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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
一章 ソラ、赤子編(0歳)
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【番外編】過去の傷痕、いつかの未来へ。




 今でもあの光景は忘れない。

 今でもあの姿は忘れない。

 今でもあの声は忘れられない。


 アキトはこの三年間、誰にも話さなかった秘密を抱えている。それは彼が本能的に感じ取って言葉にすることを止めた真実であり、未だに彼を時折苛ませる因果となっている。


 三年前の、アキトが一人で受けた古龍ファフニールの撃退。

 結果から言えば、アキトはそのクエストをクリアし、単身で古龍を退けた存在として王国中にその名を響かせた。

 そう、単身だったのだ。だからあの時の、アキトが何を見て、何と出会い、何が起こったかを知る者はいない。


 アキトはファフニールを退けた。それは結果だけの話である。

 アキトは――自己強化(エンチャント)・一式を用いてファフニールの命を奪う寸前まで追い込んだ。

 命を削る激しい戦いの果てに、古龍はアキトに敗北したのだ。最後に無力となったファフニールの命を奪って、アキトは名実ともに最強の座を手に入れようとしていた。


 だがアキトはファフニールを殺さなかった。殺せなかった。

 ファフニールを守るように現れた【ソレ】を前に、戦うことすら出来なかったから。

 足下まで伸びた輝く金の髪。全てを貫く金色の瞳。

 傷一つ無い滑らかな褐色の肌と、とても肉付きの良い豊満な肢体は女としてみれば極上の部類であろう。

 舌なめずりするだけで劣情を誘い、見ただけで虜になってしまいそうな女性だが。


 人間かと思った。でも、【ソレ】は人間ではなかった。


 理由はわからない。根拠も無い。

 でもアキトは人間では無いと理解していた。人間であるものかと頭の奥から叫び声が聞こえた。


 そして、【ソレ】と相対したアキトはわけもわからず全身が恐怖に支配された。

 命を捨てることすら覚悟してファフニールに挑んだアキトが、恐怖に屈した。

 自己強化(エンチャント)を限界まで高め、誰かのために戦い続けたアキトが、【ソレ】を見ただけで心が折れた。


 死に恐怖したわけでは無かった。なぜならアキトは自身の命を低く見積もっているから。自分を大事にするよりも、大切な仲間を優先するような人間だから。

 アキトは自分の命に固執しない。だから、死への恐怖は付きまとわない。

 では、自分より強い存在だから恐怖したのだろうか。


 わからない。わからないから怖い。


 全身が竦んで動くこともままならないというのに、【ソレ】はなめ回すようにねっとりとアキトを足下から頭頂部まで見つめていた。


『気に入った。余を直視し恐怖に支配されてもなお両の足で立ち続ける勇ましさ。ファフニールに命を惜しむ挑むその無謀さ。良い。お前は素晴らしい英雄だ』


 怖いけど、アキトのこれまでの在り方が逃げることを拒否し続けていた。今すぐ剣を捨て何もかもを捨て逃げ出してしまいたいのを、頭に浮かんだアイナとコハクの笑顔が押し止めた。


 【ソレ】は嗤う。とても耳障りで、聞いてるだけで思考を溶かすような声で。


 涙はいくらでも堪えられる。震える足はいくらでも地面に張り付いたままでいられる。


『本来であれば余のファフニールを殺しかけた大罪を持って死を与えるが、お前はどうにも死では屈しなさそうだ』


 嗤い続ける【ソレ】はゆっくりと歩を進め、アキトの目と鼻の距離に立つ。

 申し訳程度に隠された豊満な身体を見せつけるようにしながら、鋭い牙を立てながら目を輝かせる。


『なるほどな。お前、自分に価値がないと思っているタイプだな。誰かを守ることで自分を確立し、誰かのために生きて戦うことこそ自身の意味だと思っているな?』


 【ソレ】の問いかけにアキトは答えることが出来ない。

 でも、その言葉は正しい。だってアキトが今逃げ出さないのは――アイナやコハクを背負っているから。

 守りたいからじゃない。自分を立派であるように見せて、必要として貰いたいから。

 だから逃げない。

 違う。

 逃げられない(・・・・・・)


『今回はファフニールが"退いた"ことにしておいてやろう。貴様はいつか余と再会する。その時は余の恐怖を克服せよ。そしてファフニールを追い詰めたその力を持って余と殺し合え』


 【ソレ】は嗤いながらファフニールの身体に触れると、ファフニールの傷はたちどころに癒えていった。完全に力を取り戻したファフニールは、【ソレ】に頭を垂れた。

 いつしか【ソレ】は消えていた。瞬きをした一瞬で姿を消した。

 ファフニールはアキトに背を向けてゆっくりと歩き出す。重い足音を響かせながら何処かへと退いていく。


 恐怖から解放されたアキトは、苦しさを誤魔化すために叫ぶことすら出来なかった。

 違う。違う違う違うと。心の中で何度も否定する。

 俺はあいつらを守りたいんだ必要とされたいとかではなく一緒にいたくてこれからもずっとずっと冒険をしていって――。


 一瞬でも『逃げられない』と考えてしまった自分が。

 【ソレ】の言葉をいくら否定したくても、アキトが遠からず考えていたことを全て見透かされて。


 自分が必要とされている限り、二人から捨てられない。


 そんな自分が嫌になって。

 アキトは、逃げ出した。嫌われたくないから。見放されたくないから、せめてとばかりにクエストだけは完了させて。

 冒険者を止めると理由も語らずに二人に告げた。引き留められても、もうアキトには耐えられなかった。

 いつか自分は二人を裏切る。こんな卑しい自分に気付く。

 だからアキトは逃げた。「ごめん」と謝って逃げ出した。


 近くの森に逃げ込んで、三日三晩泣き続けて少しだけ平静を取り戻して。

 それから三年もの間、アキトはたまにスタードットの街を交易のために訪れても決して二人とは再会しないように徹底した。

 だって会わなければ嫌われたかもどうかもわからなくて済むから。


 せめて。せめて、二人と再会するきっかけがあれば溝を保ったままでも再会できるかもしれないと思いながら。


 いつもの調子に戻すのに、二年を要した。

 一人でいることに慣れて、森での暮らしが当たり前になるのに一年掛かって。

 大丈夫だ。もう一人で生きていける。誰も要らない。だから、誰からも必要とされなくていい。




 ソラと出会うのは、それからすぐだった。

 無邪気に自分を父として求めるソラ。まだ誰かの手で守らねば潰えてしまう小さな命。


 ソラを自分で育てることに拒絶を見せなかったのは――心の底で、一人でいたくないと思っていたからだろう。


 アキト・アカツキは自分自身をこの世で誰よりも嫌っている。

 ――でも少しだけ、そんな自分を無邪気に求めてくれるソラのおかげで、ちょっとだけ、前を向ける。


 彼が自分を好きでいられるようになるには、彼が信頼できる、彼を愛する人が必要だろう。

 それはソラか。アイナか、それともコハクか。これまでに出会ってきた誰かか。


 いずれにしても、アキトもまたソラと共に成長していくのだ。

 父親としても、人としても。

 それは、アキト自身が得た答えだから。

これで一章となるソラ・赤子編は終了とさせて頂きます。

次回から二章・ソラ、成長期!(六歳前後)を始めさせて頂きます。

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