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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
二章 ソラ、幼児編(6歳)
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ソラ、エルフと出会う。




「そーらーはつーづくーよーどーこーまーでもー」


「ワウッ!」


 すっかりレアルウルフ亜種としての威厳を失ったシロの散歩をしながらソラはスタードットの街を探索していた。五歳の頃から歩き回り、スタードットの街のほぼ全てを把握したソラに怖いものはなにもなかった。

 めっぽう大きくなったシロをリードに繋いでいるが、明らかにシロが気を利かせている。シロの体躯はそれほどまでに大きくて、ここ数年で街の人たちも見慣れたからこそ驚かないだけである。

 さすが亜種といったところか。けれど一向に凶暴にならないシロを平然と街の人たちは受け入れていた。


 今では肉屋の前で切り落としをタダで貰っているほどだ。


 歌いながら街を歩くソラの姿はスタードットの街では有名な光景であり、道行く人が振り向けば思わず頬を緩めているほどだ。

 ゆらゆら揺れているリボンが愛らしさを増し、ソラは今日も街の人に甘やかされているくらいだ。


「おうソラちゃん。今日はいい魚が入ったが持ってくか?」


「んー。まだ捌けないんですよね」


「そう言うと思って三枚に下ろしてあるからよ! 持っていくといい!」


「わぁ。ありがとうございます!」


「いいってことよ! ソラちゃんは可愛いしアキトの兄ちゃんには感謝してるしな!」


 ソラの可愛さが広まる以上にアキトの活躍振りは街中に知れ渡っており、それがソラさえも有名にしてしまう。

 Sランク冒険者の娘が狼を連れて街を歩けば、嫌でも目立ってしまうのだが。


 魚屋の店主から気前よく魚を貰ったソラは歌うのを再開しながら宿屋への帰路を歩む。お昼はアイナに頼めば煮付けでも作ってくれるだろう。


「はーっやくごーっはんがたっべたーいなー」


「ワウッ!」


 ソラの歌声にシロが合わせていると、気付けばもう『秋風の車輪』の前に着いていた。六年もお世話になっているからもう完全に自分の家の感覚だ。

 カランコロンと来客を告げる鐘の音を聞きながら、ソラはギルド側のドアを開けた。


「ただいまー!」


「おかえりソラ。シロも」


「お父さん!」


「バウッ!」


 ギルドのテーブルで新聞を広げていたアキトを見つけ、ソラは駆け寄って胸に飛び込む。

 放置されたシロはリードを引きずりながら大人しく階段下に移動し、大あくびをして伏せた。躾けていないのに自分の定位置をしっかり見つけている。


「これ! 魚屋さんがくれたの!」


「あぁー。じゃあまたクエスト受けてあげないとなぁ」


 ソラが嬉しそうに見せた魚の切り身を苦笑していると、すかさずとばかりに寄ってきたアイナが魚を受け取った。


「あら随分新鮮なシキカレイじゃない。お刺身と煮付けどっちにしようかしら」


「お父さんに任せるー!」


「じゃあ煮付けだな。アイナの味付けじゃないと食った気にならん」


 このお父さんなんで告白しないの。と飛び出そうになった言葉を飲み込んでアキトの膝の上に座る。お気に入りの膝の上だけはアイナにも譲れないソラの指定席だ。

 ぐりぐりと後頭部でアキトの胸元をくすぐると、お返しとばかりに抱きしめられる。


「きゃーっ」


「くすぐったいだろー?」


「えっへへー」


 仲睦まじい光景である。アキトのリクエストを受けたアイナはすぐに作ってくると張り切って食堂へ戻っていった。新聞を畳むと、ソラはテーブルの上にいくつかクエストの依頼が広がっていることに気付いた。


「あれ。お父さん新しいクエストを受けるんですか?」


「いいや。Aランク以上の任務もボードに張り出されるようになってたから目を通してただけ」


 元からクエストの種類を問わずに受けるアキトにとって、貼られているクエストを眺めることが趣味だったりする。かつてクリアしたクエストがあれば、新しい条件を追加されているものもあったりする。

 そうして一通り眺めた上でこなせそうなクエストを選び受けるのがアキトなのだが、今日は受けるつもりがないのだろう。

 依頼をひとまとめにしてすぐに戻せるようにしておく。

 アキトが纏めて依頼の書かれた紙をボードから持っていっても、『秋風の車輪』には数え切れないほどのクエストが流れてきている。


「腹減ったなぁ」


「お腹すいたねー」


 アイナの煮付けはしっかり味を染み込ませる分時間がかかる。それを楽しみにしてるとはいえこのまま空腹で過ごすのは身体にも悪い。


「なにか簡単なものでも食うか」


「ボク、秋風サンドスペシャル!」


 ソラが頼んだ秋風サンドスペシャルは、豚肉を揚げた料理――要するにトンカツを挟んだサンドイッチである。ボリュームもさることながら値段も安く、『秋風の車輪』食堂での看板メニューでもある。


「俺はレタスサンドで」


 飾り気のない注文を終えたところでアキトとソラは定位置である境目付近の席についた。新聞とクエストの依頼を全部戻し、注文したメニューが届くのを待つ。

 ギルド側から、カランコロンと来客を告げる鐘がなった。視線を送れば、そこには非常に珍しい女性が立っていた。


「エルフだ」


「耳が長いです……」


 ソラは初めて見る種族である。とはいえ前世の記憶でどんな存在かはだいたいイメージを掴んでいるから、対して驚きもしない。むしろ本当にいたんだ、くらいの感覚でエルフの女性を眺めている。

 しかし異様なのは女性の格好である。本来エルフは魔法に秀でた種族であり、森の中に里を築いて暮らしていることがほとんどだ。研究に没頭するエルフたちは戦闘も魔法が主流であり、ギルドを訪れた女性のように鎧甲冑を着込むことなどまず有り得ない。


 エルフ族特有の長く尖った耳。白銀の髪を揺らしながら女性はギルド内を見渡して――アキトを見つけると、受付にも目もくれずアキトたちの席まで一直線に歩いてきた。


「失礼。あなたがアキト・アカツキか?」


「……あぁ。そうだが」


 声を掛けられたアキトは警戒するも、すぐに警戒を解いた。

 ギルドの中であることを前提としても、女性からは全く敵意を感じなかったからだ。背負っている不釣り合いな大剣に興味は惹かれるが、今のアキトは食事を待っている。


「あなたに依頼したいことがあって参りました。Sランク冒険者にして、古龍を退けた冒険者――英雄、アキト・アカツキ」


「よせよせ。俺は英雄なんかじゃないさ」


「それでもあなたは英雄だ」


 きっぱりと言い切ったエルフの女性が頭を下げてくることにアキトは驚いた。

 エルフ族は普段から人間たちとあまり交流を持たず、他種族をどこか見下している節がありアキトも好ましく思っていないからだ。

 だが目の前のエルフの女性は、そんなことは関係ないとばかりに頭を下げてくる。


「お願いだ。私たちの国に現れた古龍を討ってほしい! あなたにしか出来ないことなんだ!」


 その懇願はあまりにも必死すぎて――疑う余地のない言葉だった。

 アキトの表情が辛く歪む。聞きたくなかった言葉を聞いてしまったかのような苦々しい表情だ。

 あまりにも辛そうな表情をするアキトの腕をソラは抱きしめる。

 少しでも、不安が和らげばいいと思って。


「……詳しく聞かせてくれ」

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