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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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開 戦




「アキトさん、もうそろそろ開始の時刻となりますが、よろしいですか?」


「大丈夫だ」


「ボクはここからシロと一緒に応援してますね!」


「そうだな。ソラの応援があればいくらでも頑張れそうだっ!」


「わぅ~っ!」


 くしゃくしゃと撫でるとソラは気持ちよさそうに目を細める。さらさらの髪は絹のような手触りでついつい手で髪を梳いてしまう。指先で髪の毛を弄っていると、ソラは嬉しそうに頬ずりしてくる。

 子犬のように甘えてくるソラの可愛さについ戦いの前であることを忘れて愛でることを優先してしまうのは、それはすっかりアキトが父として成長したからだ。


「すりすり~」


「よしよし」


 放っておけば何時間でもソラを愛でるだろう。そんなアキトの首根っこをアイナが引っ張る。


「アキト」


「っとっと。悪い、時間か」


「……ソラちゃんばっかりじゃなくて、私も……してよ」


「アイナっ!!!」


 ほんのりと頬を紅潮させたアイナのヤキモチにアキトは堪らずアイナを抱きしめる。

 ソラのようにわしゃわしゃと撫でるのではなく、ぎゅっと抱きしめて優しく頭を撫でる。顎をくすぐり、身を捩るアイナが逃げてしまわないようにもう少しだけ抱く力を強くする。


「バカップルいい加減にしてください。イチャつくなら二人っきりの時にしやがれです」


 放っておけばキスにまでもつれ込みそうな二人をコハクが止める。ここにはユリアーナもソラもいるのだ。教育的観点からも二人の行為を見過ごすわけにはいかない。

 仲がいいのは構わないのだが、アキトを兄以上に一人の男性として慕っていたコハクからいわせれば拷問に近い。

 アイナに託したとはいえ想いが消えるわけではない。抱えていくことを決めたとしても見せつけられては敵わない。

 だからせめて、目の前でいちゃつかれるのだけは妨害する。


 コハクに諫められたアキトはアイナを放す。いつものヘタレなアイナはどこにいったのか、アキトと離れるのを惜しんで耳を垂らしてしまう。それがまた普段のアイナとのギャップとなりアキトの心を掴む。

 抱きしめようと思ったが、コハクの視線が厳しいので今夜にすることにして、アキトはユリアーナに視線を投げる。


「あはは……。アキトさんがよろしければ、すぐにでも開戦の合図を上げますが」


「そうだな。ああ、いつでもいいよ」


 もとより準備は終わっていたのだ。相手を傷つけるわけではないからエクスカリバーを使うわけにもいかず、急だったので模擬戦用の木刀を用意してもらった。

 Aランクの冒険者たちは各々の武器を用意すると伝えられている。アキトがエクスカリバーを使うことを禁じられているわけではないのだが、アキトは頑なにエクスカリバーを使うことを拒んだ。

 この戦いは殺し合うものではないのだから、と。


「しかしこの三人で戦うのも久しぶりよねー。九年ぶりよ」


「姉さんは鈍ってないですよね?」


「冗談。毎日仕事しながらきっちりトレーニングだってしてたわよ」


「それなら兄さんの足を引っ張ったりしないですね」


「何を言っているコハク。アイナは俺が守る。もちろんお前も守る。お前ら二人とも俺の大事な家族なんだ。足を引っ張る引っ張らない以前に俺が守ると決めている」


 戦いを前に語り合うアイナとコハクの間にアキトが割り込む。優しい顔つきだが、その言葉にはしっかりとした決意が込められている。

 大好きなアイナと、大切な妹であるコハクを守る。それはアキトが自分自身に誓っていること。


 アイナはアキトの心を守ってくれる。

 だからアキトは、全てを賭してでもアイナを守る。


「ってあれアイナ、武器はどうした?」


「要らないわよ」


「要らないって……」


 木刀のアキト、魔道書を四冊抱えたコハクはともかくアイナは武器と呼べるものを何一つ持っていなかった。防具らしい防具も多少の魔法が付与さえたノースリーブのシャツとズボンだけであり、動きやすさを重視した格好となっている。

 かつて共にパーティーを組んでいる間、アイナは手甲にかぎ爪を取り付けたものを使っていた。


「魔物を狩るわけじゃないんだから身体一つあれば十分よ。私だって自己強化(エンチャント)は使えるんだしコハクのサポートもあるんだし」


「……まあ、ピンチになったら俺が駆けつけるしな」


「嬉しいけど、アキトはちゃんと目の前の相手を見て。私に気を取られて負けたとか、そんなのは許さないわよ?」


「わかったよ」


 アイナの実力を知っているからこそ、不安はあれど信頼はしている。そう簡単にAランクの冒険者には負けない実力者だ。

 それに、アイナは『天使の涙を手に入れろ』への挑戦権を得ている。それだけの功績を重ね、実力がギルドに認められている証拠だ。

 いかにAランク冒険者といえど、ギルドに認められて挑戦権を手に入れたのは数少ない。時には失敗し、Sランクが生まれない年もあるくらいだ。

 アイナならば、『天使の涙』を手に入れることが出来るとアキトは確信している。それだけの実力を、アイナは持っている。


「俺は集まってくる奴を振り払いながらナユタを目指す。アイナとコハクは好きに動いてくれ」


「わかったわ」


「わかりました」


 陣地から出て、戦場となる草原を見渡す。柔らかな風はすぐさま戦場の熱気に歪められるだろう。

 意識を引き締める。相手は総勢五十のAランク冒険者。名を国中に広めている者すらいる、決して楽な集団ではない。

 その大将たるは、わずかの間に『天使の涙を手に入れろ』にまで至った新進気鋭の冒険者、シンドウ・ナユタ。

 どれほどの実力か、どのような特性であるかもアキトは知らない。

 けれどもそのような困難はこれまでに何度も乗り越えてきた。

 古龍ファフニール。ディアントクリスの討伐。それらには及ばずとも、戦場(いくさば)で何度命のやり取りを繰り返してきたか。


『それではこれより、冒険者ギルド主催の模擬戦を開始の合図をさせていただきます』


 草原に魔法によって拡散されたユリアーナの澄んだ声が響く。

 ナユタ側の陣営を見れば、五十の冒険者たちがすでに武器を携え一斉に横に並んでいた。

 対するこちらはわずか三人。

 けれどもアキトにとっては百を超える援軍よりもありがたき存在だ。

 愛する女と、大切な妹。

 今再び、彼女らと戦場を共に出来る喜びを胸に秘めながら、アキトは木刀をナユタに向ける。


『それでは、開始してくださいっ!』


 ユリアーナの声と共に響く鐘の音が草原に響き――敵味方会わせて五十三の冒険者たちが、駆け出した。

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