出会い。喧嘩。涙。 ②
一緒に起きて。一緒にご飯を食べて。一緒に勉強して。
晴れの日は一緒に町を探検して。雨の日は教会でコハクのために本を読む。
自然といつもいることが当たり前になっていく中で、コハクはどんどんアイナに懐いていった。
それを少し寂しく感じつつも、アキトはことあるごとに勝負を挑んでくるアイナに辟易していた。
そんなアイナの影響を受けてか、コハクもやけにアキトにお願いをしてくるようになった。
勘弁してくれ、とアキトはついに疲れ果ててしまった。
逃げるように、夜中に教会を飛び出した。十三歳になったアキトにとって、シスターの包囲網は簡単なものだった。
とにかく一人になりたくて。暖かな世界が苦手だとばかりに、アキトは墓地を選んで朝を待った。
これからどうするか、お金も食料もない子供に何が出来るかを考えいると。
「やっと、見つ、けた」
息も絶え絶えなアイナがアキトの前に現れた。靴も履かずに全身を汗と泥まみれにして。
「……どうした。そんな睨んで」
「アキトの、バカぁ!」
いきなりアイナに怒られて、少しだけ驚いた。
怒る以上に、泣いているアイナに驚いた。ぽろぽろと大粒の涙を零して泣きじゃくるアイナに、「何でお前が泣くんだよ」と冷たく言う。
「寂しいからよ!」
「俺は寂しくない」
――居心地がいいと、少しだけ感じていた。
コハクがいて、アイナがいて、シスターがいて。どいつもこいつも自分を中心に動こうとして。
なぜだかアキトにはそれが嫌だった。何も背負いたくないと。
だから、居心地の良い空間に浸りたくなくなって。飛び出して。
「あーもう。泣くなよ」
いつまでも泣き止まないアイナにさすがに気まずくなって、どうすればいいかと頭を撫でることにした。恐らくアキトが飛び出してからずっと探し回っていたのだろう。
墓地は臭いがきつい。アイナは自然と候補から外し、だからこそ見つけるのが遅くなったのだろう。
「やだ。アキトも、アキトも一緒に暮らすの」
まるで昔のコハクのようにぐずるアイナに、アキトは何回目かのため息を吐いた。
「俺は、一人だ。コハクもシスターも血は繋がってない。俺は世界に一人なんだ。そして……一人でいいんだ」
「私は嫌だ!」
「話を聞け!」
ずっとずっと胸に秘めていた苦い思い。父の顔も母の顔も知らなくて。シスターに拾われてコハクの面倒を押しつけられて。
自分が変わっていくのを感じながら、変わってしまってなにか起こってしまうのではないかと。漠然とした不安に襲われていた。
自分は優しくないし冷たい人間だから。自分が変わってしまったら――自分では無くなってしまうような気がして。
泣きじゃくるアイナに苛立たしげにそんなことまで吐いてしまい、アイナは強い決意の籠った瞳でアキトを睨んだ。
「アキトは変わらない! もし変わっても、私がずっと傍で『変わってない』って言うから!」
「っ!」
「だから、何処にも行かないで。アキトがいなくなるの、嫌だよ……」
自分から近づかなかったから、誰にも言って貰えなかった、欲しかった言葉。
「……本当か?」
疑り深いアキトは、つい聞き返してしまう。
アイナは必死に涙を拭いながら、満面の笑顔で答えた。
「本当だよ!」
暖かな感情が、胸の中にわき上がって。変わってしまってもアキトはアキトだと、アイナは断言した。
ぽろぽろとあふれ出したアキトの涙にアキト自身が戸惑った。
「……ごめん。帰ろう」
あふれる涙を拭いながら、アキトはアイナに手を差し出した。目を真っ赤にしたアイナはその手を握りしめ、「おかえり」と受け止めた。
………
……
…
「……ん」
まだ身体は痛むけれど、アキトは目を覚ました。すでに日は暮れており、窓から見上げた空は満天の星が輝いていた。
腕にしがみつくソラに気付きつつ、愛娘を起こさないように腕を剥がして上体を起こす。
暖かなソラの温もりとは違う、別の暖かな感情がアキトの胸の内に広がっていた。
「アイナ」
言葉にして、胸が温かくなる。ドキドキして、心臓が速く脈打つ。
「……ああ、そっか」
アイナが欲しいと、自分の心が言っている。彼女が傍にいれば、自分は変わらない。変わってしまっても、彼女がいるのなら――気にならない。
恐怖は消えていた。暖かい感情が胸の内を全部占めていた。
会いたい。会って――抱きしめたい。
すー、すー、と寝息を立てるソラの前髪をたくし上げ、むにゃむにゃと愛らしい寝顔のソラの頬にキスをする。
「俺はアイナが好きだったんだな。だから、嫌われたくなくて……逃げ出したのか」
ソラにいつも言っていた、大好きという言葉を噛みしめて。ソラへの思いとは別種の好きだとどことなく理解して。
「早く会いたいな」
恐らくだが――アキトは初めて、心の底から、誰かを求めた。
きっと子供の頃から、アキトはアイナに救われて。その時からもう彼女を好きだった。