ソラの魔法はやっぱりチート?
「魔方陣無しで魔法が使える、ですか?」
「だー!(はい!)」
リビングに通されたアキトはコハクが用意した紅茶を飲みながら用件を話す。机の上に座ったソラは両手を腰に当てて自慢げな表情をしている。
コハクはにわかには信じがたい表情だ。無理もない、とアキトも感じている。アキトも目の前でソラが氷を生み出さなければ到底信じることなど出来なかった魔法だ。
「試しに見せてもらってもいいですか?」
「だー(はい。えーっと、アイス!)」
ソラが両手で包み込むようにしながら魔法の名を念話で紡ぐと、魔力が集中して氷が生計される。コハクは目をパチクリとさせながらソラへと視線を向けた。
呆然としているコハクにソラは笑顔を向ける。その笑顔はさながら天使のようで、悪意も敵意も微塵も感じられない。
目の前で起きた光景をそれでも信じられないのか、コハクはソラの両手や袖の裏を見て魔方陣がないかを執拗に探す。だが小さな赤子であるソラの身体のどこにも魔方陣がないとわかると、脱力して椅子にもたれかかった。
「…………はぁ。ああああぁぁぁぁぁ~……」
「ど、どうしたコハク?」
「いえ……ちょっと、現実を直視できなくて……メンタル弱い妹でごめんなさい」
机に突っ伏したコハクはぶつぶつと呟いているが、声が小さすぎてアキトにもソラにも聞こえてこない。
「魔法名は言葉が拙くても適用されるのは知ってたけど。でも……でも……これはやっぱり……」
「コハク、大丈夫か?」
「あー?(大丈夫ですか?)」
「創造魔法ですよっ!? なんでそんな言い伝えにしか残ってない魔法が使えるんです!? ずるいですよコハクが魔方陣も詠唱もどうにかオミットできないか研究に没頭してるのにどうしてソラちゃんみたいな赤ちゃんが出来るんですか!?」
「だー!?(えぇ!?)」
「創造魔法? なんだそれは」
勢いよく立ち上がったコハクは悔しさを隠すことなくソラへと視線を向け、そのままアキトを睨むように見つめる。
だがアキトはコハクに睨まれる理由もわからないし、コハクが口にした『創造魔法』という言葉さえ聞き覚えがない。
「兄さんはどうして魔法を使うのに魔方陣が必要かわかっています?」
「え? ………………なんでだ?」
言われてみればそうなのだが、魔法に関わりを持ってからそれが当たり前だったのだ。どうして必要なのか、と考えることなんてなかったし、そういう考えが浮かぶこともなかった。
「魔方陣によって魔法の種類は決定し、詠唱――魔力によってそれは発動します。魔方陣というのは金型で、詠唱は金型を暖める炎。そこに魔力という鉄を流し込むんです。でもソラちゃんは違う」
コハクが紙に魔法の成り立ちを書いていく。アキトよりもわかりやすい書き方である。
武器で例えるなら、魔方陣とは金型だ。詠唱によって熱せられ、高められた魔力を鉄のように流し込んで完成する。
だから魔方陣ごとに異なる魔法が発動される。同じ剣であろうと、金型の形状次第でいくらでも種類が分かれるのと同じようなモノだ。
「ソラちゃんは魔方陣も詠唱も必要としない。魔力を自分の思い通りの魔法に変化させることが出来る」
「つまり?」
「どんな魔法が使いたいかさえ理解できればどんな魔法だって使えるってことです」
ことの大きさにアキトもようやく気が付いた。長く続く魔法の文明だが、その発展には必ず魔方陣を研究してきた魔法使いたちがいる。
どうすれば予想通りの魔法が発動するのか。必要な魔力はどれくらいか。その魔力をどれだけ減らすことが出来るか、その結果期待通りの魔法が完成するのか。
だからこそ魔法は発達した。長年に渡る研究者たちの努力の結晶なのだ。
ソラの魔法は、そんな魔法使いたちの長年の努力を一瞬で消してしまうものだ。
必要な魔力についてはわからない。でも、魔方陣を必要とせず、詠唱を必要としない魔法というのは、誰もが焦がれる万能の魔法使いそのものだ。
