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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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緊急事態




「むにゃ……もう食べられないよぉ……」


 寝言を呟くソラの頭を撫でながら、宛がわれた部屋でアキトは窓から空を見上げていた。

 夜空には綺麗な満月が浮かんでいて、見渡せば静まりかえったエルフの里を一望することが出来る。

 ジークリンデに案内された一室は、とても客室とは思えない豪勢なものだった。

 ただの客に、エルフがこのような部屋を用意するとは思えない。綺麗に彩られた部屋の隅にある鏡台は、きっとこの部屋の持ち主のものだろう。

 本棚に詰められた本は全て魔道書であり、ソラも興味津々だったがさすがに押し止めた。

 ディアントクリスを討伐した際にもらい受けたいが、その交渉もまだ難航している。


「……長がいないとはな」


 エルフの代表である長は、不在だった。なんでもディアントクリスの件について共和国の首都に招かれているらしい。

 明日には戻るとのことだが、ジークリンデも途方に暮れていた。魔道書の件について、長を頼るつもりだったのだから当然だ。アキトとの交渉に必要である魔道書の譲渡について、まだ答えが出せないでいる。


 他のエルフに話を聞く限り、ジークリンデは長の一人娘であるらしい。

 つまり、何事も無ければ次代の長はジークリンデになるのだろう。それほどの立場でありながら、魔道書の件について即答できなかったのはそれほどまでに長の立場が強い、ということなのだろう。


「古龍、か」


 柔らかなソラの髪を手で梳きながら、古龍に分類された魔鎧竜ディアントクリスのことを考える。

 恐らくはファフニールなどの古龍とは違う、突然変異種であることに間違いは無い。

 だが――そのような存在が、どうして脇目も振らず一直線に首都へ向かっているのだろうか。

 首都へ一直線に進路を取っているからこそ、エルフたちや冒険者たちも動いているのだが、アキトにはそこが引っかかっている。


 確かに古龍自体が出現し、都を襲うことは普通である。いや、襲うという表現は少し違う。古龍の通り道に、都があるだけだ。

 だが、ディアントクリスは少し違うと感じていた。


 エルフたちが集めた情報を宴の席の中で集めたが、どうにも違和感が拭えない。

 エルフたちが総出となって放った魔法。冒険者ギルドから派遣された、幾人ものBランク以上の冒険者たちの攻撃。

 それらを全て受けてもなお、ディアントクリスは足を止めなかった。本来なら危険と感じ、襲ってきたエルフたちと戦うはずなのだが。

 全身を魔石で覆ったディアントクリスは非常に高い防御力であり、エルフたちの魔法も、冒険者たちの攻撃もダメージを与えられなかったらしい。


 ダメージを与えられないから、敵としても見ていない?

