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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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その名は――。




「ありがとう。アキト・アカツキ。ディアントクリスの討伐、共和国を代表して、もう一度お礼をさせてくれ」


「寄せよ。俺にだって利益が出るから請け負っただけだ」


 翌朝、首都から戻ってきたエルフたちの長――ジークハルト・ハネジロは対面に座る昭人に深々と頭を下げた。卓上には報酬として用意された金貨の詰まった袋が十個以上用意されていて、初めて見る大金にソラは目をぐるぐるさせている。


「全て塔金貨になってしまったが、古龍討伐における報酬として百万ゴールドを用意させた」


「ひゃくまん!?」


 アキトがこれまでこなしてきたどのクエストの報酬よりも高額にソラは思わず目眩が起きそうだった。咄嗟に浮かんだのは大好物の秋風スペシャルがどれだけ食べれるかだったが、果てしない数になりそうで途中で数えるのをやめた。


「ありがたいが……ジークリンデと交渉していたほうは?」


「ディアントクリスの素材は全て『秋風の車輪』当てに運ばせる。そして――魔道書だったな?」


「ああ」


 アキトの不敵な笑みにジークハルトも笑って返し、指を鳴らすと奥の書斎に繋がる扉から、ジークリンデが分厚い五冊の魔道書を抱えてきた。


「我らエルフ族が長年を掛けて集めた五大属性のほぼ全てを纏めた魔道書だ。持って行ってくれ」


「頼んだのは確かにこっちだが……本当に、いいのか?」


「構わぬさ。写本も済ませてある」


 アキトが予想していたものより相当貴重な魔道書のようで、逆にアキトは申し訳なくなってしまう。けれど写本は用意してあるらしいので、断るのも気まずい。

 それに、隣で目を回してるソラに必要なものだから。


「ありがとう」


 アキトの言葉にジークハルトもジークリンデも笑顔を浮かべ、魔道書を馬車に積み込むためにジークリンデは一足先に退室する。


「……さて、少し、話をしても良いかな?」


「ああ。俺からも聞きたいことがあったしな」


 ジークハルトはソラを一瞥すると、アキトも少しだけ気まずそうに頭を掻く。

 子供に聞かせる話では無い、と無言で告げられている。アキトの聞き出したいこともまた再会してしまった竜王のことだから、ソラに余計な心配は掛けたくない。


「ソラ。ジークリンデを手伝ってきて貰えるか? 金貨袋があれほどあると大変そうだしな」


「わかりました!」


 ぴょん、とソファから跳びだしたソラが金貨袋を二つ抱えて退室していく。

 「素直な娘ですね」とソラを褒めるジークハルトの言葉にアキトは「自慢の娘だ」と返す。

 ソラの話題はそれでおしまいだ。二人は表情を引き締める。

 先に言葉を発したのは、ジークハルトだった。


「……ディアントクリスを討って、何かあったかね?」


 奇しくもその質問は、アキトがジークハルトに問おうとしていたものと同様のものだった。

 だからアキトは、息を飲んで言葉を絞り出す。出来れば思い出したくもない、圧倒的で強烈で強靱で凶悪な存在を。


「金髪金眼の女……いや、違うな。あれは女というより女の姿をした何かだ」


「やはり……」


「……何か、知っているんだな?」


 ジークハルトの漏らした「やはり」という呟きを見逃さない。苦々しい表情をするジークハルトに詰め寄るように、アキトは立ち上がってジークハルトを睨め付ける。

 ジークハルトは何かを知っている。そうアキトに確信させる言葉であった。


「その御方は、遙か太古――この世界が創造された時から生きてると言われている御方だ」


 アキトとて伝承に残っている神話くらいには目を通している。

 偉大なる主神であり戦と炎の神アルスーンによって、三つの生命が創造された。


 全ての人間の原点となったとされるアダム。

 アダムの伴侶となり、世界を観測する存在として造られたイブ。

 そして、世界を支える七つの柱を守る竜として造られた、ウロボロス。


 アルスーンが生み出した三つの生命体は主から離れ、世界を守護していった。アダムとイブは人間を造り、ウロボロスは人間が繁栄していく世界を見守り続ける。


「……ウロボロス?」


「そうだ。その御方は、世界を支える七体の古龍を従える竜の王――ウロボロスだ」


「っ……」


「何故君がウロボロスに魅入られたかは、わからない。だが――ウロボロスは世界を支える存在。ありとあらゆる存在は、ウロボロスを見れば恐怖に支配されると言われるほどだ」


