ソラ、鑑定する。
冒険者を引退する時に必要なくなった武器防具は全て売り払ってしまったアキトは、森で必要最低限使うと考えたナイフや小道具は残しておいた。
だがグロードウルフが相手となればナイフでは心許ない。
アキトの実力ならば狩れないことはないだろうが、それでもきちんとした武器防具があることに越したことはない。
「じゃあこれで武器でも調達してきなさいな。防具? アキトは昔から防具なんてまともにつけてなかったじゃない」
とはアイナの言葉。
言われてみれば確かにアキトはこれまでに鎧甲冑らしいものは装備していなかったし、していたのはある程度ダメージを軽減してくれる特殊な魔法が掛けられたコートだった。
堅牢さよりもスピードを重視した戦闘スタイル。取り回し安い片手剣。おまけで気持ち程度の魔法を簡易的に使えるカードくらいがアキトの冒険者としての姿だった。
スタードットは冒険者にとって始まりの街と言われているほど、武器防具が安く手に入る街でもある。値段相応の威力しかないが、それでも値段相応の価値はある。
アイナが貸してくれた資金は1000ゴールド。かつてアキトが扱っていたシューロウガの剣は2万ゴールドもする。
「まあ別に武器に拘りはないんだがな」
「あー、だー!(ここが武器屋! ゲームで見たことある武器とかもあるんですね!)」
背負っているソラの言うげーむ、という単語がアキトにはわからない。だがソラがいた世界にいも似たような武器があったのだろう。
「いらっしゃい」
武器屋の店主は人なつっこい笑顔を浮かべるアヤヒトという男だ。成り立ての初々しい冒険者にオススメの武器を用意するなどのサービスに力を入れているやや年老いた男性だ。
「1000ゴールドで買える武器を探している」
「使いたい武器とかはあるか?」
「片手剣を」
「オーケー。入り口右あたりに纏めて展示してある。1000ゴールドなら……そうだな。鋼の剣が一番まともか?」
「鋼か……グロードベアに使うにはちょっと心許ないな」
アヤヒトが見せてくれた鋼の剣は半人前から抜けた冒険者によく使われるイメージがある。よくてCランクのクエストあたりが相応しいとも言われている。
心許ないとはいえ、アキトにとっては折れさえしなければ十分だ。
「じゃあ、それを」
「あー!(おとーさんおとーさん、あれ!)」
「っとと。どうした?」
背中に背負っているソラがぐいぐいとアキトの後ろ髪を引っ張り鋼の剣の購入を中断させる。思わずよろけてしまうが、ソラを下敷きにはしまいとアキトはなんとか持ち直した。
ソラは壁に掛けられている片手剣ではなく、傘立てのような筒に刺されている剣を指差している。
「……これか?」
「だー!(それ!)」
ソラが指差した剣はボロボロで錆も目立つ剣だった。血で汚れたわけではなく、野晒しにでもされて錆びてしまったのだろう。
「あいあい!(それから魔力を感じるんです。魔力をくれー、魔力をくれーって声が聞こえてくる感じで)」
「……まさか、魔具なのか?」
魔具とは『秋風の車輪』にあった郵送ボックスと同じ、魔法が込められた道具である。
魔力を込めることによってその真価を発揮し、モノに依るが普通の道具より数倍の効果を出す魔具もある。
けれども見てくれは完全に錆びた剣だ。使い物にならなくもないが、どうしてこんなものまでこの武器屋は置いているのだろうか。
「それか? 昨日仕入れた武器の中に紛れ込んでてよ。明日には返品しようと思って誰も手を付けないそこに突っ込んでたんだよ」
持ち上げた剣は錆びている。刀身は腐食し、罅が入っているほどだ。
本当に魔具なのか疑わしくなる。だがアキトはこの剣を購入することを決意した。
「親父、これはいくらだ?」
「ああ? そんな錆びた剣売ったなんて武器屋の恥だよ。欲しいんだったらタダでくれてやるよ」
「本当か?」
「おうよ。返品するにも経費がかかるし、持っていってもらうのが一番いいわ。なんだったら金を払いたいくらいだぜ」
「助かる」
「だーだー!(ありがとうございます!)」
ソラの言葉を信じて錆びた剣をもらい受けたアキトは気分良く武器屋を出る。
少しだけ大きい鞘はアヤヒトが100ゴールドで売却してくれた。余っていた鞘であり、こちらも持て余していたようだ。
去って行くアキトをアヤヒトは不思議な顔で見送る。冒険者を支えて数十年だが、錆びた剣を持って帰る冒険者など見たことがないからだ。
「不思議な兄ちゃんだなぁ。子連れ冒険者ってところか」
頭をかきながらアヤヒトは店に戻っていく。鋼の剣が売れなかったのは残念だが、鋼の剣ならすぐに買い手が見つかるだろう。武器の品揃えには自信がある。
アヤヒトは適当に取った武器の手入れをしながら、去って行ったアキトの背中を思い出した。