夜明けの風
爆風が風に薙ぎ払われると、ディアントクリスは周囲を見渡した。
未だ残る煙によって視界は完全では無いが、周囲にアキトの気配はしない。
自然に身についた、魔法では無く魔力をそのまま爆発させる。魔鎧竜と化したディアントクリスだからこそ手に入れた力は半径十メートルほどの草原を円形状に焦土へと変えた。
泥は乾き、腐った草花は塵も残らず吹き飛んだ。
障害は排除できた。ディアントクリスは再び首都を目指して走り出そうとしたところで――。
ディアントクリスは姿勢を大きく崩す。尻尾が根元から両断され、地面に転がった。
何が起きたか理解する間もなく、次いで右足に激痛が走った。
「ガァッ!?」
「――ったく。煩わせてくれる!」
爆風によって排除したはずのアキトが、そこにいた。
ディアントクリスが全身に魔力を巡らせた刹那、アキトは爆発が起こすつもりだと察した。
けれどその規模まではわからない。エクスカリバーや簡易的に使える防御の魔法では防げない可能性が高いと踏んだアキトは、空を目指して跳躍した。
そして爆発が起こる。
爆発の勢いを利用してアキトは大きく跳躍した。それこそディアントクリスの視界から外れるほどに。
空中でエクスカリバーを振りかぶり、落下の勢いを利用してディアントクリスの首を叩き切る。
けれど走り出そうとしたディアントクリスに狙いをずらされ、結果として尻尾を切り落とす形となった。
追撃に右足を断つ勢いでエクスカリバーを振るうも、魔石によって守られている体表を両断するにはやや踏み込みが浅かった。
「本当に固いなお前は!」
「ゴアァァ!」
アキトを仕損じたとディアントクリスは吠えながら口腔に熱を集め、灼熱のブレスを吐こうと首を大きく振り上げる。
「……ガッ?」
だがそこでディアントクリスはよろけてしまった。尻尾を失ったことをすっかり失念し、崩れたバランスを傷ついた右足では踏ん張りきれなかった。
そこをアキトは見逃さない。
「集え魔力よ。星の煌めきに応えよ。名を告げよう。其れは流星となりて空を駆ける――!」
短文を連続で読み上げ詠唱として。しかしここには魔方陣がない。
高めた詠唱による魔力だけでは魔法は発動しない。それはアキトもよく理解している。
魔方陣とは複雑に作り上げられた叡智の集合体。どんな魔法を使うか、どのような事象となるか全ては魔方陣次第である。
だが仮に、その魔法を選ばないのであれば?
ディアントクリスと同じように、ただ単純に魔力を膨らませて爆発させるだけなら?
それならば、魔方陣とよく似たもので十分なのだ。
だってそれはもはや魔法とは言えない、ただの暴発なのだから。
魔方陣は本来円形状の中に複雑な文字や図形が書き込まれたもの。
円形の枠組みの中に、魔法を構成するために必要なものを当てはめるのだ。
つまり、円陣こそ魔方陣の始まりである。
そしてここには、ディアントクリスの爆発によって出来上がった焦土が歪な形で円形状となっている。
それだけで十分なのだ。それだけで、十分に魔法を暴発させることが出来る。
「爆ぜろッ!」
円のほぼ中心にいたディアントクリスが爆発に巻き込まれ、吐き出そうとした灼熱が行き場を失い空へと噴き上がる。闇夜を照らした灼熱はディアントクリスが大地に横たわり消失する。
倒れたディアントクリスが立ち上がれないように、アキトはまず片足を奪った。動かないディアントクリス目掛けて、今まで以上の力を込めてエクスカリバーを振り下ろした。
立ち上がることを許されなくなったディアントクリスは呼吸を乱しながらアキトを睨んでいる。もう立ち上がれないというのに、全身を奮い立たせてアキトを食い尽くそうと大口を開ける。
「バカが。わざわざ弱点を晒す奴がいるか」
「ガ……ッ」
ディアントクリスの口内は魔石によって覆われていない。つまり、口内こそディアントクリスの弱点である。開かれた口内に敢えて入り込んだアキトは、逆に口内から攻撃を開始する。
舌を切り落とし、牙を折る。悶絶するディアントクリスは激痛に悶えて動くことすらままならない。
足を奪われ、地に断つことを許されなくなった時点で勝負は決していた。
いくら足掻こうとアキトの優性は変わらない。ディアントクリスの抵抗は、アキトに届きやしない。
「古龍はこの程度じゃ無い」
かつて、ファフニールと戦ったアキトだからこそ零れた言葉。
条件も違うし、状況も違う。けれどもアキトは魔鎧竜ディアントクリスを、古龍と認めるつもりはないようで。
「古龍はもっと恐ろしい。俺の二式なんかでは敵わない。そしてなにより――姿を見失ったくらいで油断しない」
巨体で圧倒的な力を持つことが古龍の条件では無い。
自然を侵すことこそ、古龍の条件であると言われているが。
それでもアキトはディアントクリスを古龍として認めない。
「ファフニールはもっと手強かった。ただの一瞬も油断すること無く俺を殺すために全力を尽くした。貴様はどうだ。俺を敵として見ておきながら、爆発で殺したと思い込んで気を逸らした」
アキトの表情が、どこかおかしい。ディアントクリスの首の前に立ち、エクスカリバーを両手で振りかぶっているが、どこかつまらなそうな表情を見せている。
「お前は、雑魚だ」
反論の咆哮を上げること無く、ディアントクリスは首を両断され命を奪われた。
物言わぬ骸となったディアントクリスに腰掛けながら、アキトは登り始めた太陽に視線を向けた。
「……つまらねえ」
過去に、激昂のまま命を奪ったエフィントウルフとの戦いを思い出す。
ファフニールとの決戦を思い出す。
幾度となく繰り広げられた死が付きまとう戦場を思い出す。
「物足りない、と言った表情だな」
突如として聞こえてきた声にアキトは立ち上がり、エクスカリバーを正面で構える。
「――っ」
【ソレ】はなにもない空間から現れた。
風にたなびく美しい金の髪と。
全てを見通し、貫く金の瞳。
滑らかで清らかで肉付きのいい褐色の女性体。
忘れるものか。忘れてたまるか。
一度アキトの心を折った存在にして、かつてファフニールを守るために現れた女性。
「久しぶりだな、英雄」
「きさ、まは!」
――不思議とアキトの心に訪れたのは、かつてのような恐怖では無かった。
違う。身体は恐怖に支配されている。今すぐに屈して頭を垂れてしまいたくなるような恐怖に身体は震えている。
でも、違う。アキトはその恐怖の理由に気付いた。
気付いて、しまった。
「……はは。ははは。武者震いか。いいぞ、そうでなくては。貴様は余を殺したくて仕方がないのだな!」
「違う。黙れ! 俺の目の前から消えろぉっ!」
目の前の存在であれば、自分はもっと暴れられる。
目の前の存在であれば、自分はもっと死力を尽くせる。
目の前の存在であれば、自分は満たされる。
嗚呼、それは気付いてはいけなかった感情。
アキト・アカツキが恐怖していたのは、死という生への執着では無かった。
自分では勝てないかもしれない存在を殺すことで得てしまう、ヒトの枠から外れてしまう、恐怖だ。




