ソラ、暗躍する。
「ではこれより、『ソラによるアキトアイナらぶらぶ大作戦』の進捗を報告します!」
「コハクもう帰っていいですよね?」
「ダメだよコハクお姉ちゃん。お父さんとアイナさんに幸せうふふになってもらうためにはボクたちが頑張らないとダメなの!」
「兄さんが好きな妹ポジのコハクの価値はソラちゃんの中でゼロなんですね……そうですよね。アイナ姉さんと比べればツルペタストーンのコハクはミジンコさんよりちっぽけな存在なんですよね」
「じゃあコハクお姉ちゃんはお父さんとアイナさんの間に入り込めると思ってるんですかボクにだってやってやるぜってタイミングもあったけど無理でしたよ!!!」
「ああはいごめんなさい。コハクが全面的に悪かったです。兄さんとアイナ姉さんにはいい加減くっついてくれないとコハク不安で眠れないです……」
コハクの家でもある教会の住みにある小屋で、赤いリクール・リボンを揺らしながらソラがダンダンと机を叩く。紅茶を出したコハクは苦い笑みを浮かべながらため息を吐いた。
もちろんソラもそれとなく「お父さんのお嫁さんになるアピール」は幾度となくしたものの、効果はゼロ。
そもそも長年一緒にいたはずのコハクですらアキトの中では妹以上になれていないのだ。娘として傍にいられるのは嬉しいが、お父さん大好きなソラとしては少しだけ複雑である。
とはいえソラはまだ六歳だ。アキトも娘に好意を持たれて嬉しい、くらいにしか感じてないのだろう。つまり前提として恋愛対象ではない。
「無自覚って怖いですよね」
「わぅ……。お父さんとアイナさんのいちゃいちゃはいつまで見せつけられなくちゃいけないんですか」
この六年を通してソラは嫌というほどアキトとアイナの関係を見せつけられた。
パートナーとして完璧すぎる二人を見ていると、どうして恋人になっていないのかが不思議でしょうがない。
アキトが「あー」となにかを探せばすかさずアイナが渡し、アイナがちょっと困ってることにもアキトだけが気付いたりしている。
「……ソラちゃんはまだマシですよ」
「わぅ?」
この六年の間、シロとずっともふもふしていた所為か出来てしまった口癖が零れる。
「コハクは兄さんとアイナ姉さんのいちゃつきをもう十六年見せつけられているんですよ!?」
「あっ」
「鈍感朴念仁の兄さんはコハクアウトオブ眼中ですし! そりゃ魔道の研究に逃げ込みますよ!」
どうやらコハクも相当ため込んでいたようだ。こうしてソラと二人でアキトのことについて話し合うようになってから気付いたのだが、コハクは相当アキトに思慕の情を抱いていたようだ。
コハクの言い分からすればコハクが魔法の研究に没頭したのはアキトが関わっているようだ。というよりコハクなりにアキトを諦めようとして別の夢中になる道を選んだのかもしれない。
駆け寄ったソラがコハクの肩をぽん、と叩く。
娘と妹はそれ以上何も言わずに固い握手を交わすのであった。
「それでは次の作戦を計画しましょう!」
「もう告白しないと出られないような部屋を作って閉じ込めた方がいい気がします」
コハクは疲れ切っている。ソラが考えた作戦をいくつも試してきたが、そのどれをも華麗にスルーするアキトとうだつの上がらないアイナに何度歯がゆい思いをしてきたか。
「コハクお姉ちゃんだったら作れるんですか?」
「んー……術式自体ならそう難しくないんですよ。特定の行動をしなければ解錠できない魔法ならダンジョンとかでも使われるものですし」
ソラにとってコハクは叔母であるがそれ以上に魔道の師匠でもあるのだ。
創造魔法を使わないことを約束してから早六年。基礎の全てをマスターしたソラはコハクに弟子入りして日々魔法の研究に励んでいる。
とてもじゃないが六歳という年齢で基礎をマスターしたという存在は前例がなくコハクも驚いていたが、それだけソラに魔法の才能があると判断して喜んで師事している。
溢れる魔力をどう活かすか。活かして何が出来るのかを考えるのが楽しいようで、コハクとはすっかり意気投合しているくらいだ。
「ダンジョン! ボクもいつか冒険者になりたいです!」
「あはは……。兄さんが許すかどうかですね」
「わぅ。ここ最近はクエストにもあまり連れて行ってくれませんし」
特にここ一年。ソラが自由に歩き回るようになってからは自然とアキトはソラを連れて行かなくなった。
危険、という理由ではない。でも何故かアキトはソラを連れて回らなくなった。
少し寂しくも、部屋でアキトを待つのも会えない時間の分だけ再会の感動が膨れ上がると前向きなソラであるのだが。
「まあ兄さんはソラちゃんにベッタリだからなにか理由があるだけですよ」
「うぅ。ボク以外の誰かを娘にしたら怒りますからねっ!?」
「時々ソラちゃんの感覚がわからないなぁ」
苦笑いが絶えないコハクだがこうしてソラと二人で過ごすのも悪くないと感じているあたり、教会で引き取った子供たちと過ごした経験が活きているのだろう。
預かっていた子供たちの大半は立派に成長して冒険者になったり街で働いたりしており、今の教会にはコハクしかいない。
寂しくもあり、嬉しくもある。
「まあ一人でいればその分魔法の研究できるからいいんですけどね」
コハクも大概前向きであった。……前向きである。
「では次の作戦を発表したいと思います!」
「わーわーぱちぱちー」
感情の籠ってないコハクの声を聞きながら、ソラは椅子の上で仁王立ちをする。だってそうしなければコハクに見て貰えないから。まだ六歳相応の身長故の悩みだったりする。
「デートしてもらいましょう!」
「ぶっ込んで来やがりました」
「いくら鈍感のお父さんといえど、アイナさんと手を繋いできゃっきゃうふふすれば嫌でも自分の気持ちに気付くはずです! 気付いて!」
「ではソラちゃん。ここで問題があります」
「なんですかコハクお姉ちゃん」
そっと手を挙げたコハクが、ソラが提示した作戦の穴を説明する。
「アイナ姉さんに『兄さんとデートしてきて』と言っても『べ、別にアキトのことが好きとかじゃないわよ!?』って真っ赤になって逃げると思います」
「アイナさんのへたれ!!!!! でも優しいから大好き!」
アキトの幸せを願いつつ、アイナであればそれが叶うと考えているソラにとって一番の問題である。
アイナ、思った以上に打たれ弱いしヘタレである……!
結局名案も出ないまま、ため息を吐いて今回の作戦会議は解散された。
帰り道を歩きながら、どうすればアキトが幸せになれるかをぼんやり考えるソラであった。