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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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手荒い歓迎




 共和国に入り、何回かの休憩を挟んで一日ほど、エルフの里があるという森の前にまでアキトたちは到着した。

 里に寄り、アキトの報酬について話し合い、一泊してからディアントクリスを討つ段取りであったが――。


 森に入ろうとした時点でアキトたちは囲まれてしまった。

 弓を構えたエルフたちが十名ほど、ローブを羽織り杖を携えるエルフが二十名ほど。

 予想もしていなかった手荒い歓迎に、アキトは顔をしかめた。


「なあジークリンデ、これはどういうことだ?」


「……すまない」


 謝罪の言葉を繰り返すジークリンデの言動から察するに、これは予定された襲撃なのだろうとアキトは判断した。

 馬車から降りてソラを背中に隠しながら状況を観察する。周囲の弓兵はいつでも矢を放て、魔法使いもすぐに詠唱を始められるだろう。

 そんな状況で、ジークリンデは数歩踏みだしアキトへ振り返った。


「人間を里に連れ込むのは不味いってことか?」


 時間を稼ぐつもりでアキトは最初の推測を口にする。もちろんこれが理由で無いことくらいアキトも気付いている。それなら森に入り込んだ時点で強襲した方がよっぽど効果的だ。

 つまり、今囲まれているのはあくまで威嚇。攻撃するつもりはないが、エルフたちにとって不都合な行動をすればいつでも弓を放てるという意思表示なのだろう。

 その上で魔法使いたちも備えているのは、アキトの実力を考慮しての配置だろう。


「違う。エルフは確かに人間を好んではいない。だが昔ほど嫌ってもいない」


「じゃあこれはどういうことだ?」


 静かに周囲を見渡しながらアキトは問答を続ける。不安げに後ろで怯えているソラの頭を撫でる。少しでも安心できるようにと。


「……あなたが本当にディアントクリスを倒せるか、見極めるためだ」


「随分ディアントクリスに執着してるんだな? ディアントクリスは里を攻撃しないはずだろ?」


 共和国に入ってから説明されたが、ディアントクリスの進行経路はエルフの里から大きく離れている。つまり、エルフたちにとってディアントクリスは脅威とならない。自分たちに降りかかる脅威でないのなら、エルフたちも関わらなくていいはずだ。

 馬車でアキトがした質問を、ジークリンデは「……そうかもしれないな」と濁していた。


「で、なにをすれば見極められるんだ?」


 呆れてため息を吐いたアキトが、弓兵の一人に視線を向けた。視線を向けられた一人はビク、と身体を震わせて一射を放ってしまう。


 ジークリンデが「馬鹿!」と叫ぶよりも早く矢はアキトに届いてしまう。

 それをアキトは、素手で掴んだ。


「……情けない。訓練しかしてないのが丸わかりだ」


 アキトは今、自己強化(エンチャント)を使っていない。それでも弓兵が放った一射を見切って矢を掴んで見せた。掴んだ矢を捨てて周囲のエルフたちを一瞥する。

 矢を掴んだアキトに萎縮したのか、誰もが一歩後退る。

 「はぁ」とアキトはまたもため息を吐いた。


「ジークリンデがいようとも関係ない。お前ら如きすぐに片付けられる」


 それこそ剣を抜く必要もないとばかりにアキトは両手を見せびらかす。弓兵の一射を見切って、観察した結果導き出した答えなのだろう。

 明らかに馬鹿にされていると感じた魔法使いのエルフが声を荒げる。


「舐めたことを! たかが人間がこの状況をひっくり返せると思ってるのか!」


「そうか。そう思うなら攻撃してみろよ」


 指で招くように魔法使いを挑発するアキトに向けて、魔法使いはさらに半歩後退してから詠唱を紡ぎ出した。魔法使いの足下に浮かび上がる魔方陣と、高まっていく魔力。

 ソラでも感じるほど、高度の魔法だ。おそらく直撃すればタダでは済まないレベルの。


自己強化(エンチャント)・五式」


 だがそれよりも、アキトの方が早い。ソラの不安は消え去った。


「大気よ集え、敵を払え――って嘘っ!?」


 自己強化(エンチャント)によって高められたアキトの身体能力は、エルフたちの予測を大きく上回っていた。壁となっていた弓兵を飛び越えて、アキトは詠唱を始めていた魔法使いの眼前にまで肉薄していた。

