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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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踏み止まって。




「お父さんっ!」


「アキト、無事かっ!?」


 竜王の消えた世界を見つめながら立ち尽くすアキトに、ソラとジークリンデが駆け寄る。

 遅れてきたエルフたちは、横たわるディアントクリスの死体に驚きながらも脅威が去ったことによる歓喜の雄叫びをあげている。

 続けて首都側からやってきたのは、冒険者ギルドによって集められた冒険者たちだ。本来であれば防衛線を支える主力でもあったのだが、ディアントクリスが討たれたことによりここまで駆けつけてきたのだろう。


 昇る朝日を見ながら、アキトの心は曇っていた。駆け寄ってきたソラにも気付かないほど、アキトは今の今まで感じていた、消え失せてしまった高揚感を悔やんでいた。


(……何を、しようとした?)


「お父さん?」


 ソラの言葉も届かないほど、アキトは先ほど自分が行おうとした魔法に恐怖している。

 対峙した竜王の強大さ。古龍であろうと越えることが出来る自己強化(エンチャント)・一式を用いてもなお越えられない。

 だから、それ以上に踏み入れようとした。人間の限界が邪魔をするのなら、人間であることを捨てようとした。


「……何でこんなに怖いんだろうな」


「お父さん、大丈夫?」


「……。ああ、ソラか」


 呆けているアキトの裾をくいくい、と引っ張って、アキトはようやくソラがいたことに気付いた。

 不安げに見上げてくるソラの手を取って、沸き立つ冒険者たちの声に耳を傾ける。

 自分たちが戦ったわけでは無いのに、ディアントクリスの死体を見ては喜んでいる冒険者たちをアキトは不満げに眺める。

 本来であればエルフや冒険者たちのようにアキトもああやって喜びを分かち合うだろう。強敵を倒し、脅威を排除し、その苦労が報われたことを笑顔で祝うだろう。

 でも、アキトの心は晴れないどころかより曇っていく。

 エルフも冒険者たちも何も悪くない。ディアントクリスに勝てるのはアキトだけだった。援護と称して人員を割かれても、邪魔でしか無かったとアキトは断言できる。


 ああ、違うのかな。


 アキトの胸中を過ぎってしまう言葉は、自分と他の人間たちを比べてしまったから。


「お父さん! 行こ!」


「あ、ああ」


 濁っていく思考をソラの言葉がかき消して、アキトの様子をうかがっていたジークリンデも微笑んで歩き出す。

 横たわったディアントクリスの死体から次々を魔石が引き剥がされていく。ディアントクリスの骨も肉も大人数で解体されていく。


「ありがとう、アキト。あなたの勝利だ」


「別にたいしたことをしたわけじゃ無い。ディアントクリス自体はそこまで脅威じゃ無かった」


「……あなたは凄いな」


「わぅ。お父さんは凄いんだよ!」


 アキトが褒められたのがよっぽど嬉しいのか自分が褒められたわけでも無いのにきゃっきゃとはしゃぐソラを見ながら、ぽん、と手を頭に乗せて撫でる。ふわふわの髪の毛は触っているだけでも気持ちが良く、ソラもにこにこと笑顔になる。


 ソラの笑顔に釣られてか、ジークリンデも頬を緩める。綺麗な笑顔だな、と思いながら、アキトは身体に走る激痛に顔をしかめ、片膝を突いた。


「っ……」


「お、お父さん!?」


「大丈夫か!?」


「大丈夫だ。……少し、自己強化(エンチャント)の出力を上げすぎただけだ」


「馬車を速く寄越せ! 道を空けろ!」


 意識を失うほどでは無いが、自己強化(エンチャント)・一式による身体への反動が一足遅れてやってきた。全身を襲う鋭い痛みは特に両足と両腕が痺れるように強く、次いで胸が破裂してしまうのでは無いかと思ってしまうほど強烈だ。

 ジークリンデの一喝で開かれた群衆をかき分けて、アキトはすぐに馬車へ運ばれ寝かされる。今にも泣きそうなソラがおろおろとアキトの手を握っており、アキトは空いている手でソラの頬を撫でる。


