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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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突然のお誘い




 一週間程度ではスタードットの街映えは変わらない。ただ、これからアイナをデートに誘うことを考えるとこの街で過ごしたアイナとの思い出がフラッシュバックし、ついついアキトは足を止めてしまう。

 恥ずかしくて足を止めるわけではなく、アイナの笑顔を思い出して頬が緩んでしまうのを堪えるためだ。

 そんなアキトをジト目で睨みつつも、ソラはむやみに口を出さない。

 大好きなアキトがようやく自分の想いに気付いてくれたのだ。応援すると決めている以上、野暮なことはしない。


 あとはアキトがアイナをしっかりデートに誘ってエスコートして告白すれば完璧なのだが。


「問題はアイナさんですよね……」


 ついため息が零れてしまう。今のアキトならアイナに押せ押せぐいぐいって感じに攻めるとは思うが、アイナはそれすら逃げ出してしまうかもしれない。

 何しろコハク曰く十六年近く自分の気持ちから逃げ続けているヘタレだ。筋金入りのヘタレだ。いったい何をどうして育てばそこまでヘタレに育つのかソラにはよくわからない。


「大好きな人には大好きって伝えないと駄目ですよ」


 アキトが足を止める度に退屈しのぎに青空を見上げる。自分の名前の由来である青空は、何処までも果てしなく広がっている。手を伸ばしても何も掴めない。少し空しい。


「お父さん、そろそろいこーよー」


「あ、ああ。済まない」


 アキトがようやく表情筋に力を込めたので、ソラも催促して『秋風の車輪』へ向かう。

 スタードットに到着して馬車を返してすでに一時間が経過していた。『秋風の車輪』には十分で着けるはずなのに、だ。


「……そういえばここでアイナが買い物間違えてちょっと涙目になったこともあったんだよな」


「もう、いいから早く帰りましょうよー!」


 いつものキリっと表情を引き締めているアキトなのだが、いかんせん頬がゆるゆるだ。今までソラが甘えてもなかなか崩れなかった表情が緩みきっている。

 これにはさすがにソラも悔しさを覚えている。


(むー)


 悔しさを通り過ぎて不機嫌になりつつある。アキトとアイナの応援をすると決めていても、ソラはアキトが大好きなのだ。大好きでもっと触れ合いたいしベタベタしたいし頬ずりもしたいしナデナデもしてもらいたい年頃なのだ。

 もっと甘えたい。

 でも、アキトはこれからアイナに大切な告白をしなくてはならない。

 だからソラは自分の気持ちを我慢する。もう六歳なんだからと自分に言い聞かせる。


 前世のことも考慮すればソラだって成人女性くらいの年齢にはなるのだが――アキトに育てられた六年の間に、前世の記憶は確実に薄まっている。

 過去を忘れることに恐怖は抱いていない。

 だって、今の自分はアキトの娘であるソラ・アカツキなのだから。

 類い希な魔法の才能は、神様がくれたプレゼントなのだから。


 たまに前世の幼い頃に食べたお菓子が食べたいなーくらいに悔やむことがあるけれど、それ以外にソラは前世に執着していない。それくらい、アキトにべったりなのだ。


「と、着いたか」


「到着です!」


 何度か足を止めたアキトを急かして、都合一時間と三十分を掛けて『秋風の車輪』にたどり着いた。いつものようにギルド側の扉を開けてみれば。


「バウっ!」


「わぅ!?」


 真っ白な毛の塊が、ソラ目掛けて突撃してきた。ソラの力では到底支えきれず、真っ白な毛の塊ことシロに押し倒されたソラはシロにべろべろと顔を舐められる。


「あはは。シロくすぐったいよ~!」


「バウ、バウッ!」


 相当ソラが恋しかったのか、ソラより一回りは大きいシロはソラにのし掛かって尻尾をぶんぶんぶんぶんと力強く振り回している。ソラに甘えられて上機嫌なのだろう。


「こーらシロ。ソラも長旅で疲れてるんだ」


「ばう……」


「あはは。毛むくじゃら~」


 首輪を捕まれてソラから引っぺがされたシロは露骨に落ち込んでいる。しょんぼりとうな垂れているシロを見ながら笑うソラはシロから抜け落ちた毛に塗れてしまっている。


「シロ、突然飛び出してどうし――」


「……よ、よお」


 シロを追って、アイナが飛び出してきた。ばったりアキトと見つめ合うように再会し、アイナは言葉を失っていた。

 あー、あー。と口をパクパクさせ、顔をリンゴのように真っ赤に染めた。

 そんなアイナと見つめ合いながら、アキトも何を言い出せばいいか悩んでいた。

 アイナが放心している間に思いついたのは、代わり映えのない言葉。


「ただいま。アイナ」


「おか! おか、えり。おかえり、アキト」


 アキトの「ただいま」に、アイナもようやく落ち着いて「おかえり」と返した。

 じー、と見つめ合う二人。アキトの視線に耐えられなくなったのか、アイナは不意に顔を逸らした。


「……あ」


「ど、どうしたのよいきなり?」


 しゅん、とうな垂れるアキトに気付いたアイナが顔を真っ赤にする。もしかしたらさすがのアイナでもアキトからの好意に気付いたかもしれない。

 ソラは介抱されたシロに跨がりながらそんな二人をジト目で見守っている。

 応援はしている。でも往来でいちゃつけとは言ってないとはばかりの視線だ。


「お帰りなさいです、兄さん。ほら姉さんも呆けてないでさっさと入ってください。それとソラちゃんはお風呂に入りましょう」


「「「はい」」」


 たまたまギルドを訪れていたコハクに全員がたしなめられることになった。毛に塗れてしまったソラを連れて行くコハクを眺めながら、たまたま隣り合ったアイナにアキトは何の気なしに。


「アイナ、デートしよう」


「…………………はいぃ!?」


 あまりに突然な提案に顔を真っ赤にするのを忘れて驚いてしまう。その次にアキトの言葉の意味を理解して顔が茹で蛸のように真っ赤になる。嬉しいのか期待しているのか、尻尾はそわそわ揺れている。

 もしかして聞こえなかったのか、と不安になったアキトはもう一度。今度はアイナの両手を掴んで見つめ合って言葉にする。


「アイナ。俺とデートしてくれ」


「は、はひ……」


 ろれつも回らなくなってしまったが、それでもアイナはしっかり頷いた。二階の宿屋に備え付けられている浴場に向かおうとしていたソラとコハクはアキトとアイナの様子を見て目を丸くしている。


「アイナさんが……」


「兄さんが……」


「「ついにゴール!?」」


 ソラはアキトの想いを道すがら聞いていたから、アキトの突飛な行動にもなんとかついていける。むしろ受け入れたアイナに驚いている。

 コハクはアイナをけしかけた張本人であるからこそ、アキトの提案に頷いたことにはついていける。むしろ突然デートをしようと提言したアキトに驚いている。


 二人で目を見合わせ、とりあえずお風呂で作戦会議をすることに決めた。

 まず目標は――すぐに出て二人を追うところからだ。

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