 そのまま手刀で額を小突く。元から傷つけるつもりもないからそれで十分なのだろう。

 転げてしまった魔法使いを危惧して弓兵が矢を構えるが、それでも遅い。

 矢が放たれるよりも早く、魔法が唱えられるよりも早くアキトは動き回る。遮蔽物の少ない森の入り口だからこそ、アキトは自由自在に動き続ける。

 弓兵を無力化させるのに時間はかからない。魔法使いの詠唱を止めるのに手間は要らない。

 五分とかからずエルフたちは無力化される。剣も抜いていないアキトに。


「見事だアキト。……そして、すまない」


 離れたところで見守っていたジークリンデが拍手を送るも、アキトの視線は冷たい。

 なにしろディアントクリスの討伐を依頼してきたエルフたちに「実力を見極めたい」と襲われたのだ。それならば依頼を頼む前に手合わせでもすればいいのではなかったのか。


「エルフってのは、本当につまらないプライドの塊だな」


 アキトは別に亜人種を嫌ってはいない。だが、向こうにこうも見下されていたのはさすがに気分が悪い。


「すまない。そしてもう一度謝罪しよう。私たちは君の力を見くびっていた。君は、本当に底が知れない」


 恐らくはジークリンデもアキトの相手をするつもりだったのだろう。だが一瞬で蹴散らされた弓兵と魔法使いたちを見て敵わないと判断し、剣を下ろした。

 謝罪の意味を込めた握手にアキトは明らかに嫌な表情を見せながら応じる。


「魔道書の件、譲らないぞ」


「……善処する」


 それ以外にもなにか要求をすることを決意してアキトは改めてジークリンデと握手を交わす。駆け寄ってきたソラを抱き上げて、森の奥を見据える。


「里に行くのか?」


「ああ。謝罪も込めて歓迎の宴を準備させよう」


「……宴する暇があるなら打ち合わせしてディアントクリス討伐した方が早くないか?」


「さあ歓迎の準備だ! お前たちも立ち上がれ! 情けないぞ!!!」


「「「は、はい!」」」


 誤魔化すように声を荒げたジークリンデに何回目かわからないため息を吐きながら、ソラの手を握りしめる。握りしめた手から伝わる暖かさがすさむ心を癒してくれる。


「お父さん、いこっ」


 襲われたというのにソラは無邪気にエルフたちを追う。アキトも苦笑しながら手を引くソラについていくのであった。




   *




 日付も変わる夜遅くに、草原をゆったりとした速度で進む竜がいた。

 聞こえてくる怒号に耳も傾けず、理由もわからないまま竜は悠然と歩を進める。その速度は決して速くないが、その分だけ周囲に与えてしまう被害も大きくなっていく。


 冒険者ギルドから派遣された、A級冒険者カレイド・アローンは決死の表情でその竜を――魔鎧竜ディアントクリスを追っていた。


「くそ、これ以上進むなぁっ!!!」


 ぬかるんだ地面を踏み締めながら、目もくれず進み続けるディアントクリスに幾度となく剣を振り下ろす。けれど全身を覆う魔石には傷一つ与えられず、ただただ追いかけるだけで消耗させられていく。

 歯牙にもかけない、とはまさにこのことだろう。A級冒険者としての自信もなにもかも、ディアントクリスを相手にして全て失われてしまった。

 それでも彼を突き動かすのは、ひとえにディアントクリスから街の人を守りたいという熱い思いだ。


 でもそれも、全て消えた。


 金髪金眼の褐色の女性を前にして、カレイド・アローンの心の柱は消え失せた。

 折れやしない。砕けもしない。でも、消えた。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 女性を見て全身に走る死の恐怖を前にしてカレイド・アローンは脇目も振らずに逃げ出した。剣を捨て走り出したカレイド・アローンを【ソレ】は興味なさげに見送った。


「つまらぬ。つまらぬのう。今の冒険者という奴らはここまで弱いのか?」


 【ソレ】は嗤いもせず悠然と進むディアントクリスの魔石を愛おしそうに撫でる。まるで我が子のように愛おしむ。それがディアントクリスにも伝わるのか、ディアントクリスも「グルル」と小さく鳴く。


「行くがいいディアントクリスよ。余の願いを叶えるため。余の理想を叶えるために」


「グルォォォォォッ!」


 【ソレ】の言葉に呼応するかのように、ディアントクリスが歩を早めた。

 向かう先は、レイティア共和国首都。

 【ソレ】はディアントクリスを見送るとなにもない空間に溶け込んでいく。【ソレ】が向かうは自らの世界。


 その世界には、竜が溢れていた。

 古龍と呼ばれる竜たちが眠る世界だった。

 ファフニール、ジャバウォック、リヴァイアサン、バハムート――他にも数え切れないくらいの竜たちが眠っている。


「つまらぬ。ああ、余は退屈だ」


 漆黒の世界にただ一つだけ存在する玉座に腰掛けた【ソレ】は大きな欠伸をすると、眠たげな表情をして過去に思いを馳せる。


「あの冒険者はいつ現れるだろうか。ディアントクリスを止めに来るか? ――ああ、来れば、楽しめる」


 下唇を舐め、【ソレ】は竜たちを起こしてしまわぬように静かに笑った。


「来るがいい英雄よ。お前は余を殺せるか? 竜王である余を殺し、世界につかの間の安寧をもたらす存在となり得るか?」


 頬杖を突きながら、【ソレ】は、『竜王』は静かに眠りに入る。次に目が覚める時には、ディアントクリスが共和国の首都を滅ぼしているだろう。

 もし英雄が来ないのであれば――それはそれで構わない。

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