娘、街へ行く。
「きゃー!(広いですね!)」
「スタードットの街は冒険者のスタート地点、って言われるくらいだしな」
森から一時間ほどかけてたどり着いたスタードットの街はたくさんの人間でごった返している石造りの街である。
街の様子が見たいとせがむ赤子を胸に抱き、バスケットは肘で挟む。
嬉しそうにはしゃぐ赤子は可愛げがあるのだが、父親になってくれと言われているアキトは複雑な心境だった。
「だ-(これからどこに向かうんです?)」
「冒険者ギルドが宿屋と食堂を兼ねててな。そこに知り合いが働いているんだ」
その人物はアキトにとっては旧知の仲であり、またスタードットの街にも詳しい。
赤子の里親を探すにはうってつけの人物だ。
とはいえ、アキトとしては胸中複雑である。頼るしかない相手なのだが、あまり会いたくない相手でもあるようだ。
「だー?(どうしたんですか?)」
「こら、顔を叩くな」
「あい(はい)」
手を伸ばしてアキトの頬をぺちぺちと叩いてくる赤子をやんわりと制して、アキトはスタードットの街を歩く。人がごった返して混雑しているが、歩けないほどではない。
「あー!(あーあれ! エルフですか?)」
「そうだな。あっちには獣人もいるぞ」
「きゃきゃっ!(すごいすごい! 亜人がたくさん!)」
どうやら赤子は人間に近い種族のことも既知のようで、アキトからしても説明が省けるのは非常に助かる。なにしろエルフや獣人と言った亜人との交流の歴史は語り出すと長くなってしまう。それが避けられたことについては赤子を転生させた神様に感謝するしかない。
スタードットの街を十分も歩けば一際大きな建物が視界に入ってきた。
『秋風の車輪』と書かれた看板は、ギルドと宿屋と居酒屋の名前を兼ねている。
木製のやや古ぼけた扉が押すだけでギシギシ音が鳴るがそれでも冒険者ギルドの入り口として冒険者を待ち受けている。
カランコローン……。
扉を開ければ来客を告げる鐘が音を立て、明るい受付嬢の声が響く、はずだった。
「いらっしゃいま――…………アキ、ト?」
「……………よお」
本来であれば食堂としてのカウンターは扉の奥側、北側が入り口となっている。
敢えてギルドの方から入ったアキトだったのだが、予想を裏切ってバタリと出会ってしまったのだ。
「あうー?(綺麗な獣人さん! 猫耳ですね!)」
姿を見せた猫耳の女性をのんきに観察する赤子なのだが、赤子を抱いているアキトの表情は固い。
毛先までしっかり手入れが行き届いた栗色の髪。ピコピコと揺れる猫耳は女性と猫の特徴を上手く混ぜ合わせている。ゆらゆら揺れていた尻尾はアキトを見てからずっと激しく左右に動いている。
鮮やかなエメラルドグリーンの瞳はアキトを見つめて戸惑いの表情を浮かべている。
見つめ合うこと一瞬。大きく呼吸するように女性は口を開いた。
「おかえり、アキト」
朗らかに笑う女性にアキトは意表を突かれたような表情を見せ、少しの戸惑いの後に表情を和らげた。
「ああ。ただいま、アイナ」
アイナ。猫の獣人であり、冒険者兼、『秋風の車輪』の食堂側の店員でもある。
「ところでどうしたのよ。森に引きこもって冒険者から引退したはずよね?」
「ははは。実はな……」
「だー!(はい、ボクです! おとーさんが元冒険者と聞いて心が躍ってます! でもアイナさんにはボクの念話が届かないようです残念です!)」
「なげえ」
「ん?」
きょとんとした表情のアイナを見るに、赤子の言うとおり念話はアキトにしか届いてないのだろう。
赤子の両脇に手を入れて持ち上げると、赤子は遊んでもらっていると思ったのは嬉しそうにはしゃぐ。
「アンタ子供産んだの!!!?」
「俺は男だ!!!!」
「誰に産ませたの!?」
「森に籠った俺に出会いがあると思ってるのか!」
「ないわね。そもそもそんな甲斐性ないってわかってるし」
「……っふ。照れるぜ」
「褒めてない褒めてない」
アイナが赤子を胸に抱きしめてあやすように話しかける。ふくよかな胸に埋められて赤子もまんざらではなさそうだ。
「きゃー(あったかい。アイナさんあったかい~)」
「あーら赤ちゃんどうしたのかな~? お姉さんの耳が気になるの~?」
「きゃっきゃっ!(髪の毛もさらさらで気持ちいいですー!)」
赤ん坊を高い高いしながらくるくる回るアイナはすっかり赤ん坊に夢中なようだ。
ようやく両手が自由になったとアキトはバスケットをテーブルに置いて頬杖を突く。
アイナは楽しいのか目が回りそうなほどの速さでくるくる回転し続ける。
「昔から子供の相手は好きだったしなあ」
アキトとアイナは十年ほど前から付き合いのある、自称腐れ縁の間柄だ。
パーティーを組み、難しいクエストに何度も挑んだ仲間である。
今ではパーティーは解散され、アキトは森で、アイナは冒険者ギルドで働いている。引退したわけではないが、二人の過去になにかあったようだ。
「可愛いわねえ」
「可愛いだろう?」
ついアイナの言葉に同調してしまう。
違うのだ。アキトはアイナに里親を探してもらうためにスタードットの街を訪れたのだ。
アイナから赤子を受け取り、膝の上に乗せる。
「首もすわってるようだけど、まだ一人で座れないようね。だいたい4~5ヶ月くらいの子なのね」
「詳しいな」
「そりゃたまに教会の孤児院で遊んでるしねー」
赤子に指を掴んでもらってご満悦のアイナはにこにこと穏やかな笑顔を浮かべている。
「で、この子どうしたのよ」
「森で拾った」
「捨て子かしら」
「だー(生まれ変わりです!)」
アイナの指をにぎにぎしながら赤子だがアイナにはその言葉は届かない。
アキトも敢えて転生者である点は伏せることにした。説明する必要はないし、説明しても混乱を招くだけだろう。
「へー。拾っただけにしちゃ随分懐いてるわね」
「だー!(おとーさん大好きですから!)」
「あは。アキトのこと大好きみたいよ?」
「……それで困ってるんだよなぁ」
なにしろアキトはこの子を引き取ってもらうためにこの街を訪れたのだ。懐かれることは嫌いではないが、心苦しさを感じてしまう。
「なにか話したい用がありそうね。二階に行きましょう」
秋風の車輪は二階が宿屋となっており、店内の端の階段を昇ればカウンターが見えてくる。
日の高い時間では受付も暇なのだろう。あいにくと席を外しているようで、これ幸いにとアイナは使われていない客室にアキトを招いた。
「お客様ごあんなーい」
快活な声が二階の廊下に響くのであった。