ソラと一緒に調査のクエストへ
「創造魔法ねえ。そりゃコハクの言う通りよ」
「誰にも言わないで貰えるか?」
「当たり前でしょ。ソラちゃんのためだもん」
『秋風の車輪』に戻ってきたアキトはちょうと休憩に入ったアイナにコハクとのやりとりの一部始終を伝えた。
コハクに相談した方がいいとアドバイスをくれたアイナだからソラの魔法についてもきちんと伝える。アキトの予想通り、アイナはソラの魔法について公言しないことを約束してくれる。
ソラはなんだかんだアイナに懐いているのか、今はアイナの膝の上で眠たそうにうとうとしている。朝から動いてて疲れたのだろう。
涎を垂らしながら寝落ちしてしまいそうな光景は見ていて微笑ましい。
「ほーらソラちゃん。涎拭こうねー」
「……あー(ねむねむ……)」
コハクとは思い出話に花を咲かせようとしたところで子供たちが帰ってきてしまい、半ば強引にお開きとなってしまった。とはいえ同じ街に住んでいるのだ。
アキトが『秋風の車輪』の宿屋で部屋を借りているのは伝えているから、そのうちひょっこり顔を出すだろう。
「で、アキトはこれからどうするの?」
「どうするって?」
「ソラちゃん眠そうだけど、アキトも寝るの?」
「いやいや早すぎるって」
何しろまだ日も傾いてもいない。日が落ちるまでの時間を考えても、なんらかの簡単なクエストくらいはこなせる時間はある。
「適当な狩猟のクエストでも受けてくれば? ソラちゃんは私が見てるから」
「クエスト、出回ったのか?」
コハクに会う前にビヨンドがいっていた、今日はまだクエストが出回ってない件を思い出す。『秋風の車輪』にクエストが来ないなんて有り得ないと思っていたが、どうやらギルド側の不手際でもあったようだ。
「思ったより少ないけどね」
アイナと一緒にクエストボードを見れば、確かに数こそ少ないがクエスト自体は貼られている。クエストの種類や内容も見たことのあるものばかりで、たいした稼ぎにもならないクエストが多い。
それならソラと一緒に過ごした方がいいだろうとアキトが思ったところで、ギルドの受付奥からミカが声をかけてきた。
「アキトさん帰ってきたんですか?」
「ああ。たった今な」
「もしかして、クエストを受けるつもりですか?」
ミカの言葉にアキトは首を傾げながら「いや、いいクエストがない」とやんわりと否定する。その言葉を待っていたかのように、ミカが目を輝かせた。
「じゃあ、是非とも受けてほしいクエストがあるんですが!」
「今日中に終わるならいいが……」
ぐいぐいと迫ってくるミカにたじろぎながらも承諾すると、ミカは涙を零しながら依頼書を取り出した。
現在、『秋風の車輪』のクエストボードにはランクBまでのクエストしか出されない。それは今までランクAを越える冒険者がスタードットの街にいなかったからだ。
アイナやコハクは籍を一応残しているが、アキトとパーティーを組まない以上はクエストを受けるつもりはないと公言しており、それが拍車を掛けてしまったのだ。
良くも悪くもアキトの影響力は大きいといったところか。
~白い魔獣の調査~
ランク:A~
募集人数:一名~
依頼人:クエスト配達人・コテック
報酬:調査のみ・15000ゴールド
撃退・30000ゴールド
討伐・50000ゴールド
『いやー参った参った。昨日受け付けたクエストをスタードットに届けようと思ったら街道にばかでっかい白い狼が現れたんだよ。素人でもわかるくらい殺気立っててさ。恐ろしくって思わず引き返しちまってよ……。
数時間経って戻ったらいなくなってたからクエストを届けたが……。
あんな魔物が街道に出るなんて聞いたことないし、ちょっと調べて欲しいんだ』
白い狼の魔物という単語にアキトは聞き覚えがあった。霧の森で出会った純白のグロードウルフ。アキトがバイラル経由でギルドに申請した、エフィントウルフと名付けた魔物だ。
