ソラ、わかっちゃった
数は百を越えていても、所詮はDランク相当の魔物の集団ではアキトを止めることなど出来やしない。
ましてや恐怖に支配された魔物の集団など、普段よりも動きが鈍くなり余計に脅威となり得ない。
ソラを抱くアイナを背にアキトはエクスカリバーを振るい続ける。アキトの圧倒的な力を前に魔物たちは一瞬だけ怯むも、竦んだ足を奮い立たせて何度もアキトに襲いかかる。
まるでそうしなければ殺されてしまうとばかりに。
そうだ、レアルウルフも、オークも、ゴブリンも、怯えている。
だがそんなことはアキトには関係ない。エフィントウルフがいることがわかった以上はクエストをクリアするための障害でしかない。
袈裟に切り、薙ぎ、エクスカリバーを振り下ろす。
「せいっ!」
アイナもまた迫り来る魔物を蹴り払う。スカートを翻しながらも両足だけで魔物たちにしっかりと対応している。アキトはそんなアイナを一瞥するとすぐさまエフィントウルフへ視線を向ける。
「あの時は見逃したが、今度は仕留めさせてもらうぞ」
すでに八十以上の魔物を仕留めたアキトは残りの魔物であればアイナで十分だと判断し、エフィントウルフへ向けて一歩を踏み出した。
その光景をじっと見ていたエフィントウルフは空に向かって吠える。そのあまりの声量に大気が震えるが、アキトにはなんの障害になりやしない。
ギラギラとした目つきのエフィントウルフがアキトを睨み、グロードウルフよりも鋭く研ぎ澄まされた爪を振るう。けれど自己強化によって強化されたアキトは寸でのところで爪をかわし、そのまま前足をエクスカリバーで切りつける。
「ギッ!」
「っち、浅い……!」
エフィントウルフの純白の毛並みはグロードウルフの鋼の毛並みよりもなお固い。
前足を十分に切り落とせる勢いで放った一閃も薄皮一枚傷つける程度で、たいしたダメージにもならない。
だがエフィントウルフには傷が付けられたこと自体が予想外だったのか、アキトへ向けられる怒りの感情がより強められた。
「自己強化・四式」
アキトもそこで自己強化のギアをあげる。とりわけ筋力面が足りないと判断し、一撃でエフィントウルフにダメージをいれられるように。
アキトが四式を使用した時点で、アイナはエフィントウルフがランクAを越える――つまり、ランクSに届くかもしれない魔物だと理解した。
少し不安げな表情を浮かべ、ソラを抱く腕に力を込める。
すでに配下の魔物たちは片付けた。致命傷を負って逃げた魔物は森のどこかへ消え、あとは目の前のエフィントウルフだけとなった。
エクスカリバーを正面で構えたアキトが大地を蹴る。エフィントウルフもまたアキトを殺すために爪を、牙を鋭利に研ぎ澄ませる。
エフィントウルフの爪は体毛以上に固く、エクスカリバーすら受け止めた。
そのまま力押しでアキトを弾き飛ばすも、アキトはすぐさま空中で体勢を整えて着地する。
巨体を活かしたエフィントウルフの猛攻は一撃でアキトを死に至らしめるだろう。
だからまず前提として、アキトはエフィントウルフの攻撃を喰らってはならない。
エフィントウルフもまた、強化されたアキトの攻撃をなるたけ喰らわないように動いている。
相当知能が高い、とアキトは判断する。かつての経験からそのランクはAを軽々と越え、Sランク――古龍たちに並ぶのではないかと推測を立てる。
だがそれと同時に「あの化け物たちとは並ばない」と結論づける。
つまりそれは、アキトにとってエフィントウルフは越えられる敵であるということだ。
「ガァ……ッ!」
しかしそこでエフィントウルフが霧を吐いたことは、アキトにとって想定外だった。
竜種の吐くブレスのように一斉に吐き出された霧は限りなく濃く、一瞬でアキトの視界を奪う。
(どこから来る? 右か左か、上か――)
濃霧は保護色となってエフィントウルフの姿をかき消す。視界を奪われたアキトは咄嗟に次に迫るエフィントウルフの攻撃に備えるも、僅かに聞こえた草を踏む音に気付いて咄嗟に身体を反転させた。
「逃げろアイナァッ!」
「え――」
エフィントウルフはアキトを狙っていなかった。霧によって姿を消し、野生で培った知恵で限りなく気配を消して、アキトが守っていたアイナとソラの後ろに回り込んでいた。
森というフィールドであったからこそ気付けた。草を踏み締める音でエフィントウルフとの距離を測ったアキトだからこそ気付けた。
アキトが叫んだ時にはすでにエフィントウルフは前足を大きく振り上げ、そして。
鮮血が霧を赤く染めた。
「あき、と……」
「だー!?(おとーさん!?)」
「っ……だい、じょうぶだ」
アイナとソラの声が頭に響きながら、アキトはかろうじて二人を助け出すことに成功した。飛び込むようにアイナを抱き寄せ、横倒しに抱えて滑り込む。
けれど無傷と言うわけにはいかず、ギリギリのところで爪の先端がアキトの左目をかすった。
「大丈夫だ。潰れてない。まだ戦える」
「だー! だー!(待って! 待ってください! すぐに治しますから!)」
「いいから。まずはお前たちを引き離す……っ!」
「ダメよアキト。そんな怪我をした状態じゃ!」
「いいから! あいつはお前を殺そうとした。そんなことをされて黙ってられるかっ!!!」
溢れる血は止まらない。掠っただけとはいえその一撃はアキトの脳を揺らし、アキトは正常に直立することも厳しい状態となっている。
ソラに回復してもらっていては、その間にエフィントウルフに追撃される。血の臭いを頼りにエフィントウルフはここぞとばかりにアキトを攻撃するだろう。
アキトがアイナとソラを守っていることを、エフィントウルフは戦いが始まってすぐに理解していたようだ。
”もしも勝てなければ、後ろの二人を殺して逃げよう”という選択肢を用意し、アキトの実力を見極めた今、それを実行したのだろう。
結果的にアイナとソラを殺すことは出来なかったが、アキトにダメージを与えることは出来た。それならば、この方法を用いればアキトを殺せると判断したのかもしれない。
エフィントウルフの殺気は以前周囲に満ちている。濃霧によって姿は見えなくても、明らかにアキトを殺すためにエフィントウルフは気配を殺して千載一遇のチャンスを待っている。
「だー(おとー、さん?)」
ソラはアキトの豹変振りに戸惑いを隠せないでいた。アイナもまた、少しばかりの後悔を胸に秘めアキトを見上げていた。
アキトが怒っている。それも尋常ではないくらいに。その怒りの発端が、アイナを傷つけようとしたことだと、ソラは気付いている。
おそらく気付いていないのはアキトとアイナくらいであろう。アキトもアイナもお互いに、「仲間を傷つけようとした」から怒っていると考えているだろう。
「むー(むー……)」
こんなことを考えている場合ではないのだが、ここまで来てそんな思いに気付いてないアキトとアイナにソラは思わず不満の声を上げる。
けれどそんなソラの思考は、アキトの言葉に遮られる。
「自己強化・三式」
その強化は、かつてアキトが古龍ファフニールに最初に挑んだ強化レベル。
アキトの体表に赤い光が浮かんで浸透していき、三式の強化が完成される。
普段であれば絶対に使うことのないレベルの強化。
アキトは邪魔だとばかりにエクスカリバーで周囲を薙ぎ払う。
強化された一閃は、周囲を覆い尽くす濃霧すら吹き飛ばした。




