ソラ、六歳の誕生日!
「「「ソラちゃん、誕生日おめでとー!」」」
「ありがとーございます!」
盛大な拍手と共にケーキに刺された六本のロウソクに息を吹きかけ、ともされた六つの炎が消される。
今日はソラがアキトに拾われてから六度目の日――つまり、ソラにとって六回目の誕生日である。
アキトが冒険者に戻ってから日々のクエストをこなす内に徐々にかつてのBランク以上の冒険者たちもスタードットに戻り、『秋風の車輪』は今まで以上の盛況を見せている。
中にはアキトに憧れて新たに冒険者となる者まで現れるほどだ。
古龍ファフニールの撃退と、グロードウルフ亜種ことエフィントウルフの討伐をこなしたアキトはスタードットだけではなく国中にその名を広め、今ではアキトを指名してクエストを依頼する者まで現れるほどだ。
六歳に成長したソラは特徴的だった空色の髪を襟首あたりまで伸ばし、くりくりっと丸い瞳で祝ってくれる人たちを一人ずつ見上げる。
「ソラちゃん、おめでとう。私からは前からソラちゃんが欲しがってた料理の本よ」
「ほんとですか!」
冒険者に復帰しながらも食堂のリーダーとなったアイナは六年の歳月が経ってもどこも変わりが無い。もともと寿命が長い獣人だからだろう。
ソラと出会った頃より少しだけ髪が伸びて、普段はポニーテールに纏めている。
「おめでとうございます。コハクからは厳選した魔道書がプレゼントです」
「わーい!」
アキトやアイナよりも幼かったコハクもすっかり女性として成長しており、不思議と見た目は変わりないが愛らしさの中に若干の美しさが垣間見える。
紺色の髪を弄りながら、琥珀色の瞳が優しげに細められる。アキトの義妹であるコハクにとってソラは姪っ子なのだ。親愛の情も深いのだろう。
主催者であるアイナとコハクからのプレゼントを貰ったソラは満面の笑顔を見せている。
他にも受付のミカや冒険者のビヨンドを初めとしたたくさんの人から祝福を受けている。
「わんっ!」
「あはは。シロくすぐったいよ~」
少し大きくなったシロは六歳になったソラを軽々と背中に乗せられるほどに成長した。けれども中身は子供のままなのか、ソラの誕生日を祝うようにソラの頬をぺろぺろと舐める。
レアルウルフにしては毛並みはまだ柔らかいままで、今でもソラにもふもふされている。
「で、肝心のアキトはどうしたのよ?」
「あ、あはは……昨日クエストを終わらせたけど、ユリアお姉ちゃんに捕まってるらしいです」
「またか」
「またですか」
やれやれとため息を吐くアイナとコハク。四年ほど前のクエストで二人はユリアーナやバイラルと交流を持つようになり、バイラルからミルトニアム硬貨も受け取っている。
のだが。ユリアーナのアキトへのバレバレな好意に気付かないわけがない。
隙があればすかさずアキトにボディタッチを絡めたスキンシップを求めるユリアーナを二人は警戒している。まだ十二歳だが貴族として育てられているからか、年齢以上の気品に満ちているユリアーナを脅威と思っているのだろう。
「さっさと《コール》で呼び出すわ。こんな日に邪魔するほどユリアちゃんだって無粋じゃ無いでしょ」
「さすがに祝う側に回ってくれるとコハクも思いますよ」
アイナがすかさず自分の金色のギルドカードを取り出し、《コール》の魔法を使おうとしたところで『秋風の車輪』のドアが勢いよく開かれた。
「悪い、待たせた!」
「おとーさんっ!!!」
「遅いっ!!!」
現れたのは他でもないアキト本人だ。急いで帰ってきたのだろう、汗をかき乱れた呼吸を整えながら駆け寄ってきたソラを抱き上げる。
「きゃーっ!」
「ソラ。誕生日おめでとう」
「えへへ。六歳になったよ!」
ソラを抱きしめたままぐるぐると回転するアキトだが、突然思い出したとばかりにソラを降ろして背中のリュックから細長い箱を取り出した。