あの時は交戦することなく退いたが、それが街道に出現した……のかもしれない。
「だからランクAなのか」
「はい。コテックさん自身ランクB冒険者と同じくらいの実力があるので、そのコテックさんが逃げなきゃって思うほど……なんですよ」
ミカの説明に納得する。確かにグロードウルフを十匹も支配下に置いていたエフィントウルフであればAランク任務として考えても妥当だろう。
しかしそれにしては報酬がやけに高額だ。調査だけが目的のクエストで、撃退や討伐によって報酬が変わることも珍しい。
……それほど脅威に感じた、ということなのかもしれない。
「街道って言うと……森の方か?」
「らしいですね。森に隠れた可能性もあるんで結構危険だと思いますが……」
「……ふむ」
顎に手を当ててアキトは思案する。本当にエフィントウルフであれば、あの時逃がしてしまった自分が招いた結果とも言える。不用意に一般人を危険に巻き込んでしまうのは冒険者失格だ。
狩猟対象でなかったとしても、脅威と感じたのならば討伐しておくべきだったのだ。要らぬ不安を煽ってしまったと反省する。
「わかった。そのクエストを受けよう」
「ありがとうございますっ!」
「だー!?(クエストですか!?)」
アキトがクエストを承諾すると同時に今の今まで完全に夢うつつだったソラが目を覚ました。もう意識がさえてしまったのか、アイナの腕に抱かれながらもアキトを求めて手をばたばたさせている。
「だー! だー! だー!(ボクも! ボクもついていきます!)」
「わ、わ、わ。ソラちゃんいきなり暴れちゃだめよっ」
「あーうー!(いーきーまーすー!)」
どうやらソラもクエストに同行したい――というより、アキトと離れたくないのだろう。アイナが優しくなだめてもソラはアキトを求めて暴れている。
もちろんアキトとしてもソラの同行は別に構わない。背負っていても負担にもならない。
ましてや今回は調査だけが目的だ。ソラが同行するのに問題は無いだろう。
しかしアイナは赤子であるソラをクエストに連れて行くことにはやはり反対なのだろう。
「……あー、もー。わかったわ。私も行くわ」
「……は?」
「何よ。私だってランクAよ?」
「それは知ってるが」
アイナの冒険者ランクも実力もアキトは全部知っている。長い間パーティーを組んでいたのもあるし、一緒に前線で戦う相棒でもあったから。
確かにソラの面倒を見ていてくれるならアキトの行動範囲は格段に広がる。ソラを気遣って入れないような茂みにも対応できる。
「いいのか?」
「当たり前よ。私にだってソラちゃんは可愛い子供なんだから」
「だー?(なんだか知らない間に話がどんどん進んでます?)」
大人しくなったソラをあやすアイナは上機嫌だ。大人しくなったというか、話についていけなくて呆然としているのだが。
アイナはテキパキとアキトと共にクエストを受ける準備を済ませると、続けざまに食堂に駆け込んでいった。
「じゃあ私はアキトとクエスト行ってくるから皆あとはよろしくね!」
「「「アイナさん、進展があること期待してます!!!」」」
「うっさいわ!!!」
急展開にも食堂で働くスタッフたちは声を揃えてアイナを応援する。同僚たちにまで筒抜けなアイナの気持ちはアキトだけが理解していない。だからこそのサポートなのだろう。
冷やかしも同然の応援を受けたアイナは身支度を調えるために二階に上がっていった。
「まあ、アイナがソラを見ててくれれば楽だよな」
「だー(アイナさん、本当にお母さんみたいです)」
「…………ソラはお母さんが欲しい?」
「だっ!?(やぶ蛇でした!?)」
アイナの突然な協力に戸惑いつつ、アキトは胸を訪れた安心感の心地よさに目を細める。そして心地よさに気付いて首を捻る。
どうやらどこまでも自分の気持ちに鈍いようだ。