 恐怖に支配される――それはアキトも痛感した。死への恐怖では無く、自分が自分で無くなってしまうことへの、恐怖。アキトにとって死よりも怖いこと。

 ウロボロスは、関わった存在に恐怖を振りまく。対象が最も畏れている恐怖を与える。


「俺はかつて、ファフニールを撃退した時にも奴と出会った」


「何っ!?」


「殺し合え、と奴は俺に告げてきた。今回もそうだった」


「……ウロボロスの狙いはわからない。だがしかし、今回我々エルフが動いたのも、そのウロボロスが関わっていたのだ」


 ジークハルトの言葉にアキトは耳を傾けるも、あまり頭の中に入ってこない。

 かつて心を折った存在。そしてディアントクリスを倒した時に再会してしまった存在。

 それは竜たちの王。だからこそファフニールを殺しかけたアキトの前に現れた。

 ディアントクリスの時は――アキトをおびき出すためのような口ぶりをしていた。


「……大丈夫かい?」


「っ。あ、ああ。問題ない」


「ディアントクリスの発生と同時に、首都にいる冒険者が十五名ほど冒険者を辞めたのだ。次々にウロボロスと思われる存在と邂逅したらしく、抜け殻のようになってしまったのだ」


 だから、アキトに声が掛かったのかもしれない。共和国にだってSランクの冒険者はいるだろうし、隣国から別の冒険者を雇っても良いのだ。

 それでもアキトを名指しで指名した最大の理由は、ファフニールを撃退した実績があったから。


“アキト・アカツキはウロボロスと接触したかもしれない”

“アキト・アカツキは冒険者に復帰した。ならば彼に任せれば安泰なのでは”


 そうしてアキトは選ばれた。

 そしてアキトはディアントクリスを討ち、竜王ウロボロスと再会してしまった。


「けれど、君は生き残った。恐怖に屈することも命を投げ出すことも無く」


「運が良かっただけだ」


 あの時、ジークリンデたちが来なかったら。

 アキトはきっと、人の道から外れた強化を行って――竜王の望み通りの殺し合いをしていただろう。

 興が削がれて竜王が去ってくれたからこそ、アキトは踏み止まれた。


 だからアキトは、運が良かった。あのまま戦い続ければ、きっともう戻ってこれなかった。その恐怖は今でも身体に染みついているし、アイナのことを自覚したからこそアキトは平静を保っていられる。


「……ウロボロスはきっと、君にもう一度接触する。目的が殺し合いなら、逃げることをおすすめする」


「逃げる場所があるならな」


「……すまない」


 真実を告げるのが苦しかったのだろう。ジークリンデの表情を見て察するが、アキトは共和国の選択を恨んではいない。


「いつか、どうせ奴とは再会してたと思う。俺が冒険者に戻った以上は、多分」


「……そうか」


 アキトの言葉に心が軽くなったのか、ジークハルトが棚の奥から金貨を一枚取り出した。

 エルフの女性が描かれた金貨は、六年前にシェンツー家でバイラルから贈られた物と同じものだった。


「我々エルフは今後、君や君に関わる人に何かあれば全力で手を貸すことを約束する。この金貨はその証だ」


 貴族が自分たちが後ろ盾となる証明として渡す金貨の存在はジークハルトも知っている。だからこそ、自分たちもアキトを支援するためにとこの金貨を用意したのだ。

 描かれているエルフの女性はジークリンデによく似ている女性で、ジークハルトは母親であると教えてくれた。


「ありがとう。ジークハルト・ハネジロ」


「私に出来る精一杯はこれくらいだよ」


 苦笑するジークハルトにアキトは微笑んで握手を交わす。

 もうすぐ荷物が全て詰め込まれ、馬車が発つ時間が近づいてくる。


「君のこれからに祝福を」


「ありがとう。あなた方に危機が訪れた時は、また呼んでくれ」

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