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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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再会のユリア。邂逅のナユタ。




 アキトとアイナが結ばれてから一週間が過ぎた。人の噂は七十五日と言うが、それ以上の速度で二人をからかう噂は消えていった。

 『秋風の車輪』もすっかり元通りの賑やかさを取り戻しており、アキトは今日も今日とて食堂側のテーブルから快活に働くアイナの姿を眺めている。

 ソラはそんなアキトをちらりと眺めながら、ジークリンデから譲ってもらった魔道書を読みふける。


 結婚する、と宣言してキスを交わしたものの、二人は全く変わっていなかった。

 いや、変わりはした。仕事の合間に手を振るアイナにアキトは笑顔で手を振り替えし、忙しさに追われるアイナを自然とフォローするようになった。

 冒険者としてのクエストもこなしてはいるが、どちらかというと食堂を手伝う事が増えてきた。


「……むー」


「どうしたソラ。可愛い顔が膨れてるぞ?」


「むー! ふふひゃないでくらはい~っ!」


 代わり映えがなさ過ぎる二人の空気が耐えられないのか、ソラは頬を膨らます。すぐに気付いたアキトが膨らんだ頬を指で突き、柔らかい餅のような頬を堪能する。

 ぷぅ、と息を吐いてソラはアキトに向き直った。魔道書を閉じてぐい、と身を乗り出す。


「お父さんもお母さんももっとラブラブしないの!?」


「してるだろ」


「どうしたのソラちゃん。お腹空いた?」


「お母さん駆けつけてくるの早くないですか!?」


 お母さん呼びにもすっかり慣れたアイナもすかさず寄ってくる。働いていてもアキトたちを常に見ているのだろう。ちょうど昼のピークを終えたのか、アイナは座ってソラを膝の上に乗せる。


「ぎゅー」


「わぅ。……えへへ~」


 親子のスキンシップである。この世界に転生してからずっと共にいるアイナに抱きしめられるのが大好きなソラは、多少不機嫌であってもアキトかアイナの抱擁があればすぐに機嫌を治してしまう。

 親に甘えたい年相応の少女の笑顔だ。そんなソラを見てアイナがソラを甘やかさない訳がない。


「って違います! ボクが言いたいのはですね!」


 ソラは若干だが、アキトとアイナが思う存分夫婦として過ごさないのは自分がいるからではないか、と考えている。二人が優しいことも、ソラの事を本当の娘のように愛してくれているのもわかっている。

 わかっているからこそ、心苦しい。たまには自分に気を遣わず二人っきりでもっといちゃいちゃしてほしい。そのために二人を結ばせたのに。


「アキトさーーーん! あなたのユリアが参りましたよー!」


 わかって貰おうと言葉を口にしようとしたところで、ギルド側から聞こえてきた黄色い声にかき消された。ギルドの受付には用はないとばかりに駆け寄ってくる金髪の美少女は豪華なドレスが汚れることも構わずにアキト目掛けて飛びついてきた。


「はいストップ」


「ひゃん!? ま、またあなたですのアイナさん!」


 ワインレッドの瞳を見開いて、金髪の美少女――ユリアーナ・フロン・シェンツーはアイナを忌々しげに睨む。とはいえ負の感情が込められているわけではない。ライバル、といった表現が正しいのだろう。


「何しに来たのよ、ユリア」


「何しにも何も! アキトさんに会いに来たのですよっ。将来の妻である私が!」


「あー」


「あー」


 事情を知らないユリアーナは自信満々に胸を反らしている。十二歳となったユリアーナは出会った頃よりしっかり成長しており、徐々に身体は女性特有の丸みを帯び、胸も少しずつだが膨らんでいっているようで。確実に女性として成長している。

 貴族の令嬢として教育を受けて育ったからか、昔のような言葉遣いはなりを潜めている。アキトは月日の経過に少しの寂しさを覚えた。


 そんなユリアーナに勝ち誇った表情をするアイナと苦笑いを浮かべるソラ。アキトはそういえば手紙を出すのを忘れてたことを思い出して頬を掻いている。


「な、何がおかしいんですかアイナさん!」


「ユリア。ちょうどいいからハッキリ言っておくわ。私はアキトと――結婚したのよ!」


「いやいや。騙されませんって。ねえアキトさん?」


 アイナの言葉を真っ正面から否定するユリアーナだが、アイナの性格も知っている彼女はまさかと思い恐る恐るアキトに視線を向けた。

 ユリアーナの問いかけに、アキトは嬉しそうに微笑んだ。それがもう答えとなっている。


「ああ。俺はアイナが好きだ。アイナを愛してる。アイナが俺の妻だ」


「が……」


「が?」


「ががーーーーーーーー!? どうしてなのじゃーーーーー!?」


 ユリアーナの絶叫に『秋風の車輪』が揺れた。あまりの衝撃で放心してしまったユリアーナは口から魂のようなものを吐き出しているように見える。

 まっしろだ。今のユリアーナは間違いなくまっしろだ。燃え尽きている。

 他ならぬアキトからの言葉だからこそ堪えているのだろう。今にも泣き出しそうな雰囲気である。


「ユリアお姉ちゃん」


「……うぅ、ソラちゃぁん~っ!」


「お父さんとお母さんは幸せだから、邪魔しちゃ、っめ」


「びええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 思わぬところでソラがトドメを刺した。とはいえソラは昔からユリアーナを警戒指定から仕方ないことなのだろう。ソラにとってユリアーナはアキトを狙うライバルであり、アイナとの仲を妨害してしまうかもしれない脅威だったのだ。


 普段は仲の良いソラに言われたのがよっぽどなのだろう。よろよろと力なく椅子に腰掛けたユリアーナは机に突っ伏して泣き始める。


「よよよ。アキトさん。アキトさん~~~~~っ」


「そもそも年齢差を考えろって言ってたろうが」


「誰だお前」


 一連のやり取りを遠くから眺めていた少年がアキトの前に立つ。油で固められているのか突き刺さるように飛び出た黒髪の少年はアキトを見て不敵に笑う。


「お父さん、ウニ!」


「ああ、ウニだな」


 その髪型があまりにも酷似しており、ソラは思わず叫んでしまった。アキトも同意すると、それがよっぽど気にくわないのか少年も叫ぶ。


「誰がウニだぁっ!!!!」


 歳はおそらく十六歳くらいだろう。まだまだ赤の抜けない少年はぜー、はー、と息が荒くなるほどの大声で否定した。


「俺は、俺はナユタ。シンドウ・ナユタ! アキト・アカツキ、アンタに決闘を申し込みに来た!!!」


「は?」


 脈絡のなさ過ぎる展開に呆れたアキトが首を傾げる一方で、ソラは少年、ナユタの名乗り方に違和感を抱いていた。姓を先に名乗るのは、王国でも共和国でも有り得ない。六年の人生の中で、そんな名乗りを上げる人はいなかった。

 自信満々にアキトを指差すナユタから感じる、十六歳とは思えない魔力。

そしてナユタを見ていると伝わってくる――かつて、自分に力を授けた存在の感覚。


 ソラの中に一つの考えが浮かび上がってくる。それは――きっと、自分と同じ存在。


(もしかして、この人……転生者!?)

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