けてナユタは反撃に出る。何も握っていない手をアキトに向かって突き出すと、いつの間にか空手には剣が握られ切っ先がアキトを襲う。


「っ!」


「だー! 避けるなぁ!」


「……バカかお前?」


 確かに常人であれば躱せない一撃だったかもしれない。虚を突いた一撃は、確かにアキトの眉間を貫こうとしていた。

 けれどもアキトの強化された反応速度は普通では追えない速度にも対応できる。刺突が眉間に突き刺さるよりも早く上体を捻り回避してみせる。


「くそ、じゃあこれなら――」


 ナユタが握っていた剣が消える。文字通り、消えた。空間に溶け込んだわけでもなく、ただただ忽然と消え失せた。次いで振り下ろされる左手に、消えた剣がいつの間にか握られていた。


「奇術師かお前は!」


「『見えざる終わり(バニシング・エンド)』だよ!」


 これがナユタが神から得た力なのだろうか。アキトは思考を巡らせながらナユタの消えては現れる不可思議な剣を弾いていく。決して対応できない速さではない。

 いや、消して出現する速度を考えれば通常の剣戟よりもやや遅いくらいだ。完全に相手の虚を突くための攻撃なのだろう。

 けれど『突然剣が現れる』ことを前提にして動けば対応は容易である。

 ナユタの一挙手一投足全てに気を配り、剣が現れた際のリーチを考慮して間合いを取れば恐るるに足らない。


 ナユタもアキトがすでに対応していることをわかっているのだろう。決定打にもならないことを考慮して一旦後ろへ跳び距離を取る。


「……転生者ってのは皆そういう魔法みたいな事を使うのか?」


「知るかよ。俺以外に転生者なんか見たことねーし」


「そうか」


 ナユタの『見えざる終わり(バニシング・エンド)』は魔法でやろうと思えば可能な芸当だ。剣を見えなくし、持ち替えることくらい魔法を用いれば造作もない。

 けれど魔法を使うのであれば魔方陣も詠唱も必要であるし、何より無駄が多い。

 そう考えれば、ナユタの力は確かに初見殺しとして非常に有効だが。


「……その程度じゃ、アイツに届かないんだよ」


「あ?」


 戦いながらアキトの思考は竜王のことを思い出す。いくらナユタがどれだけ強かろうが、竜王と比べれば取るに足らない。自己強化(エンチャント)・一式を用いても越えられなかった竜王を。激しく昂揚したあの戦いを――!


「なあ、ナユタ。お前は本当に一番になりたいためだけにSランクを目指すのか?」


「応ともよ!」


「そこから先に、目標はないのか?」


「ねえよ。俺は一番になれればそれでいい。誰よりも強ければ、それでいい!」


「――それじゃダメなんだよ。人は一人じゃ生きていけない」


 幼い頃の自分がまさにそうだった。アイナとコハクと過ごす内に、それを当たり前だと思い、自分が変わってしまうことに恐怖したあのころ。

 逃げ出して、アイナの言葉に救われたあのころ。

 変わらない。変わらなくていい。変わってしまっても、アキトはアキトだと――大切な、愛するアイナに言われた言葉。


 あの時からずっと、アキトは一人じゃない。アキトを想ってくれる人がいる。アキトが思える人がいる。逃げ出しても、帰りを待ってくれる人がいた。大切な家族。愛する人。


「うるせえ! どうせ誰も助けてくれない。誰もが味方を蹴落とすことしか考えてない! 俺はそんな世界で育ったんだよ!」


「この世界は違うだろうがっ!」


 消失しては現れる剣と木刀の打ち合いは十合を越えた。激しい応酬に地に伏した冒険者たちは見えざる戦いを眺めることしか出来ない。

 方やSランク、英雄アキト・アカツキ。古龍を討ち、人の限界を超えているとも噂される者。

 方や新進気鋭のAランク、シンドウ・ナユタ。異国からの来訪者であり、誰よりも早くSランクへの昇格を目前に控えた、次代の英雄と噂される者。

 両者の戦いはもはやAランクの冒険者ではついて行けない領域に達していた。

 打ち合い、薙ぎ払い、屈み、受け止め、弾いて――。


 伝えるべき言葉は伝えた。ナユタはその言葉を受け入れないだけ。

 きっと、おそらく。ナユタもその思いには気付いているのだろう。アキトの言葉に好くなからず思うところがあるのだろう。

 それでもナユタは止まらない。

 転生する前の世界で、誰もナユタの手を取ってくれなかったから。


 さらに五合打ち合って、アキトとナユタは一旦距離を取った。呼吸が乱れているナユタに対してアキトは一切乱れていない。

 驚嘆と共に、底知れぬアキトの実力に思わず膝が震えた。

 ナユタは楽しいとは思わなかった。ただ、目の前にいるアキトが邪魔でしょうがなかった。

 アキトとナユタは違う。戦いに享楽を見出すアキトとは違う。

 ナユタは誰よりも力に飢えている。敵を圧倒して、ひれ伏せさせたい。どんな人からも敬われたい。


 着かない決着に痺れを切らしたのは、ナユタだった。

 消える剣を両手で握りしめ、大地に突き刺す。

 突き刺さった先端から地面に広がるは魔方陣。しかしアキトの見たことのない、得たいのしれない魔力を感じさせる魔方陣だ。

 ――違う。アキトはこの感覚を知っている。辺り一帯に敵味方関係なく恐怖を振りまくこの感覚は――。


「負けない。負けるものか。英雄がなんだ。俺の力は、神様から与えられた、竜の力だ!!!」


「っ!? お前、まさか!」


「『擬装竜牙・永遠アーマーゲイン・ウロボロス』ッ!」


 そして転生者は変質する。


 ――竜人へと。

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