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転生者の育て方~異世界子育て英雄譚~  作者: Abel
一章 ソラ、赤子編(0歳)
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ソラの魔法は魔方陣要らず?




「なかなか凄い光景だよな」


「そうよね。赤ちゃんが魔道書読んでるなんて初めて見たわよ」


「でもさ」


「可愛いわよね……」


「だー!(ふむふむ……)」


 自己強化(エンチャント)の魔法を成功させたソラはさっそくとばかりに両手で魔道書を広げている。翻訳魔法も簡単ですぐに使えるモノをアキトに選んでもらい、今は一人で水の魔法について記されている魔道書を読んでいる。

 小さな手をめいいっぱい伸ばしてページを捲り魔道書とはいえ本に夢中になっているソラの姿はなかなか愛らしい。

 ウェイトレスを任されたアイナと自分の食事を済ませたアキトは遠巻きにソラの様子をうかがっているが、どちらもソラにメロメロなようだ。


「しかしソラちゃん魔道書をもう理解できるなんて……天才かしら」


「俺の娘だ。凄いだろ?」


「私の娘にしていい?」


「だが断る」


 すっかり骨抜きにされているアキトを尻目にアイナは過去自分がどれだけ魔道書を読むのに苦労したかを思い出し、ソラを見て感慨深いため息を吐く。

 アイナの視線はすっかり子を見守る母の目だ。アキトはそんなアイナの視線に気付いてないようだが、食堂を訪れている客の大半には見抜かれているようだ。


「いいわねぇ。私も赤ちゃんが欲しいわ」


「お前なら引く手数多(あまた)だろ?」


「……はぁ」


「「「はぁ……」」」


 アイナのため息に客たちのため息まで重なったがアキトはきょとんと疑問符を浮かべている。

 客の中にはアイナを目当てに来ている客も多い。元々冒険者のために開かれた食堂だったのだがアイナに会う目的のために街の住人まで利用するようになっている。

 食堂の売り上げが上がるから喜ばしいことなのだが、こうもアキトとの仲を露骨に見せられれば辟易もする。

 さっさとくっついてくれれば諦められるのに、と零れる文句も少なくない。

 けれどアキトとアイナの仲が十年来のものだと知ると一斉にため息が出てしまう。アイナ目当てなはずなのにいつの間にかアイナとアキトの仲を応援し始める者も出てくる次第だ。


「なあアキト、お前嫁さんはもらわないのか?」


「いきなりなんだよ」


 (エール)の大ジョッキを片手にアキトに絡み出すビヨンドはスタードットの街に近い草原を中心にクエストをこなしている冒険者だ。なかなかの古株だが、ランクはCとそこまで高くはない。


「Sランクに復帰して子供養ってさ。あとやることといったら女くらいだろ?」


 ビヨンドの意見は大雑把すぎるがアキトにもわからないことはない。Sランクへ到達したのであれば、それはもう冒険者として一つの終わりを迎えたも同然なのだ。

 ましてやアキトはソラを養う資金を稼ぐために冒険者に復帰した。つまり冒険者としての地位を高めることに固執してはいない。

 そうなれば酒を飲まないアキトが何を愉しみにするかと聞かれれば、誰もが女と答えるだろう。


「んー……」


「ほらほらどうなんだよ」


「まあ、興味が無いわけじゃない」


「ほう」


 アキトのそんな言葉に反応したのはアイナだというのは言うまでも無い。 ウェイトレスの仕事をこなしながらも聞き耳は立てているようで、心なしか動きも鈍い。


「でもしばらくはソラの相手してれば楽しいし。ソラが母親欲しくなったら真面目に考えるさ」


「聞いたかアイナちゃん! 攻略すべきはソラちゃんだぞ!」

「むしろそのまま唐変木アキトなんか捨ててソラちゃんと一緒に俺と一緒に!」

「ソラちゃんをください!」


「アンタたち昼間っから酒飲んでるからって他のお客さんに迷惑かけるんじゃないわよ!!!」


「「「ういっす」」」


 今日は珍しく冒険者たちがクエストに出ていないために食堂は彼らを中心に盛り上がっている。なにしろクエストを受けなければ基本的に酒を飲むか街で日雇いの仕事くらいしかすることがない。

