見守る者。
「おう、アキトにアイナちゃんじゃねえか。今日はデートか? はっはっは。そんなこと有り得ないよな」
「デートだよ」
「……は?」
「さ、アイナ次に行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!」
ぽかーんと大口を開けて放心しているよろず屋の主人を放置してアキトはアイナの手を取って歩き出す。そんな二人を追う影が二つ。ソラとコハクだ。
こそこそと建物の影に隠れながら進む二人は、自分たちの予想よりも積極的なアキトに戸惑いつつも後を追っている。
「ボクはもっとこう、『デートなんだけどデートじゃない』って空気を出すと思ってました」
「コハクはアイナ姉さんがテンパってデートがめちゃくちゃになると思ってました」
ところが結果はどうだろう。アキトが常にアイナを引っ張り、ぎゅっと手を握りしめエスコートしている。すれ違う人々がいつもと違う二人の光景を見て目を見開くほど、今の二人はいつもとは空気が違う。
「そ、ソラちゃん。アキトとアイナちゃんはどうしたんだい?」
「お父さんが覚醒しました」
「近づくと心を奪われますよ」
「お、おう……?」
よく理解出来ていないよろず屋の主人だが、なんとなく言いたいことは理解したようだ。
今のアキトはしっかりとアイナを「特別な女性」として扱っている。その分アキトの表情も普段よりも豊かだ。
端から見ているだけでもアキトの嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。アイナは今にも爆発しそうだが、普段からソラやアイナ、コハク以外にはそこまで表情豊かではないアキトが外であれだけ豊かな表情を見せるのだ。自然とアキトに向けられる視線も増えてくる。
さらにはアキトがアイナを連れていることも、周囲をざわつかせる要因となっている。スタードットの街に昔から住んでいる者たちにとって、アイナがアキトのことを好きというのはもう周知の事実と言っても過言ではないほどだ。そんな二人がいつもと違う空気で、しかもデートを公言している。
気付けばソラとコハクを追うように冒険者や老若男女の集団が出来上がっていた。男性たちはアイナを常日頃から狙っていた者が大半であり、女性の大半は影からこっそりアキトを狙っていた者たちだ。
思った以上にアキトを狙っている女性が多いことにソラは驚くが、お父さんだからしょうがないよねと落ち着くことにした。娘の目からしてもあの朴念仁は無邪気に周囲に好意を振りまく時がある。それが原因だろう。
「なあ聞いたか?」
「ああ。アキト・アカツキがついにアイナちゃんを手籠めにするとか!」
「なんでももうアイナちゃんはアキトの子供を孕んでいるとか」
「「「なぁにぃ!?」」」
噂というモノは広まるのが早い上にどんどん誇張されていく。集団の中からそんな噂が聞こえてきてはソラは足を止めないわけにはいかない。精一杯の力を込めて集団を睨むが、威嚇にならないのが歯がゆいものである。
「まだ出来てないですよ!」
「まだ、ってことはソラちゃん的に弟妹が出来るのはオーケーなんですか?」
「はいっ」
もちろんアキトを独占したい想いはあるものの、ソラにとっての弟や妹がいれば絶対に楽しいし幸せになる。そんな確信めいたものを感じているからこそ、アキトとアイナを応援するのにも熱が入るものだ。
幸せ家族生活というべきか。ソラの頭の中には暖かな家族の姿がありありと浮かんでいるのだろう。
アキトがいて、アイナがいて、まだ見ぬ弟妹がいて。もちろんシロやコハクもいて、ときたま遊びに来る知り合いを迎えながら、幸せな人生を歩んで成長していく。
ソラの幸せは、ソラだけでは叶わない。アキトもアイナも、大好きな人たちがみんな幸せでいることが、ソラの幸せなのだ。
「だからボクは応援しますよ。大好きなお父さんとアイナさんですから」
「……ですね。コハクも兄さんもアイナ姉さんのことも好きだから、応援しますよ」
そんな二人を眺めていた集団が少しずつ解散していく。暖かな二人の思いに充てられたのか、野次馬気味に騒ぎを起こそうとしていた自分たちを恥じているのか。
アキトとアイナのデートは少しずつ終わりに近づいていっている。スタードットの街を巡りながら、次第にアキトもアイナも口数が少なくなっていく。
けれど空気は変わらない。だからきっと、お互いに言いたい言葉を言うべきタイミングを探している最中なのだろう。
アキトがちらりと、後ろを振り向いた。目と目が合ってしまったソラは身体を硬直させる。
追っているのがバレたらどうなるのだろう。自分が二人の幸せな空気を壊してしまったのではないかと、そんな不安がソラの脳裏を過ぎる。
震える身体。どう謝ればいいのか。思わず泣き出しそうになったところで。
アキトは小さく手を振った。「大丈夫だ」とそれだけで伝えてくる。
「わぅ……」
「兄さん?」
そんなアキトの仕草に気付いたコハクも、穏やかな笑みを浮かべていたアキトの様子に戸惑いを隠せない。
あれは覚悟を決めた表情だ。けれどまだ周囲は喧噪に包まれている。告白なんてとてもじゃないが出来そうにない雰囲気である。
だからなのだろう。アキトはアイナを横向きに――所謂お姫様抱っこをして、駆け出した。
「あ、アキト!?」
真っ赤だった顔をさらに赤く染めながら叫ぶアイナだが、下ろしてもらう間もなくアキトは駆け抜けてしまう。人混みを回避するために壁を蹴り、人目につくことも構わないとばかりに走る。
「兄さん!? お、追わないと!」
「大丈夫ですよ、コハクお姉ちゃん」
「ソラちゃん……?」
「お父さんなら、大丈夫です。しっかりアイナさんをゲットしてくれますよ」
「でも……!」
「だいじょーぶ、です」
何を根拠にしているのかはコハクにはわからなかった。それだけコハクはアイナの心配をしている。
けれど、ソラは全く心配していない。アキトならば上手くやれると確固たる自信を持っている。
だって――あの父親は、不自然な出会いをした自分を、きちんと育ててくれる人だから。
優しさも、思いやりも、人の良さも。ソラは全部安心している。
そら(後ろを見たら娘と妹を筆頭に集団に追われてれば二人きりになれるように動きますよ)そうよ




