ソラ、嫉妬する。
「パーティーには賛成ですね。お嬢様の命の恩人です。ですが、ミルトニアムの花はよろしいのですか?」
「そうじゃった! ううむ……。じゃがあの花はもっと奥なのじゃろ?」
腕を組んで思案するユリアーナの姿は年相応の少女に似つかわしくないが、それでいて自然な姿にも感じ取れる。それはきっとユリアーナ自身の立ち振る舞いにより、彼女が大人びて見えるということなのだろう。
「そうじゃ。アキトさんに護衛を頼めばいいのではないか!」
「まあ、あの花を回収するくらいならいいが。ソラのことを考えると長居はしたくないが」
「うむ。さくっと花を取って帰ろうではないか!」
本来冒険者であるアキトはユリアーナからの護衛依頼をクエストとして受け、後々報酬を要求できる立場にいる。相手が貴族であれど、冒険者をないがしろに出来ないようなルールが敷かれているのだ。
ユリアーナもアキトもそのことに気付いていないのだろう。幼いユリアーナと冒険者に戻ったばかりのアキトだからこその契約といったところか。
「ふふ。アキトさーんっ」
「どうしたんだ、ユリア」
「手を繋いでも、いいか?」
「それくらいなら構わないが……危なくなったらすぐに離れろよ?」
「ありがとうなのじゃ!」
にぱーっ、と笑顔の花を咲かせたユリアーナがアキトの右手を握りしめる。離れないようにしっかりと掴もうとして、指と指を絡めるように握る。
「だー!(あー!)」
アキトとしては小さな子供とはぐれないように、という意味で受け取ったのだろう。しっかりと握り返し、力が伝わったのかユリアーナは頬を紅潮させる。
ユリアーナの真意はアキト以外の全員が気付いている。中でもソラのユリアーナへの視線は凄まじい。赤子だというのに睨んでいる。それはもう恨んでいると思われてしまうくらいに。
「ふっふー。アキトさんは優しいのじゃっ」
「Aランク冒険者様が護衛をしてくれるとは頼もしい限りです」
じいや――青年は改まってアキトに頭を下げる。命を救われたことと、ユリアーナの護衛を引き受けてくれたことに。
金色のカードはあくまでAランク『以上』を示す色合いであるから、青年がアキトをAランクだと思うのも無理はない。アキトもまた訂正しようとはしない。
「じいやさん……でよかったのかな。身体は大丈夫なのか?」
「はい。ソラ様のおかげで万全ですね」
「そっか。戦闘は俺が全部こなすから、ユリアの護衛を最優先してもらえるか?」
「かしこまりました」
直接拳をかわしたわけではないが、じいやがそれなりに鍛えてあるのは見てくれで理解している。無駄のない筋肉がしっかり付けられており引き締まっている。
相手が悪かったのだろう。冒険者にでもなればすぐにBランクにはなれる、とアキトは感じていた。
森の中はさきほどまでエフィントウルフが徘徊していたとは思えないほど静まりかえっている。見境無く襲ってくる魔物の気配も感じられないし、順調だと言える。
やがて澄んだ水が溢れる泉に到達した。そこだけは霧が発生しておらず、泉の周囲にはミルトニアムの花がいくつも咲き誇っていた。まだ果実は宿してないのか、四層の色合いの花が咲いている。
「これなのじゃ! お父様の誕生日にぴったりなのじゃ!」
父親――ましてや貴族が花をもらって喜ぶのか。だがミルトニアムの花を手にいれて喜んでいるユリアーナを見る限り、彼女の父親もよほど花好きか珍しいもの好きなのだろう。
「一輪もらって……あ、アキトさん!」
「どうした?」
「これを……妾の髪に付けてもらえませぬか?」
そう言ってユリアーナはおずおずと髪留めを渡してきた。髪留めにはミルトニアムの花が取り付けられていた。
自分でも付けられるだろうに、ユリアーナはアキトに甘えたいのだろうか。もじもじとしながら髪留めを渡す。
「……こうか?」
「ありがとうなのじゃっ!」
言われるがままにアキトは受け取った髪留めをユリアーナの前髪にセットする。
ユリアーナの「くふふ」と隠し切れていない笑みがこぼれ、左側の前髪で花咲くミルトニアムの花が小さく揺れた。
「だー(つまんないです)」
「ソラ?」
「だーだー! だー!(さっきからおとーさんユリアーナさんばかり甘やかして! ボクもボクも!)」
背中で暴れ出したソラをアキトは優しく胸の前で抱きしめた。ソラをないがしろにするつもりはなかったのだが、どうやらソラは寂しいと感じてしまったようだ。
いや、その感情は寂しいというより――ヤキモチ、だろう。
すぐに出発した方がエフィントウルフと出くわす可能性は低いと思うのだが、アキトとしては優先するべきはソラなのだ。
「ごめんな、ソラ」
「むー(ボクにも。ボクにもなにかしてくーだーさーいー)」
両手両足をじたばたと振り回すソラを見てアキトは少々困ってしまう。
なにかして、といわれても何をすればソラが喜ぶかわからない。
「んー。じゃあ、そうだな」
「あいー!?(わうっ!?)」
「なんとうらやまっ!?」
抱き上げたソラの頬にアキトはそっとキスをする。触れたか触れなかったかわからないくらい一瞬のキスだが、それでもソラには十分刺激的すぎたようだ。
かつて仲間だったコハクは教会で赤子の世話をよく手伝っていたのを思い出して試してみたのだが、思った以上の効き目のようでアキトも満足している。
「あー……(えへへ。えへへ。えへへ……)」
「う~~。ソラちゃん、羨ましいのじゃ……」
すっかり大人しくなったソラと、じーっとアキトを見つめるユリアーナ。小さい子に懐かれるのも悪くはないと思うアキトであった。