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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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英雄VS転生者




 開始の鐘と共に冒険者たちは駆け出した――。

 草原を掛けるアキトとアイナを前にして、冒険者たちは総勢五十の軍勢を三つにわけた。

 十がアイナへ狙いを定め地面を蹴る。十がコハクを狙いアキトたちを大きく避ける。

 残った三十が、アキトを狙う。


 呆れるほどの戦力差。多勢に無勢とはまさにこのことだろう。敵は知性なき獣ではなく、知恵を持ち策を弄する手練れ中の手練れ達。一騎当千の覇者である英雄アキト・アカツキを確実に討つために、彼らは知識を総動員させ知恵を絞る。


 冒険者たちの集団を前にしても、アキトは怯むどころか苛烈さを増す。握りしめた木刀に力を込め、アキトの詠唱に刀身に刻んだ円陣が光を発す。


「奮い立て。自己強化(エンチャント)・三式!」


 本来であれば、Aランクの冒険者たちを相手にするのであれば自己強化(エンチャント)の出力は五式、いや、出しても四式で十分だ。

 けれどもアキトは三式まで出力を高めることにした。

 その目的は――。


「俺こそはシスコードと二つ名を得たダイキ、いざ尋常に――」

「アキト・アカツキ! 今日ここで貴様を倒し、私が優れていることを証明――」

「Sランクなんかどうでもいいんだよ! お前が前からきら――」



「邪魔」


 ――圧倒するためだ。

 戦いに享楽を求めるアキトといえども、この戦いにそれを求めてはいない。

 Sランクを目指すことも、アキトを討ったという箔が欲しい者がいることも関係ない。

 アキトはただ単純に、自分を越えた程度でSランクになれると思い込んでいる者たちに現実を見せつけるだけだ。

 強化された木刀の一振りで一人の冒険者が吹き飛ぶ。なにしろ木刀だ。酷い傷は負わないし、アキトも狙う部位には気を付けている。

 木刀を振るえばそれだけで一人、また一人と冒険者が脱落していく。

 三人同時に襲われても、努めて冷静に一歩退き剣を躱す。

 空振り体勢を崩した冒険者の頭目掛けて回し蹴りを放って昏倒させ、圧倒された冒険者を木刀と拳で意識を奪う。


「どうした。その程度か! その程度で俺を討てると思っているのか!」


 意識を失った冒険者を踏みつけて、残された二十余名の冒険者たちへ怒気を込めて告げる。

 怯んだ冒険者たちは逃げることだけはしなかった。

 アキトはそれだけは評価して――冒険者たちを次々に打ち倒していく。

 放たれる魔法をすんでの所で踏み止まって回避して、向けられる槍の刺突を薄皮一枚の距離で躱してみせる。

 そのどれもが自己強化(エンチャント)によって強化された肉体だからこそ出来る芸当であり、相手をする冒険者からすれば信じられないことだろう。

 集団でアキトを襲うからこそ、同士討ちを畏れて下手に至近距離で攻撃出来ないのも冒険者たちの判断ミスだ。

 普段のクエストであれば似たようなポジションの冒険者とは組まず、パーティーで役割を決めて挑むからこそ失念していたのだろう。


「何でだ! 何で当たらない!」


「遅いからだろっ!」


「がふっ……!」


 繰り返し連発されるファイアー・ボールを次々にかわし、一人を脱落させる。

 その冒険者を守ろうと盾を構えた冒険者を、木刀の一閃で盾を吹き飛ばし空いた顔面に拳をぶち込む。

 背中を見せたアキトに襲いかかった冒険者へ、たったいま意識を失った冒険者を投げつけ、バランスを崩したところへ拳で追撃する。


 あぁ、弱い。

 あまりにも、弱い。


 アキトの思考が後悔に満ちる。圧倒するために、わからせるために選んだ三式ではある。

 だからこそ、つまらない。戦いに享楽を求めるからこそ、自分が選んだこととはいえ、あまりにも圧倒できてしまうAランクの冒険者たちが情けなくてしょうがない。


 あっという間に冒険者たちの数は十人を切った。一番奥でアキトを睨むように見つめるナユタを発見して、アキトは思わずナユタを指差した。

 それでもアキトに挑もうと武器を振り上げた冒険者たちが、足を止める。


「ナユタ、お前が来い。こいつらじゃ俺を消耗させることすら出来ないぞ?」


「……っち。さすが英雄と言われるだけはある」


 わざわざ名指しをされれば、ナユタも動かないわけにはいかない。

 アキトを越えたいと考えている冒険者たちが意外と多かったナユタが選んだ戦法は、物量に任せてアキトを消耗させることだった。

 予想外だったのは、アキトにとって冒険者たちは障害にすらならず、消耗させることも出来なかったことだ。

 ナユタの目論見に気付いた冒険者も中にはいる。それでも彼らが先駆けとしてアキトへ挑んだのは、ひとえにプライドだろう。

 勝てるかもわからないならば、せめて誰か一人が越えるために、その力添えが出来るか。


 我の強い冒険者たちにとって、珍しい共同戦線であった。自分たちでは勝てなくても、誰かが、ナユタであればアキトに勝てるかもしれないから。


 けれども。

 ハッキリと言葉にされてショックを受けないわけではない。

 消耗させることすら出来ない。

 それは、アキトに目も向けてもらえないことと同じだ。

 『秋風の車輪』でクエストを受けていれば必然と聞こえてくるアキトの噂。どれほどの強さか知りたくて、軽々とクリアしたクエストを調べて呆然として。


 あまりにも苛烈で鮮烈で圧倒的なアキトは、そもそも同じ土俵にすら立てなかった。

 失意の冒険者が武器を落とした。挑んだことの愚かしさを理解して、武器を放り投げる者もいた。


「……今武器を落とした奴と、最初に捨て駒同然の覚悟で俺に挑んだ奴らに言っておく」


 武器を捨てた冒険者は敵ではない。敵にすら、ならなかった。

 だからこそアキトは、そんな彼らに失望して、冷たい事実を告げる。


「俺程度を相手にして心が折れたのであれば、お前たちははなから冒険者の素質すらない。苦難も、困難も、それらを乗り越えて栄光を掴む意思がないのであれば! この広大な世界に挑む冒険者になることすら烏滸がましい!」


 それでも彼らは武器を拾わない。一瞬の攻防にもならないやり取りで、アキトとの壁を感じてしまったから。


「俺は違う。俺はアンタを越える。アンタを越えて、俺がナンバーワンになる」


「そしてお前は、頂点に立って何がしたい。シンドウ・ナユタ!」


 事の発起人であるナユタはアキトの言葉に屈することなく二振りの剣を握りしめて対峙する。アキトの問いに、ナユタは笑う。


「そんなことどうでもいい。一番になれればそれでいい。一番になることが、俺の目的だっ!」


「……くだらない。お前では『天使の涙』を手に入れることも、俺に勝つことも出来やしない!」


「出来るさ! 俺は無力な人間じゃない。誰にも負けない、誰よりも強い冒険者だ! そうであれと、俺に力を与えた神が告げたんだ!!!」


「……神、だと?」


 ナユタの言葉にアキトはピタリと動きを止める。瞬時に思考はソラのことが浮かび上がり、ソラと出会ったばかりのころを思い出す。


「なるほど。お前――転生者か!」


 それならば多少は楽しめるかもしれないと、アキトは表情を歪ませて。

 英雄と呼ばれた男は、転生者である男目掛けて切っ先を向ける。


「シンドウ・ナユタ。今、英雄を越えさせて貰う!」


「出来るか、転生者!」


 そして両者は、地を蹴った――。

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