「はい。プレゼントだ」
「なんですか?」
「開けてみな」
アキトからのプレゼントであればソラはなんでも喜ぶのだが、にこにこと笑顔のアキトを見てソラはわくわくしながら箱を開ける。
中には鮮やかな赤色の布が綺麗に折りたたまれていて、ソラはその布から僅かに漂う魔力を感じた。
広げてみれば、それは長方形に整えられた布、すなわちリボンであった。
「昨日のクエストはその材料になるリクール・ベリーの採取だったんだよ。バイラルさんがソラのために用意してくれたクエストでさ」
「わぁ……」
「ソラ自身に少しだけ魔力操作をサポートする魔具にもなるからさ。ただのリボンより喜ぶと思ってな」
「ありがとー!」
アキトからのプレゼントである以上に、魔具を貰えたのが嬉しかったのだろう。魔具を扱っても困らないくらいに成長した、と認めて貰っているも同然なのだ。
それをソラが喜ばない訳がない。
リボンを抱きしめながら、喜びのままアキトに飛びつく。
「えへへ。お父さん大好きっ!」
「俺も大好きだぞ」
しっかりと力強くソラを受け止め、ソラの頬ずりを受け入れる。ぷにぷにもち肌のソラの肌は触れ合っているだけでそれはもう極上で幸福である。
「おいでソラちゃん。結んであげるわ」
「はーい!」
アイナがソラからリボンを受け取り、椅子に座ったソラにリボンを結ぶ。
ソラには少し大きかったリクール・リボンをアイナは上手く折込み、正面から見ればぴょこんとアイナみたいな耳が生えているように見せる。
「うん、かわいい」
正面からリボンを付けたソラを見たアキトがぽろりと呟く。アキトから可愛いと言われたことが一番のプレゼントなのか、ソラはにこにこと太陽のような笑顔を見せる。
お気に入りのアキトの膝の上に座り、アイナが腕を振るった料理を堪能する。
メインのケーキに加えて尾白鳥のフライドチキンを初めとした様々な料理に舌鼓を打つ。
「アイナさん、おいしい!」
「お前って本当に料理上手いよなあ」
「当然でしょ。アキトはコハクちゃんが全然ダメだから私がやる以外なかったじゃない」
「あはは……未熟なコハクでごめんなさい~」
皆で笑い合いながら食事を共にする。コハクも子供たちが成長してきたからこうして『秋風の車輪』を訪れる機会が多くなり、ソラからすれば家族が増えたようで喜ばしいことだ。
シロはアイナが用意した専用のエサを食べている。ソラの誕生日を祝うために集まってくれた人たちも思い思いに楽しんでくれている。
アキトがくれたリボンを揺らしながら、ソラは小悪魔な笑みを見せた。
「アイナさんってご飯も美味しいし、お掃除も上手だよねー」
「そうだな。いつも任せてばっかだし」
「いいのよ。私が好きでやってるんだから」
アイナはもともと世話焼きな性格なため、料理も掃除も全部自分でやろうとする。むしろ誰かの世話をするのが好きなのか、アキトが勝手に掃除をした時は拗ねて一日会話をしなかったくらいだ。
それはきっとアキトだからなのだろうが、当人たちは気付いていない。
「アイナさんってお母さんみたいだよねー」
「なっ!? ななななななな何を言い出すのソラちゃん!?」
「ん? まあ世話焼きだしそうだよな」
ソラの言葉にすぐに顔を真っ赤にするアイナである。六年経ってもなかなか素直にならないアイナをからかうことが楽しいと思いつつも、ソラはアキトにそれとなくアイナをアピールする。
ソラ自身から「お母さんが欲しい」と言わないのはソラのささやかな抵抗であるのだが。アイナにはアキトとくっついて幸せになって欲しいと思いつつちょっとだけくっついて欲しくないと考えている天邪鬼なソラであった。
とはいえそのような直接のように見えて遠回りなサポートでアキトが気付くわけがなく。六年前からちょこちょこ進めている「ソラによるアキトアイナらぶらぶ大作戦」は本日も失敗に終わるのであった。




