一方ナユタは
アキトたちが休んでいる仮設テントから離れた場所に、ナユタを初めとしたAランク冒険者たちが集められたテントが用意された。ユリアーナの声かけによって集まった冒険者はナユタを含めて五十人となり、十分すぎる戦力である。
アキトの挑発に乗ってしまったとはいえ、これだけの実力者が集まればさすがのアキトも手を焼くだろう。けれどもSランクであるアキト・アカツキを倒すためには一歩足りないはずであり、自分がそれを引き受ければ済むとナユタは考える。
「おぉ、『傷命星』のユーカに『シスコード』ダイキもいるし、すげー顔ぶれだな」
集まった冒険者たちの中に見知った顔もいるのを確認していると、名前だけ知れ渡っている有名なAランク冒険者まで参加していた。
破格の待遇が用意されているとはいえ、集まった理由にはアキトへの挑戦も含まれているのだろう。Sランクに挑み、認めてもらうことが出来れば自身もSランクに昇格してもらえる――そんな条件を提示されては、首を縦に振らないわけがない。
もっとも、一部の冒険者は別の理由もありそうだが。
「なにせ妾が集めた冒険者じゃからな!」
「ユリア、口調、口調」
「うぐ」
両手を腰に当てて自慢げにするユリアーナが漏らした素の口調をナユタは諫める。出会ってから二年ほど経つが、ユリアーナは気を抜くとこうして素のしゃべり方が出てしまうのを気にしている。
「個性的でいいと思うんだがなぁ」
立場上諫めなければならないのだが、ナユタとしてはユリアーナの素の口調はとても彼女らしくて可愛らしいモノだと思っている。だがユリアーナはそれを頑なに否定して認めない。
「……ダメですよ。私はシェンツー家の跡取りとして、毅然とした振る舞いをしなければなりませんので」
出会った頃の砕けた表情のユリアーナはどこにいってしまったのか。こちらの世界に転移したばかりの、素性もわからぬナユタにユリアーナも父親であるバイラルもよくしてくれた。
ナユタに類い希なる才があるとわかれば冒険者ギルドに紹介してくれたり、いろいろ支援をしてもらえた。
何故そこまでよくしてくれるのか、ナユタにはわからなかった。所詮は他人だというのに、ナユタが何かを返せるわけでもないというのに。
少しでも恩が返せないかと思って、クエストを受けない時はできるだけユリアーナの護衛を務めるようにした。習い事も多いユリアーナは外出することが多く、そのたびにシェンツー家の執事ではなく冒険者を雇っていたから。
今ではナユタが傍にいることが当たり前になり、ギルドでからかわれることも多くなった。
「……まあ、ユリアがそれでいいならいいんだけどさ」
ずっと一緒にいたからこそ、ユリアーナがアキトを想っていることをずっと見てきた。
先日初めてアキトと出会って、ユリアーナが失恋してしまったこともわかっている。
あれからユリアーナは何事も変わることなく日々を過ごし、こうしてアキトとの戦うための段取りを整えてくれた。
……本来なら、慰めるべきなのだろう。
でもナユタはそれをしない。する気もないし、自分の役目ではないとわかっているから。
「なあユリア」
「どうかしましたか、ナユタ」
「とりあえずアキトの顔面に一発ぶち込んでくるからよ」
「突然何を言い出すんですか!?」
「いやまぁ、個人的な感情で」
「もう。……アキトさんはとても強いです。気を付けてくださいね?」
「ああ」
なにしろ二年間、ユリアーナの傍にいる時は嫌というほどアキトのことを語られてきた。
ユリアーナがたまにアキトに会いに行く時はなぜだか気まずくて同行しなかったから、人となりはわからなかったけど。
どれほどの実力者で、どれだけの実績を重ねてきたかは知っている。
古龍ファフニールの撃退、だけではない。エフィントウルフの生態研究及び討伐を初めとしてアキトがクリアしてきたクエストは、どれもこれも並の冒険者では受けることすらままならないレベルのものばかりだった。
ナユタがアキトに挑みたい気持ちの根底には二つの思いがあった。
一つはSランクになるために必要だから。
もう一つは、自分と同じくらいの頃からSランクになったアキトを超えて――自分の方が優れていると証明したいから。
不意に思い出すのは、この世界に来るまでのこと。
進学校で友人たちと競い合い、学校で一番を、どれだけ優秀な高校へ進学できるかを競っていたころ。
負けたくない思いに突き動かされ、必死に勉強を続けて続けて続けて。
受験会場に向かう途中に、トラックに突っ込まれたことを。
「聞こえてるか、神様」
ユリアーナにも聞こえないくらいの小さな声で、ナユタは空を見上げた。この空のどこかから、自分をこの世界に送り込んだ神が見ているかもしれない。
不慮の事故で死んだナユタを、身体を癒し、不必要なほどの強化をしてこの世界に送り込んだ金髪金眼の、神と名乗った女性。
「俺は一番になる。この世界でテッペンを取る。英雄を越える」
空に拳を突き出して、ナユタは転移する前に神に誓った言葉を反芻する。
ここからそう遠く離れていない陣地に英雄はいる。まだ世界の全てを旅したわけではないけれど、訪れる街や村の何処でもアキト・アカツキの名前は知れ渡っていた。
彼こそ英雄であると。
だからこそ、ナユタはアキトを越えたい。英雄と呼ばれた男を。この世界で最も強いのではないかと噂される男を。
――ぽっと出の、無名の、子供である自分が越えられたら。
「楽しみだ。ああ、楽しみだ……!」
越えられるか、ではない。ナユタは勝てると決めつけている。負けるわけがない。
だって、この身体には神様からもらった規格外過ぎる力が宿っているのだから。
あの英雄が屈するところが、見たい。
「ナユタ、私はアキトさんのところに行ってきます。冒険者たちへの指示は任せます」
「わかった。ありがとな、ユリア」
「いいんですよ。ナユタにはお世話になっていますし」
「そんなにか?」
「ええ。私がどんなに悲しんだり悩んだりしてても、あなたは黙って私の傍にいてくれる。それが私には嬉しいんですよ」
「掛ける言葉が見つからないだけなんだがなぁ」
「ふふ。それでいいんですよ。それがナユタなんですから」
クスクスと年相応に笑うユリアーナは非常に愛くるしい。見ているだけで心が和む笑顔だ。
曇らせたくない笑顔だ。いつまでも見ていたい笑顔だ。
でもそれは、ナユタの目的には必要のないことだから。
ナユタはユリアーナを見送ると、すぐに表情を引き締めて、待機している手練れの冒険者たちに指示を飛ばした。
「最初に言っておく! この戦場では好きに動いてくれて構わない。ただし、英雄・アキトを越えたい奴だけは俺の作戦に従ってくれ!」
このナユタ凄い。確実にフラグを立てにいっている……!




