ソラ、共和国を目指す
運ばれてきた秋風サンドスペシャルとレタスサンドを平らげ、ギルドのテーブルでエルフと向き合う。
エルフは背負っていた大剣はテーブルでは支えきれずに地面に寝かし、ピシ、と背筋を正した。
「私はジークリンデ・ハネジロ。レイティア共和国出身だ」
「アキト・アカツキだ」
「ソラ・アカツキですっ!」
互いの自己紹介を済ませると、さっそくとばかりにジークリンデはテーブルに羊皮紙を広げていった。全部で三枚の羊皮紙には、一枚目はギルドへ渡される依頼が、二枚目には鉱石を背負った二足歩行の竜の絵が、三枚目には詳細事項が細かく記載されていた。
「れいてぃあきょーわこく?」
「ああ、ソラは行ったことないもんな」
ジークリンデの出身国を聞いて首を傾げたソラにアキトが答えた。
アキトたちが住んでいるスタードットの街は『クレイル王国』。その王国の南西にレイティア共和国がある。
人間以上に獣人やエルフ、ドワーフといった亜人たちが多く住んでいる国であり、王国以上に多種族との交流が盛んな国である。
アキトの説明にソラはふむふむと頷いている。国ごとの文化の違いはあれど、この大きな大陸に存在する大なり小なりある国々は全て言語が共通されており、行き交うのも身分さえ保障されていれば自由なのだそうだ。
薄まってきていた前世の記憶の中にそういう国家群があったことを思い出し、それに似ているのだろうとソラは判断した。
「冒険者になると、全部の国を巡れるの?」
「まあいくつか入国を拒んでる国もあるが……大体は受け入れてくれるな。むしろどの国にもギルドがあるからクエスト次第では行く機会も多いだろうし」
「わぁ……!」
年齢を重ねてアキトたち冒険者という職業に憧れを抱いたのだろうか。アキトから学ぶ各国の話にソラは目を輝かせる。楽しそうに諸国をイメージして想いを馳せるソラを見て少しだけ気まずそうに頬を掻くアキトだが、ジークリンデの咳払いで意識を引き締めた。
「……話を続けても良いか?」
「ああ。すまない」
「古龍ディアントクリス。体表全体に様々な鉱石が露出する、『生きた宝石』とも言われる種族だ」
「ディアントクリス? あれは古龍じゃないだろ」
「そうなの?」
ジークリンデの言葉を真っ正面から否定したアキトにソラが首を傾げる。
自分を見上げてくるソラの頭を撫でながら、アキトはディアントクリスの詳細を自分の口から語り出した。
「ああ。体表の鉱石で堅さも攻撃力も変わる奴だが、そこまで強くはない」
アキトはこれまでの冒険者人生の中で幾度となくディアントクリスを狩猟したことがあった。火山や峡谷を根城にするディアントクリスは数こそ少ないがAランクに認定される凶暴な竜種である。
狩猟時に牙や爪、川だけでなく体表の宝石も収穫できるディアントクリスは上位の冒険者からすれば非常に臨時収入を狙える魔物なのだ。それ故に目撃証言が出れば駆けつける冒険者も多い。
「……確かにアキト、あなたの意見は正しい。ディアントクリスは本来古龍ではない」
「それにディアントクリスくらいだったら俺じゃなくてもレイティア共和国の冒険者でどうにかなるだろ。それを――」
「そのディアントクリスは、全身を魔石で覆った個体なのだ」
「……は?」
「魔石?」
素っ頓狂な声を上げたアキトと、聞き慣れない単語にソラはきょとんと首を傾げる。
「ああ、魔石ってのは自然にできた魔力の塊なんだよ。とても貴重なものでそれがあればどんな魔具だって作れると言われているくらいだ」
アキトがエクスカリバーを見せながらソラに説明する。製造方法は不明だが、エクスカリバーとて魔具なのだ。ソラの魔力で目覚めたこの剣は、未だアキトが使い続けていても錆もせず折れもせず、刃こぼれもしていない。
改めて魔法とは不思議な力であると考えるソラだが、アキトの表情は少し険しい。
「魔石で体表全体を、か。確かにそれは厳しそうだ」
「ああ。未だに奴に傷を付けた者はいない」
「だから、俺に頼もうと?」
「そうだ。ファフニールを撃退した英雄であれば、ディアントクリスも討てるのではないかと長が判断してな」
「はぁ」とアキトため息を吐いた。頼られることは嫌いではないし、彼の性質上喜ばしいことなのだが。
だからといって古龍は別問題だ。
ファフニールを撃退したアキトは結果として冒険者の地位を捨てた。ソラと出会わなければ一生をあの森で過ごしていただろう。
まして伝承通りのファフニールではなく、エフィントウルフのような亜種だとすれば情報が何もない。弱点を見つけないことには討伐など出来やしない。
「……条件が二つある」
「なんだ? 私に出来ることならなんでもいってくれ!」
承諾の意思を見せたアキトにジークリンデが食いつく。机を叩いて立ち上がるジークリンデに少し圧倒されながらも、アキトはソラの頭を撫でながら条件を提示する。
「一つはそのディアントクリスを討伐した際に得られる素材の全てを俺が貰う。魔石も含めて、だ」
「ああ。それくらいならいくらでも持っていってくれ。こっちは里の危機なんだ」
「もう一つは、エルフに伝わる専用の魔道書を譲り受けたい」
「……なんだと?」
「エルフたちが使う魔法は人間の、とりわけ王国が研究してきた魔法よりも優秀なものばかりだ。それを一冊でも良いから貰いたい」
アキトの提示した条件にジークリンデが表情を曇らせる。自分では即答できない、ということだろう。
ジークリンデはエルフの代表としてアキトに会いに来たが、エルフの里に伝わる魔道書はジークリンデの管轄ではない。ディアントクリスに関わることであれば一任されているのだろうが、魔道書は今回の件とは関わりがないからだ。
しかしここで「それは出来ない」と断ればアキトもディアントクリス討伐には動いてくれない。
「……私では判断できない。長が了承すれば、可能だ」
だから精一杯遠回しに承諾する。アキトもわかっていてジークリンデの言葉に頷いた。
「レイティア共和国まで馬車で四日は掛かる。さっそく準備を進めよう」
「た、助かる!」




