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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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想い、重ねて。




 半ば強引にアイナを連れてきたアキトは、誰もいない場所としてこれ以上ない場所を選んだ。

 人気がなく、かつ安全だと言える場所――それは、かつてアキトが三年間暮らしていた森の小屋だ。

 あの日ソラと出会い、スタードットの街で暮らすようになってからは住まなくなった小屋だが、時折森での簡単なクエストをこなす時には休憩所として利用している。

 ソラ、もとい雷が落ちてきた時に空いた天井は六年前に修繕しておき、多少埃は被っているものの雨風を凌ぎつつ二人っきりになるには適した場所だ。

 アキトが暮らした三年間によって、この森に住む魔物たちはこの小屋一帯をうろつかない。完全に森の中でのセーフゾーンにもなっているのだ。

 それを知るのはアキトを含めて極一部だが――たまに冒険者たちの休息所としても使われているようだ。


 急いで来たものの、すでに日は傾いてきていた。夕暮れが差し込む森の中でアキトはアイナをそっと下ろす。

 アイナの顔は真っ赤だ。これから何が行われるかを想像してしまったのか、口数も少ない。

 そしてアキトもよく見れば顔が赤い。アイナと比べればまだマシだが、完全にアイナを意識しているのが手に取るようにわかる。

 好きだと認めたアイナと、好きだと自覚したアキト。

 アキトは、想いを告げようと決意している。アイナもまた、想いを告げようとは考えている。なにしろ誰もいない小屋の前で二人っきりなのだ。告白するには絶好のシチュエーションだろう。

 差し込む夕日のおかげで顔が赤いことを誤魔化せるアキトは、大きく息を吸って、吐く。

 「よし」と覚悟を決めたアキトにアイナはビクッ、と身体を震わせる。


「……先に、話しておかなくちゃいけないことがある。俺の想いを告げる前に、知ってもらいたいんだ。俺がどうして冒険者をやめたかを」


 すぐにでも想いを告げたい。アイナからの答えを聞きたい。

 でも、その前にアキトは話さなくてはならない。自身がアイナやコハクを遠ざけた原因を。結果的に、アキトとアイナの仲に少しだけ溝を作ってしまった経緯を。


「俺はあの日、ファフニールを撃退した時に出会ってしまったんだ。……竜王と呼ばれる、超越した存在と」


 あの日のことは忘れられない。アキトの記憶にこびりついてしまっている。

 竜王との邂逅。まとわりついた原因不明の恐怖。そして――逃げ出しそうになった自分が嫌になって。


「俺は自分を恥じた。今までどんな敵にも挑んできた俺が、対峙するだけで身体が震えた。怖いと感じた。……情けなくて。悔しくて」


 恐怖の理由を知ろうとも、恐怖はアキトの身体を鈍らせる。震える指先に力を込めて、アキトは言葉を続ける。


「こんな俺じゃ、アイナやコハクにいつか見捨てられると思った」


「……だから、先に離れたの?」


「……ああ。ソラと出会わなければ、俺は戻ってくるつもりはなかった」


 苦い思い出だ。二度と思い出したくない記憶だ。それでもアキトは語る。

 だって話さなければ、アイナに心を伝えられる気がしないから。

 アイナはアキトの様子を見て、まだ何も言い出さない。待っている。アキトの言葉を受け止めるために、待っている。


「ソラと出会って、街に戻って。再会して……それからはわかるよな?」


「ええ。ソラちゃんを育てながら、アキトは冒険者として過ごしていったわ」


「そして、ディアントクリスとの戦いを経て――俺は竜王と再会してしまった」


「っ……」


「正直、どうして生き残れたのかもわからない。それほどまでに奴の力は強大で。俺はそれを越えるために、人を捨てようとした」


 アキトの独白にアイナが目を見開く。アキトの言葉が何を意味するのかを、アイナは知っているのだ。アイナだけではない。コハクも――いや、アイナとコハクだけしか知らない。アキトの本当の意味での奥の手。


「使ったの!? 『零式ゼロシキ』を――」


「いや。怖くなった」


「……え?」


「零式を使えば勝てる。その確信はあった。でもそれ以上に――零式を使ってしまったら、俺はどうなってしまうか考えて、やめた」


 あの時、アキトは歓喜の感情に従うまま零式を使おうとした。ソラの声が聞こえて踏み止まり、使おうとした自分が怖くなった。

 そしてそれが、竜王と対峙して得ていた恐怖の理由だと気付いた。


「俺は、自分が変わってしまうことが怖かったんだ」


 それは過去に、アキトが教会を去ろうとした理由と同じ。

 アイナもアキトの思いに気付く。そして、アキトがどんな言葉を望んでいるかもすぐに理解する。

 アキトの手を握りしめる。手が汗に塗れているのを知って、アキトの緊張を理解してくすりと微笑む。


「大丈夫。アキトは変わらない。ずっと昔から……たとえ零式を使ったとしても、アキトはアキトのままだから」


 アイナの言葉に目尻に涙を浮かべるアキト。二人は見つめ合い、ゆっくりとアイナが口を開いた。


「私の大好きなアキトは、昔から何も変わってないよ」


「~~~っ!」


 待ち望んでいた言葉だった。アイナだから出せる答えだった。あふれ出す感情を堪えきれずに、あふれ出す涙を拭うこともせずに。

 アキトはアイナを強く抱きしめた。

 欲しかった言葉と、大好きという言葉が嬉しくて。


「俺も、俺も好きだ。アイナ、お前を愛してる。愛してるんだ!」


「好き。好き。アキトのことが大好き。ずっと昔から、大好きだったのよ!」


 お互いを強く抱きしめながら愛の言葉を叫び続ける。ずっとずっと離れていたのを悔やむように、離れてたまるかと惜しむように。二人は抱きしめ合う。

 重なった胸元から聞こえてくるお互いの心音が心地よい。まるで一つになったかのような錯覚に、二人は物足りないとばかりに見つめ合う。


「アキト。……大好き」


「アイナ。愛してる。もう二度と、お前から離れない」


「うん。うん。うんっ!」


 アイナがそっと瞳を閉じて、アキトはアイナの唇に自らの唇を重ねる。

 軽いキスを何度か繰り返してから、激しいキスへと移行していく。震えるアイナの肩を抱きながら、アキトは足りないとばかりに激しさを増す。


「ん……ん、っはぁ!」


 激しすぎて呼吸を忘れていた二人が呼吸を乱しながら一旦キスを止める。二人の間に繋がる銀の橋が、扇情的なアイナの表情と相まってアキトを興奮させる。

 惜しむように、唇を押しつけ合う。アキトもアイナも、もう止まらない。


 アキトはアイナの手を引いて小屋に入る。狭い小屋の中心にある布団の上にアイナを押し倒す。


「あ、アキト……」


「アイナ。結婚しよう」


「……うん。する。する。アキトのお嫁さんになりたいっ」


「アイナっ!」


「アキ――ん、んんん……!」


 不安げな表情で見上げるアイナの表情に、アキトはもう止まれない。好きな女性に、好きだと言ってもらえる。欲しかった言葉をくれて、心が満たされていく。

 唇を合わせるだけの軽いキスを何度も繰り返す。アイナの不安を取り除くように、ついばむようにキスをする。

 びくん、と身体を震わせるアイナが愛おしい。アキトはもう一度、アイナに深く激しいキスをする。

 蕩けるアイナの表情が堪らなくて。

 アキトはそっと、アイナの身体へ手を伸ばした――。

つ『見せられないよ』

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