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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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人の限界。




 思考が黒に染まっていく。今すぐにでも暴れ出しそうな衝動を必死に抑えながら、アキトは眼前に立つ【ソレ】を睨む。

 殺せと頭の奥から叫び声が聞こえてくる。思考が染まり、自分が抱えてきたはずのなにもかも全てが全てが全てが殺せと囁いてくる。

 違うのだ。彼の心にいる大切な仲間たちも、愛娘もそんなことを言ったりしない。

 これはアキトを蝕む呪いのようなものだ。殺意の衝動にまみれながらも、アキトは平静を装ってエクスカリバーを構える。


 その女性こそ、古龍たちを従えている竜の王であることをアキトは知らない。

 けれど対峙する女性から感じ取れるこの圧力こそ、女性がヒトの形をしているだけの存在であることを実感たらしめている。


 今にも襲いかかりそうなアキトを前にしてもなお、竜王は悠然と金の髪を掻き上げて夜空を一瞥すると、続けて地に伏したディアントクリスの死体を愛おしむように見つめた。


「ああ可哀想にディアントクリス。けれど悲観することは無い。お前が暴れてくれたおかげで余は英雄と再会することが出来た」


「っ!?」


 気付けば竜王はディアントクリスの顔を撫でていた。その移動をアキトは追うことが出来なかった。

 けれど竜王はアキトに一切の手を加えず、涙を流しながらディアントクリスの死を悲しんでいた。


「ディアントクリスよ。お前は余の与えた役目を全うしてくれた。あとはゆっくり眠っておくれ」


 豊満な胸を揺らしながら顔を上げた竜王は舐めるような視線をアキトに送る。


「では、殺し合おうか」


「……言われるまでもない」


 殺し合おうと言われてアキトの抑えていた感情が零れてしまう。

 それは身体が過剰に動いた。視認できないほどの速さで振るわれたエクスカリバーを、竜王は表情を歪ませながら二本の指で挟んで抑え込んだ。


「なっ――」


「遅いぞ、英雄」


「がッ!?」


 受け止められたことに驚き一瞬緊張が解けたアキトの腹部へ、竜王は膝蹴りを放つ。

 吹き出しながらアキトの身体は蹴飛ばされるも、すぐに中空で姿勢を戻して着地する。

 痛む腹部を押さえながら立ち上がったアキトの表情は、嗤っていた。

 それはソラの前では――いや、アイナやコハクの前でも一度も見せたことの無い、邪悪な笑み。


 地面に円を描き、複雑な紋様を書き込んでいく。慣れ親しんだその文字列は、アキトが今の今まで抑え込んでいた、自己強化(エンチャント)の出力強化。


 竜王もまたアキトが何をするのか察したのか、愉悦に口元を歪めながらその時を待っている。


「術式解錠――果てへと至れ。我が体内を駆け巡れ。我は人の領域を踏破する者」


 魔方陣から立ち上った光が次々にアキトの体内に取り込まれていく。

 一瞬の閃光の後に、アキトは魔法を完成させる。


自己強化(エンチャント)・一式――限界突破(リミット・ブレイカー)


 二式よりも、さらにその上。

 大地を蹴り飛ばし、アキトは一歩で竜王に肉薄する。


「ほう」


 嬉しそうな声をあげながら竜王はそれでもアキトの一閃を鋭利な爪で弾いた。

 けれど先ほどよりも、竜王の動きはアキトに見えている。追うことが出来る。

 弾かれることを承知でアキトは攻撃の手を止めない。弾かれようとも、竜王の身を切り裂くために攻撃を続ける。

 振り下ろし切り上げ薙ぎ払い上下左右全方向からフェイクを織り交ぜエクスカリバーを振るい続けても――それでも竜王には届かない。


「はは、は」


 攻撃が届かない悔しさよりも、まだ越えられない竜王の強さにアキトは思わず笑いが零れる。

 竜王もまた自らの速さに追従してくるアキトの強さに笑みを浮かべる。


「ッ!」


「チッ!」


 昇る朝日によって差し込まれた陽光が両者の視界を一瞬だが奪う。

 互いに訪れる刹那のチャンス。悦楽の瞬間を奪われながらも、アキトは竜王の左胸を目掛けてエクスカリバーを伸ばす。

 けれど竜王の動きはそれにすら間に合う。再び弾かれ、両者はそれを合図として一旦距離を取った。


「ははは、ははは……!」


「楽しいなあ、英雄!」


 アキトは未だに竜王を越えられずとも、確かに楽しみを味わっていた。

 勝てない相手ではない。越えられない相手ではないと。勝ちたい相手であると。越えたい相手であると。

 だが竜王にはまだまだ余裕がある。かつてファフニールを追い詰めた、アキトの選択肢の中で最終手段でもある自己強化(エンチャント)・一式を用いてもなお、竜王に刃は届かない。


 アキトはこの戦いを愉しんでいる。相手を越えたいと思う以上に――その余裕ぶった表情が崩れる様を見届けたいのだ。

 でもそれは今のままでは叶わない。今のアキトでは竜王に敵わない。


「……わかっているんだろう、英雄。お前がしたいこと。余にさせたいこと。それが今のままでは出来ないことくらい!」


 それを竜王も理解している。理解しているからこそ、アキトにそれ以上を求めてくる。

 けれども一式の自己強化(エンチャント)は、アキトにとって――いや、これまでに開発・研究されてきた自己強化(エンチャント)の魔法で最も『人間の限界』に届く魔法なのだ。

 身体の限界を、反応速度を処理速度を全て可能な限り引き上げて。

 だから、それ以上を望まれるということは。

 アキト自身が恐怖していることとなる。


「っ……」


 一瞬の逡巡の後に、アキトはエクスカリバーの切っ先を地面に突き刺して手の平を竜王に向けた。


 越える、つもりなのだろう。

 それは人間をやめることと同義であるのに。


 竜王の表情が破顔する。待ち望んでいたかのように、両手を広げてアキトを歓迎する。


「さあ来い英雄! 今こそ人間の境界から解き放たれ、余に迫る存在と化せ!」


 高まる魔力。詠唱によって発現する魔法。理屈でしか定めてなかった、ただただ興味本位で作り上げた一式を超える自己強化(エンチャント)

 そしてそれは、人の限界を完全に超えてしまう魔法である。


自己強化(エンチャント)――――」


「お父さーーーーーんっ!!!」


「っ!」


 聞こえてきた声にアキトは『はっ』と己を取り戻した。

 発動した魔法が完成する直前に消え失せる。アキト自身が驚くほど、聞こえてきた声に冷静さを取り戻した。


「ソラ……?」


 悦楽に浸っていた感覚が急速に冷めていく。振り返れば、渓谷を抜けてくる集団が見えた。一式によって強化された視覚が先頭のジークリンデを見つけ、同乗しているソラを見かけた。


「……邪魔が入ったか」


「待て。どこへ――」


「何処にでもいるよ。英雄よ、また会おう」


 振り返った時にはもうそこに竜王の姿はなかった。何処から来て何処へ行ったかもわからない存在を前に、アキトは胸中で物寂しさを覚えてしまう。

 自分がどうしても敵わないと感じてしまった。人を越えてしまおうとも感じてしまった存在。

 そして、自らがずっと抱いていた恐怖にも気付いてしまった。

 生への執着が薄かったアキトが、初めて自覚して、抱いてしまった恐怖。


 アキトは、人で在りたいのだ。人を越えてしまうのを、怖がっている。


 その気持ちは、誰のために得た思いなのだろうか?

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