「大丈夫だよ、ソラ。反動のデメリットだけだから、すぐに治る」


「ほんとに? 本当に?」


 おろおろと狼狽えるソラを見ていると、ついつい微笑ましくなってしまう。命に別状が無いからこその余裕なのだ。ソラはアキトの手をぎゅ、と握りながら、それでも不安なのかアキトの手を自分の胸元に抱き寄せる。


「ま、魔法ならどう?」


「そうだな。……まあ、それよりも寝たいかな」


 よくよく考えればアキトは一睡もせず走り続け、ディアントクリスとの戦いや竜王との激闘を繰り広げた。その疲労も怒濤の勢いで押し寄せてきて、アキトは強い睡魔にも襲われる。


「じゃあボクが抱き枕になります!」


 ぴょん、とアキトの上に飛び乗るソラ。すっかり成長したとはいえまだまだ六歳の子供だ。決して重くは無いが軽くも無いソラを、アキトはぎゅ、と抱きしめる。子供特有の高い体温が伝わってきて、自然と瞼が重くなる。


「あらら。本当に抱きしめられるとは」


 頬をほんのりと朱に染めながらも、ソラはアキトの胸板に頬ずりする。ずっと傍にいてくれる優しい父親を少しでも癒すことが出来ればと、ソラからもぎゅう、と身体を押しつける。


「すりすり」


「はは、くすぐったいぞ……」


 とはいえアキトはもう睡魔に身を任せている。ソラがいくらなにをしようとも直に意識を手放すだろう。瞳を閉じて微睡みの中に沈んでいく。

 胸に感じる暖かさが、少しでも人の道から逸れようとした自分を引き戻してくれる。

 その暖かさは、ずっと昔に味わったことがある。

 そう、あれは――ずっと昔の、大切な出会い。


 ………

 ……

 …




 アキト・アカツキの世界に両親という存在はいなかった。


 小さな町の、小さな教会。神の教えもへったくれもない、寂れてしまった教会がアキトの家だった。忍び込んだ教会でばったり遭遇したシスターが、アキトを引き取ったのだ。

 まだ七歳になったばかりのアキトは、誰にも無愛想だった。シスターにも心を開かず、ただただ退屈な毎日を過ごしていた。


 そんなアキトが九歳になったころに、シスターがコハクを引き取ってきた。まだ五歳のコハクは、シスターにも怯えて部屋の隅で本を読んでいるような女の子だった。


『あの子の名前を考えてくれない?』


『何でさ、急に』


『おばさんセンスがないからねえ』


 当時、来たばかりのコハクには名前が無かった。親に捨てられ、その頃の記憶を忘れようとしているコハクのために、シスターは新しい名前を挙げようとアキトに提案したのだ。

 当たり前のように突っぱねるアキトなのだが、コハクに興味が無かったわけではない。

 なにしろ今までずっと一人だったのだ。一人で良いと思っていたのに、突然部屋の隅に虫のように居着いたコハクがずっと気に掛かっていた。


 邪魔では無かった。不思議と、コハクを邪魔だと感じはしなかった。


 シスターもそれを見抜いていたのだろう。嫌だ嫌だといいつつもコハクを見ていたアキトを優しく見守っていたのだ。

 そんなシスターに根負けして、ずっとコハクの綺麗な瞳に気付いたアキトが付けた名が、コハクなのだ。


『じゃあ、コハク』


『アタシよりセンスないわねぇ!!!』


『うっさいババア』


『アタシはまだ二十九よ!』


 その日の晩ご飯は露骨に量を減らされたけど、シスターが何度もコハクと呼び続け、新しい名前にやっと笑顔を見せたことを忘れない。


『……よろしく、コハク』


『よろしくお願いします、お兄ちゃん』


 それから二人は兄妹となった。アキトの後ろを追いかけてくるコハク。コハクが本を読みたければ付き合うアキト。そんな二人を微笑ましく見守り続けるシスター。

 いつまでもこんな生活が続くのだろうと思っていた。成長しても、シスターはアキトたちを見守り、コハクはアキトを追うのだろうと。

 そして自分は、無愛想にしながらも二人を守っていくのだろうと。




 ――アイナと出会ったのは、それから一年後だ。

支えてくれる、人がいる!

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