 ディアントクリスにそんな習性があるとは聞いていない。過去に戦った時も、挑むには早すぎるDランクの冒険者すら敵として襲っていた光景を見たこともあるくらいだ。


 だから、おかしいと感じている。まだ相対したことがないアキトだからこそ憶測しか出来ないが……。

 古龍に分類されたくらいなのだから、通常のディアントクリスとは違うといえば当然なのだが。

 しかしそこも妙である。

 本来古龍とは、非常に危険な存在である。かつてのファフニールが出現した時など、付近の村や町からは人が消えたくらいだ。

 進路上にない村や町がパンクしてしまうほど、人々は怯えていた。それほどまでにパニックが起きてしまう。経済もなにもかもが狂ってしまう。

 古龍とは、人々の生活を一瞬で破壊してしまう。


「古龍への分類が早い。だが、対応が遅い」


 避難はきっとしているのだろうが、一日半の共和国の旅で感じたのはどこかしこも気が緩んでいたことだ。古龍が出たというのに、関所の衛兵などは気にも止めていなかった。

 古龍として分類したのであれば、もっと早く対応するべきでは無いのか。

 考え出したら思考は止まらない。感じている違和感に納得できる答えを導くまで、アキトは眠らないだろう。

 なぜ。なぜ。なぜ。

 答えは出ないまま時間は過ぎていく。満月が頂点にさしかかった頃に、エルフの里に大声が響いた。


「伝令! 伝令ッ!!! ディアントクリスが速度を上げた! 予想よりも遙かに速い!」


「ッ!」


 ざわめき出すエルフの里。家屋に次々と明かりが点り、弓矢や杖を構えたエルフたちが外に飛び出してくる。


「……ん~?」


 あまりの大声にソラも目が覚めてしまったのか、眠そうに目をごしごししている。小さな欠伸を繰り返しながら身体を起こしたソラは、外の異様な雰囲気に驚いて意識を覚醒させてしまう。


「わぅ。ど、どうしたの? 凄いピリピリしてるみたいですけど……」


「ディアントクリスが速度を速めたらしい」


「わぅ!?」


 驚きのあまりソラも飛び起きる。どうすればいいか戸惑っている内に、アキトはエクスカリバーを携えて立ち上がり、ソラをひょい、と抱き上げた。


「お、お父さんっ?」


「ジークリンデと合流するぞ」


「はいっ」


 外に出ればざわめいたいてエルフたちは落ち着きを取り戻していた。鎧甲冑を着込んだジークリンデが一喝し、武器を用意したエルフたちが声に従う。


「ジークリンデ!」


「アキト、済まない。起こしてしまったか」


「起きてたから大丈夫だ」


「わぅっ!」


 元気いっぱいに返事をするソラに微笑みながら、屋外に構えられた木製のテーブルにジークリンデが地図を広げた。

 続けて白髪のエルフが宝石のように滑らかな石を地図上に置いていく。一際大きな石はおそらくディアントクリスを差しているのだろう。


「ディアントクリスの進行速度は非常に緩やかなものだった。アキトがこちらに到着しても、三日は余裕があるはずだった。……信じられない。ディアントクリスが走り出すなど、奴が出現してから一週間、一度も無かったのだぞ!?」


「御託はいい。結論を言え」


「っ……このままの速度で行けば、早ければ夜明けには、防衛ラインにたどり着いてしまう」


 地図上に記載された首都からやや離れた草原地帯に大雑把に引かれた赤いライン。

 おそらくはそこを戦場とする予定だったのだろう。だが予想以上に速度をだしたディアントクリスを前に、準備が間に合うかどうか。


「防衛の配置は?」


「完全では無いだろう。……冒険者ギルドから、連絡もまだだからな」


「っち。古龍って奴らは毎回めんどくさい!」


 急を要する事態にアキトは即座に判断を下す。引き抜いたエクスカリバーで地面に円を刻み、魔力を込めて詠唱を紡ぐ。


「高みへと至れ。限界を踏破せよ――自己強化(エンチャント)・三式・体」


 一瞬で発動する自己強化(エンチャント)を、アキトは三式で発動させる。

 今まで最高でも五式から発動させているイメージだったソラからは意外だったのだろう。

 続けられた聞き慣れない術式は、通常の三式とは少し違い、とりわけ脚力を向上させる自己強化(エンチャント)だ。


「俺は先に行く。首都の冒険者ギルドに《コール》して防衛の配置を急がせろ」


「わ、わかった。では馬を――」


「ソラ」


「はい。待ってます!」


 さすがの事態にソラもアキトの言葉を理解した。ジークリンデもまたアキトと目を合わせて頷き、ソラの肩に手を乗せる。


「ジークリンデ、ソラを頼む」


「ああ。――頼むアキト、ディアントクリスを止めてくれ」


 「任せろ」と言い残してアキトは地面を蹴った。三式によって高められたアキトの身体能力は馬の脚力すら上回る。

 一歩一歩に力を込めて地面を蹴り、闇に包まれた森を突き抜ける。

 夜明けまであと五時間。アキトが追いつけるか、ディアントクリスが首都へ到達してしまうか。


 間に合わないかも、しれない。

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