 することがないなら復帰したSランク冒険者が拾った赤子を見よう、と言いだしたのは他ならぬビヨンドだ。


「お前らクエスト受けに行けよ……」


 変なテンションの冒険者たちに付き合いきれないアキトが疲れた表情で呟く。


「仕方ないさ。今日は珍しくEランクの採取クエストすら依頼が来てないんだ」


「そうなのか?」


 本来であれば種類さえ問わなければギルドに低ランクのクエストくらいは回ってくる。ましてやスタードットの街は冒険者の街としても有名な街であり、流れてくるクエストも多いのだが。


「ああ。まだ噂くらいだけど危険な魔物が出たとかなんとか」


「はぁ」


 ビヨンドは「だから酒を飲むしかないのさ!」と陽気に大声で笑い出す。アキトはだったら訓練でもやってろよと心の中で悪態をつくが、言ったところで動かないのが日銭を稼ぐ冒険者たちだ。アキトやアイナとは基本的に冒険者としての意識が違うのだ。


 ソラが魔道書を読み終わったら何をしようか。一緒に遊べることはないかと思案するアキトに、ソラの声が届いた。


「だー!(でーきまーしたー!)」


「お?」


 奥の席から聞こえてきた声に小走りでソラのところへ戻る。

 ソラはテーブルの上に座りながら両手でなにかを包み込んでいた。嬉しそうに、楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。


「あい!(おとーさん見てください! 成功しました!)」


「どうした? 何が成功したんだ?」


「だー!(ボク、魔方陣なしでも魔法が使えます!)」


「……はぁ!?」


 普段から落ち着いているアキトがあげた素っ頓狂な声に食堂中の視線がソラに向けられる。だがソラはそんなこと一切気にせずに手の中の氷の結晶をアキトに見せた。


 キラキラと灯りを乱反射する歪な結晶は、確かに氷そのものだ。


 ソラの言葉が本当かを確かめるためにアキトは周囲に魔方陣がないかを徹底的に探す。鞄や魔道書を見ても水魔法の魔方陣は見つからない。ソラを抱きかかえてテーブルをひっくり返しても見つからない。


「……凄いなあ、ソラは」


 魔方を使うには魔方陣と詠唱が必要不可欠だ――アキトの今までの常識はソラに簡単に壊された。割とすんなりとその凄さを受け入れてるのは、ソラが転生者ということを忘れてないからだろう。

 だが凄い反面、違和感もある。今まで魔方陣があることが当たり前だったのだ。

 なのに突然目の前で魔方陣がなくてもいい、と言われてもアキトには信じがたい。

 ソラの事を信じているからこそ、自分の価値観が揺らいでいるのがわかる。


「だー!(もっと魔法を覚えておとーさんの役に立つんです!)」


 はしゃぐソラだがアキトは少し複雑である。ソラがおかしいわけでもアキトがおかしいわけでもない。だがソラが魔方陣を必要とせず魔法を使った事実だけがそこにある。


「まあ、深いことは気にしなくていいか。ソラは凄い魔法使いってことで」


「あい!(神様の力でおとーさんに貢献します!)」


 細かいことを気にしないのが冒険者だ。アキトも例外ではない。


「とりあえずコハクに見せてきたら? あの子が一番詳しいでしょ」


 考えることをやめようとしたアキトにアイナが声をかける。どうやら一部始終を見ていたようで、ソラが作った氷を眺めている。


「見てたのか、アイナ」


「ソラちゃんのことはいつも見てるわよ」


「お前はソラのお母さんか!?」


「なりたいくらいよ」


 「ちょっと待て遠回しにアキトに告白してるじゃねえか」とビヨンドが呟くと客も冒険者も一斉にため息を吐く。アキトはまったく意識してないようで、ビヨンドはふつふつと胸の内から湧き上がってくる感情を必死に堪えていた。


「おうおめーら飲むぞ! 今日はアキトの奢りだーーーーーーーーー!」


 その後ビヨンドがアキトに思いっきり殴られたのは言うまでも無い。

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