ソラ、空を飛ぶ。
冒険者たちに渡されるカードは冒険者カード、またはギルドカードと呼ばれ身分を保障するものである。
しかしそれ以外にも様々な機能が搭載されており、今回アイナが使用したのはその機能の一つである、遠方の相手と会話を可能とする《コール》という魔法である。
ギルドカード自体が魔具であり、仕込まれた魔法も様々であり――その複雑さから複製が困難なものとなっている。
防犯対策として盗まれれば電気が流れたり、偽造しようと思ってもその魔法のコピーは難易度が高すぎて現段階の技術では不可能である。
そのような優れたカードが増産できるのだから、それは必然的に国力の豊かさを告げている。貴族が冒険者たちを疎んじている理由の一つでもあるのだが。
「すいません、仲間に呼び出されたのでもう帰らないと」
「もう帰るのかね? ううむ。もっと話したかったのだが」
「また……また、お会いできますよね?」
別れを惜しむバイラルとユリアーナだが、アキトもこれ以上長居する必要はないと判断した。
「またいつか、機会があれば会いましょう」
差し出された手を握って再会の約束を交わす。ソラが見上げるバイラルの表情はアキトから聞いている貴族のイメージとは大きく違っていた。
きっと、貴族にもいろいろな人がいるのだろう。ソラはそう考えることにした。
「そうだ! じいや、私の書斎からコインを持ってきてないか?」
「コインを。かしこまりました」
バイラルがなにかを思いついたのか、指示されたじいやは早足でバイラルの書斎に向かう。
五分と経たずに戻ってきたじいやがバイラルに小さななにかを手渡すと、バイラルは柔和な微笑みを浮かべながらアキトにそのコインを渡した。
「ミルトニアムの金貨……ですか?」
この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨が主流である。銅貨一枚が1ゴールド。銀貨が100ゴールド。そして金貨は10000ゴールドと、硬貨が変わると価値も跳ね上がるようになっている。
さらにその間を補うように硬貨に描かれた絵柄も変わる。
塔ならばそのままの価値、鷹ならば10倍、城ならば100倍となっている。
つまり、城が描かれている硬貨は一つ上の硬貨と同じ額となるのだ。
出回っている硬貨の中で最も価値があるのは城が描かれた金貨だが、貴族たちにはそれ以上の価値の金貨が配られている。
これは貴族たちにとってのギルドカードのようなもので、特別な効果はないがそれだけで貴族である証明であるのだ。
そしてその金貨を冒険者が持つという事は――その貴族がその冒険者を支援していることを示す。
要するにバイラルは謝礼として、今後アキトの後ろ盾となることを硬貨を渡すことで告げているのだ。
シェンツー家の硬貨はミルトニアムの花が描かれたミルトニアム硬貨。
もちろんこちらも複製も偽造も出来ない大変貴重なものとなっている。
「……いいんですか? 俺は冒険者ですよ」
「いいのだよ。これでも足りないと思っているくらいだ。私の地位が役に立つのであれば非常に嬉しいのだよ」
「ありがとうございます」
アキトは断ることはしなかった。貴族と冒険者の埋まらない溝を理解しているが、その貴族が歩み寄ってきてくれたのだ。
ならば断っては申し訳ない。バイラルの善意をアキトは受け取ることにした。
「急いでいるのだろう? 特別な竜車を用意させよう」
「特別な? ディノレックスを待たせているのですが」
「あらかじめお父様が呼んでおいたのじゃ! 普通の竜車は帰らしたし、こっちのほうがもっと早いのじゃ!」
すっかり口調が元に戻ってしまったユリアーナがアキトの空いている手を取りながら部屋の外まで引っ張る。手を振って見送るバイラルは最後まで微笑んでいる。
「……いつか、この恩を返しに来ます」
「はっはっは。君に恩を返されたら私は領地でも渡さなければ気が済まなくなるよ」
「人と人との繋がりですから」
「そうだな。君に感謝を。アキト・アカツキ――ありがとう」
「どういたしまして」
屋敷の外に出るとユリアーナの言うとおりディノレックスの竜車は影も形もなかった。
おそらく相当な額をもらいほくほく顔で帰ったのだろう。
とりあえずアキトは契約者として契約不履行を理由にあの御者をギルドに報告しておくことにした。帰っても構わないのだが、少しだけあの御者への信頼が薄れてしまった。
「来たのじゃ!」
「だー!?(え、なんですかこれ!?)」
「飛龍種……ワイバーン・ライダーじゃないか」
大きな音を立てて屋敷の庭に着地するのは、両手が大きな翼であるワイバーンと呼ばれる竜だ。
地を駆けるディノレックスとは同じ竜種であるが、生息地域が異なる飛竜種に分類される。
「空を飛んでいけばスタードットも近いのじゃ!」
「確かにそうだが……いいのか? 大分高いぞ」
ディノレックス以上に気性が荒いワイバーンをしっかり操れる御者はかなり少ない。
またその独特の行動ルート。なにしろ空を飛んでいくのだから誰もが使いたい。
そのため飛龍の竜車はかなりの高額となっており、グロードウルフの報酬でも足りるか怪しいくらいである。
「お父様がいいと言っておるのじゃ」
「まあ……そうだよな」
頑丈なロープや木で造られた籠に乗り込むと、ワイバーン・ライダーの御者が歯を見せて笑ってくる。随分ワイバーンの操作に自信があるのだろう。
「じゃあなユリア。また、どこかで」
「だー(ボクとしては複雑ですけど……また!)」
「アキトさん。ソラちゃん。今日はありがとうなのじゃ! また、また会おうぞ!」
ワイバーンが空へと昇っていくのをユリアーナは手を振って見送る。ゆっくりと飛行するワイバーンだがそれでもディノレックスより相当早く、これなら確かにスタードットまで一っ飛びだろう。
「だー!(おーそーらー!)」
「そうだな。広いよな」
見上げた快晴の青空を見てはしゃぐソラ。いつもよりもちょっとだけ近い青空に心を躍らせる。
「きゃっきゃっ!(なんか、たのしーです!)」
「そうかそうか。ソラが嬉しいと俺も嬉しいよ」
胸に抱いたソラを優しく撫でて、ソラはバイラルから譲り受けたミルトニアム硬貨を見つめる。
美しい花であるからこそ、硬貨となって色彩が失われているのはもったいないが――貴重なバイラルやユリアーナとの繋がりである。
地上を眺めると、あれだけ大きかった屋敷ももう小さくなっている。
いつかまた、出会うことがあれば。
その時は、この硬貨のお礼もしよう。
アキトはそう思いながら腕の中ではしゃぐソラを少しだけ強く抱きしめる。
「だー!(おそらーおそらーたっのしいなー)」
「はははっ」
無邪気にはしゃぐソラが愛くるしい。落ちてしまわないようにしっかりと支えながら、アキトも大空の旅を楽しむのであった。