炎を、水を、風を、大地を。光や闇すらもコントロールすることが出来る。
「兄さんは、ソラちゃんが大切ですか?」
「え?」
「大事なことです。ソラちゃんが、大事ですか?」
「ああ。俺の大切な娘だ」
いきなりのコハクの質問に戸惑いながらも、すでに心の中で決まっている言葉で返す。
大切なソラを、この手で守り育てていく。それはアキトが自分自身に誓ったことだ。
そうなったアキトは決して折れないということをコハクはよく知っている。
かつて自分がアキトに守られている存在だったからこそ。
「じゃあ、ソラちゃんに創造魔法は使わせちゃダメです」
ソラの両手を取って、アキトよりもソラに言い聞かせるように告げるコハク。
「だー?(えー?)」
「……そんなに不味いのか?」
長い付き合いだからわかるコハクの物言いにアキトも表情を切り替える。
コハクはアキトに嘘を吐かない。どんなことであろうと、コハクはアキトに不利益をもたらすことは絶対に避ける。
だからこれは、それを含めての警告だ。
「創造魔法はこれまでの魔法の歴史をひっくり返してしまいます。そうなればこの国の魔法使いは一斉にソラちゃんを狙います」
「……そっか。だよなぁ」
魔法は便利なモノである。魔方陣と詠唱があれば誰でも使えるのだ。
個人の魔力に差はあれど、今では魔法を使うことが当たり前の世界だ。
ではもしその魔法の前提が変わるとしたら?
コハクのソラの手を握る力が、少しだけ強くなる。
「危険だから、じゃなくて。研究対象になるでしょう」
コハクの表情も複雑だ。コハクの目標である魔方陣や詠唱のオミット、つまり省略や簡略化は長年の夢なのだ。ソラの魔法を詳しく調べればその道が開けるかもしれない。
でも、コハクはそれをしない。
だって大切な兄の娘だから。
「じゃあソラ。普通の魔法の勉強をしよう。過ぎた力に溺れることなく、ゆっくりのんびり育っていこう」
アキトがそっとソラを抱き寄せると、ソラも少し寂しげな表情でこくりと頷いた。
受け入れてくれたことにアキトはソラの頭を撫で、顎をくすぐる。
「……だー(残念です)」
「まあまあ。普通の魔法はいくらでも使えるんだ。もう翻訳も出来るんだしそれで我慢してくれよ」
「だー……(……はい)」
ソラからしてみれば神様からもらった特別な力を使うなと言われてももったいなく感じてしまう。
でもそうすることでアキトに迷惑が掛かってしまうのなら――。
もったいないと思っても、使わない方がいいのだろう。
「ところで兄さん。コハクはずっと疑問に感じていたのですが」
「ん?」
「ソラちゃんはアイナ姉さんとの赤ちゃんなんですか?」
「ないない。アイナみたいないい女が俺を選んで子供を産むとか有り得ないから」
「…………………………………………はぁ」
「なんだその深いため息は」
ソラから見れば何度目かになる光景である。そしてソラもようやく理解した。
このお父さん自己評価低すぎる。冒険者としてはしっかり相手も自分の力量も見極めてるっぽいのにどうして恋愛沙汰になるとこうなんだろう。
ソラはコハクに抱きしめてもらうと一緒にアキトをジト目で睨む。心当たりのないアキトは返すに言葉に詰まってしまう。
「兄さんはまずソラちゃんの魔法よりソラちゃんのお母さん探した方がいいんじゃないですか? 具体的にはアイナさんとかコハクとか」
「だっ!?(しれっと自分を候補に!?)」
「やっぱ母親って必要なのかねえ」
「だー!!!(おとーさんがいればそれだけでいいです!!!)」
力強い主張だった。ソラからすれば普通の赤子よりかはきちんと意思疎通も出来るしアイナも普段から世話を焼いてくれる。だからお母さんは要らないですというかおとーさんがいれば幸せですと。
元から『素敵な父親と出会いたい』と願って転生したソラだ。アキトと出会えただけでその願いはもう達成されているのだ。
「……前向きに検討するよ」
せめてコハクを心配させないためにも、アキトは誤魔化すことしかできなかった。




