ソラ、初めて使う魔法は?
「おかえりーって、随分買ったわね」
「好奇心はソラをも動かすってな」
「ソラちゃんはどちらかというとわんこじゃない?」
「あー?(わぅ?)」
『秋風の車輪』に戻ったアキトとソラは食堂奥のここ最近お気に入りのテーブルを陣取った。昼時であり忙しさを増している食堂だが、ギルドとの境にあるテーブルはアキトの指定席と思われているのか人は近寄ってこない。
ソラを膝の上に座らせて買ってきた魔道書をテーブルに並べる。
「ソラ。どれから読みたい?」
「だっ!(これです!)」
ソラが指差したのはアキトもよく使う自己強化の魔道書だ。先に翻訳魔法を選ぶと思っていたアキトには予想外だったが、ソラにはある考えがあった。
魔道書を読めるようになるよりも、早くしたいことがあるのだ。
きっとそれが少しでもアキトに恩返しになると思って。
「よし、じゃあほらしっかり読むぞ?」
「あいっ」
読むこと自体はアキトが言葉にしなければならないが、文章を追うことはソラにもできる。アキトが本文を読み上げながら文章をなぞり、ソラが目で追う。
自己強化は冒険者が習得する魔法の中でも基礎的なもので、大抵はパーティーを組む魔法使いがその魔法を覚えているからと習得しない冒険者も多い。
また街の道具屋などでは自身に自己強化の効果を与える魔具も数多く販売されており、ますます習得する必要性は薄くなっているのが現状だ。
そんな世情でアキトが自己強化を習得し、ひたすら練り上げていったのにはひとえに彼らのパーティーに理由があった。
アイナは猫の獣人であり、近接戦闘を最も得意とする前衛だ。
コハクは生粋の人間であり魔法使い。敵から一番遠ざかった場所から高火力の魔法で大量殲滅を狙う後衛だ。
アキトはそんな二人をフォローする立場にあった。前衛のアイナのサポートをしつつ、後衛のコハクが狙われないように立ち回る必要があった。
だからアキトは柔軟に立ち回れるように、ひたすら自己の強化を求めた。使う魔力に応じて段階的に強化を出来る自己強化の魔法はアキトに非常に適していたのだ。
本来であればアイナ同様コハクからの自己強化を受ければいいのだが、一人でもクエストを受けることが多かったアキトは自然と自分の自己強化を練り上げることになった。
「兄さんはもっとコハクを頼ってくださいよぉー」と何度コハクに諫められたかわからないほどで、アキトは思い出して吹き出してしまう。
「だー?(おとーさん、どうかしました?)」
「大丈夫だ。さ、続きを読もう」
読むとは言っても自己強化は簡単な魔法である。魔方陣も簡易的なものでいいし、必要な魔力も少なくて使い勝手がいい。アキトほどそこに特化しなくても十分役に立つ魔法だ。
重いモノを持ち上げるにも、少し早く歩きたいとかでも。
日常の延長線上で使えるのが自己強化の利点でもあるのだ。
「『――以上が魔方陣の構築式であり、詠唱は自己暗示を掛けられるのであれば自由である』まあ、こんなものだろ」
自己強化に必要な部分を読み上げるとアキトは魔道書を閉じる。用意しておいた紙にペンで魔方陣を書き、ソラの手元に置く。
念話は詠唱として扱われるかなーとか考えつつも、ソラはアキトが用意した魔方陣に触れる。
「だー!(エンチャント!)」
ソラの手から魔力が魔方陣へと注ぎ込まれ、自己強化の魔法が発動する。魔力はエネルギーとなってソラの体内を駆け巡り、ソラの肉体を強化していく。
ソラが望んだ自己強化は単純な肉体強化。それも重たいモノを持ち上げるとか、そういうものですら無い。
「……あい!(成功です!)」
「…………た、立った。ソラが立った!?」
しっかりと両方の足でテーブルの上に立つソラ。たどたどしい足取りで呆然としているアキトに両手を広げると、アキトは我に返ってソラを抱き寄せた。
膝の上に立ったソラはにこにこと笑いながらアキトの胸元にしがみつく。まだ完全にコントロールは出来てないようだが、それでも十分な成果なようだ。
「だ!(ようやく自分の足で立てました!)」
「はいはいを省略しちゃったよ……」
「あい(魔法を使わないではいはいとか立つ練習もしますけど、早くおとーさんに見せたかったので!)」
「~~~ああもうアイナ! アイナ! ソラが立ったぞー!」
「何よいきなり騒ぎ出して私だってまだ仕事終わってな――立ってる!? ソラちゃん立ってる!?」
驚いたアキトがアイナを呼び出し、悪態を吐いていたアイナも立ち上がったソラに驚いて思わず手に持っていた皿を落としてしまった。木製の皿で割れたりはしてないのが不幸中の幸いだ。
アキトとアイナが左右からソラを抱きしめる。それはもうぎゅうぎゅうに。
「だーっ(くすっぐいたいですよー!)」
「何よこれソラちゃん魔法使ったの天才なの!? 誰の子!?」
「俺の娘!」
「ああもう私の娘にしたい~!」
「きゃっきゃっ!」
なんとも和気藹々で親馬鹿な光景なのだが、だからといって食堂の忙しさが緩和されたわけではない。他のスタッフの怨嗟の声を完全に無視しているアイナがコックに鍋のフタで叩かれるのはおよそ十五分ほど後である。
何故十五分後かって?
ソラとアイナがちゃんと離れた時をコックも見計らっているからです。




